第65話 激流下り?いいえ、クルージングです
大樹海『エメラルド・フォレスト』を後にした結城 晶一行。
漆黒の移動要塞『黒き箱船』は、大陸を東西に分断する巨大な大河、『グラン・リバー』の岸辺に到着していた。
「……こりゃあ、すげぇな」
運転席のボルスが口笛を吹く。
目の前には、対岸が霞んで見えないほどの川幅を持つ、圧倒的な水量が横たわっていた。
流れは速く、白波が立っている。橋など影も形もない。
「迂回しますか、社長? 上流に行けば浅瀬があるかもしれませんが」
「いや、迂回すれば数日のロスだ。……そのまま突っ込め」
「へっ? 突っ込むって……水の中にですか!?」
ボルスが驚愕するが、アキラは涼しい顔でコンソールパネルのカバーを開け、赤いスイッチを押した。
「要塞建造時に想定済みだ。……『水陸両用モード』、起動」
ガション、ガション!
重厚な機械音が響き渡る。
車体のドアや窓枠からゴムパッキンが膨張し、完全な水密閉鎖空間を作り出す。
さらに車体下部からは、ドワーフの国で作っておいた「圧縮空気フロート」が展開し、後部バンパーがスライドして、銀色に輝くミスリル製の「二重反転スクリュー」が姿を現した。
「行くぞ。ダイブだ!」
ザブォォォォォンッ!!
巨大な水柱を上げ、黒き箱船が川へと飛び込んだ。
一瞬、視界が水没したが、すぐに浮力によって車体が持ち上がる。
「浮いた……! 鉄の塊が浮いてやがる!」
「テオ、風魔法で推力補助! スクリュー回転数最大!」
「了解! ターボ・エンジン点火!」
キュイィィィン……!
スクリューが水をかき、風の加速を受けた要塞は、激流をものともせずに水面を滑り出した。
揺れは驚くほど少ない。サスペンションが波の衝撃を吸収しているからだ。
「これより本艦は『クルーザー』となる。……屋上でティータイムといこうか」
◇
要塞の屋上デッキ。
そこは優雅なリゾート空間になっていた。
パラソルの下で、アキラたちは川風を感じながら、エルフの森で手に入れた枝豆と冷えたドリンクを楽しんでいる。
「快適なのだー! お船も楽しいのだー!」
ポチがデッキの手すりから身を乗り出し、水面を眺めている。
平和なクルージング。
だが、その静寂を破る影が、魚群探知機に映し出された。
「……おや。お客様だ」
アキラが端末を見た瞬間、水面が爆発した。
ドッパァァァァンッ!!
水飛沫と共に躍り出たのは、体長5メートルを超える巨大な紅色の魚影。
鋭い牙と、凶暴な顎を持つ川の主『カイザー・サーモン』だ。
「グルァァァッ!!」
巨大サーモンが、デッキの上のポチを狙って空中で身を捻る。
だが、アキラの目は恐怖ではなく、別の感情――「食欲」で輝いていた。
「……いい魚体だ。脂が乗っている」
アキラが指を鳴らす。
「ボルス、クロウ! 一本釣りだ!」
「合点承知!」
ボルスが甲板に飛び出し、巨大な銛を構える。
クロウが影から飛び出し、空中のサーモンのエラを狙ってナイフを投擲した。
グサッ! ドスッ!
「ギョエェェェッ!?」
急所を貫かれたサーモンが、甲板の上にドスンと落下し、ビチビチと跳ね回る。
鮮やかな紅色の鱗。丸々と太った魚体。
「獲ったどーッ!!」
「大漁なのだー!」
◇
無事に対岸の中洲へ上陸した一行は、早速調理に取り掛かった。
これほどの巨大魚、普通の鍋には入らない。
アキラが用意したのは、ステンレスの端材で作った畳一畳分はある巨大な鉄板だ。
「メニューは『ちゃんちゃん焼き』だ」
アキラはサーモンを手際よく三枚におろし、巨大な半身を皮ごと鉄板に乗せた。
ジュウウウウ……ッ!
熱された鉄板で皮が焼ける音が響く。
その周りに、エルフの森で収穫したキャベツ、タマネギ、シメジを山のように盛り付ける。
「味付けはこれだ」
アキラが取り出したのは、ボウル一杯の茶色いペースト。
エルフの森で作った「自家製味噌」に、砂糖とみりん風調味料を混ぜた特製ダレだ。
これを鮭の身にたっぷりと塗りたくる。
さらに、コクを出すためにバター代わりのハイ・オークのラードを散らす。
「仕上げに、蒸し焼きにする水分が必要だが……水じゃ味気ないな」
アキラはニヤリと笑い、クーラーボックスの奥から「無骨なガラス瓶」を取り出した。
「しゃ、社長? それは?」
「……麹室の片隅で、こっそり実験していたんだよ。森で見つけた陸稲と、ハイ・エルフ麹を使ってな」
アキラが栓を抜くと、ふわりと甘く華やかな香りが漂った。
米と水と麹だけで醸した、純米酒の試作品だ。
「『日本酒』だ。これを惜しげもなく投入する!」
ドボドボドボッ!
アキラが酒を鉄板に回しかける。
ジュワアァァァァッ!!
アルコールが揮発し、味噌と混ざり合って、爆発的な芳香が立ち上る。
すぐにアイテムボックスにしまっていたアルミホイルで全体を覆い、蒸し焼きにする。
数分後。
グツグツという音と共に、ホイルの隙間から白い湯気が漏れ出してくる。
焦げた味噌の香ばしさ。鮭の脂の甘い匂い。そして日本酒の豊潤な香り。
それらが渾然一体となり、暴力的なまでの「飯テロ」となって襲いかかる。
「……もう我慢できねぇ!」
「開けるぞ! オープン!」
バリバリッ!
ホイルを破ると、そこには黄金色の海が広がっていた。
熱で溶けた味噌ダレが、鮭の脂と野菜の水分、そして日本酒と混ざり合い、グツグツと沸騰している。
鮭の身はふっくらと蒸し上がり、鮮やかなピンク色が食欲をそそる。
「身をほぐしながら、野菜と混ぜて食え!」
アキラがヘラで豪快に混ぜ合わせる。
「いっただっきまーす!」
ポチが一番乗りで、小皿に取り分けた鮭とキャベツを頬張った。
「はふっ、はふっ……んぐッ!」
ポチの目が輝く。
「ん~~~~ッ!! お魚ふわふわなのだ! お味噌が甘くて濃くて、お野菜がトロトロで……!」
鮭の旨味を吸い込んだキャベツ。
味噌のコクを深めるラードと日本酒。
それらが口の中で暴れまわる。
「うめぇぇぇッ! なんだこのコクは! 酒だ! 酒を持ってこい!」
ボルスが絶叫する。
この濃厚な味付けは、白飯泥棒であり、同時に最強の酒の肴だ。
「社長……この隠し味の『お酒』、いい仕事してますね。魚の臭みを消して、旨味を倍増させている」
クロウもしみじみと味わっている。
アキラも一口食べた。
……成功だ。
試作の日本酒はまだ若く、少し酸味が強かったが、それが逆に濃厚な味噌ダレを引き締めている。
(……次は、この酒を完成させて『熱燗』といきたいところだな)
川の幸と、森の恵み、そして科学の粋を集めた宴。
アキラたちは満腹になるまで川原のBBQを堪能した。
こうして難所である大河を越えた一行。
川を下った先には、視界を埋め尽くすほどの水平線が広がっていた。
「……潮の匂いがするな」
デッキに出たアキラは、風に含まれる微かな塩の香りを感じ取り、ニヤリと笑った。
次の街までもうすぐだ。
だが、彼らが到着することになる港町は、活気を失い、死んだように静まり返っていることを、彼女はまだ知らない。
「行くぞ。……最高の出汁を求めて」
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




