第64話 魔物襲来?いいえ、肥料の収穫です
メンマ騒動も落ち着き、大樹海『エメラルド・フォレスト』での食材調達も大詰めを迎えていたある日のこと。
平穏を取り戻したはずの森の上空に、突如として不気味な「黒い雲」が現れた。
――ブブブブブブブブ……。
耳障りな羽音が、森の空気を震わせる。
それは雷雲ではない。
「な、なんだあれは……!?」
見回りをしていたエルフたちが空を見上げ、絶望の声を上げる。
黒い雲の正体は、体長1メートルを超える巨大なイナゴの魔物、『大蝗虫』の大群だった。
その数、数万匹。太陽の光を遮るほどの密度で、森を覆い尽くそうとしている。
「『黒い災厄』だ! 世界樹様の魔力回復と、アキラ殿の農場の光に引き寄せられたのだ!」
エルウィン王子が叫ぶ。
イナゴの群れは、通り過ぎた場所の植物を根こそぎ食い尽くす。
せっかく復活した世界樹の若葉も、アキラが育てた巨大ネギも、このままでは全滅だ。
「総員、迎撃せよ! 火を放て! 焼き尽くせ!」
エルフの戦士たちが杖を構える。
だが、相手は空を埋め尽くす大群だ。魔法で数匹撃ち落としたところで、焼け石に水。
それどころか、下手に火を使えば森に引火する危険性がある。
「待て、火はやめろ! せっかくの農場が燃える!」
結城 晶が、移動要塞の屋根から声を張り上げた。
彼女は冷静な目で、空を覆う害虫の群れを観察していた。
「チッ……数が多すぎるな。一匹ずつ潰していたら日が暮れる」
「しゃ、社長! どうするんですか!? このままだと俺たちのネギラーメンが食い尽くされちまいますよ!」
ボルスが焦る。
アキラは白衣のポケットから、小瓶に入った「黄色いオイル」を取り出し、不敵に笑った。
「慌てるな。……ポチ、覚えているか? 以前、海でクラーケンを倒した後、浜辺でBBQをした時のことを」
「あ! 覚えてるのだ! お肉焼いてたら、ブンブンうるさい蚊がいっぱい来て、ボクのお鼻を刺したのだ!」
ポチが鼻を押さえて憤慨する。
そう、あの時はまだアキラとポチ、そしてリナの少人数旅だった。美味しい海鮮BBQを台無しにした吸血蚊の大群を、アキラは科学の力で葬り去ったのだ。
「あの時、奴らを一網打尽にした『アレ』を使うぞ」
「おおっ! 伝説の『蚊取り作戦』ですか! 噂には聞いていましたが、まさか実物を見られるとは!」
テオが興奮気味に声を上げる。アキラの武勇伝は、従業員たちの間でも語り草になっていたらしい。
「テオ! 要塞のブロワーにこのオイルをセットしろ! 最大出力で拡散だ!」
「了解! ……って、これ、まさか『あの薬』ですか!?」
テオが戦慄しながらも、オイルをタンクに注入する。
それは、森に自生していた白い花――『除虫菊』から抽出した天然の神経毒、『ピレトリン』の濃縮液だった。
「行くぞ! オペレーション・殺虫!」
ブォォォォォォォンッ!!
要塞の送風機が唸りを上げ、黄色い霧が森の上空へと噴き上げられた。
テオの風魔法によって加速された霧は、瞬く間にイナゴの群れを飲み込んでいく。
「ど、毒ガスか!? 我々まで死ぬぞ!」
エルウィンたちが慌てて口元を覆う。
だが、アキラは涼しい顔で霧の中に立っていた。
「安心しろ。ピレトリンは昆虫や爬虫類の神経にしか作用しない選択毒性だ。……哺乳類には無害ですぐに分解される」
効果は劇的だった。
霧に触れたイナゴたちが、空中でピクピクと痙攣し始めたのだ。
神経伝達を遮断され、羽を動かす制御を失う。
バラバラバラバラバラッ……!!
「ひぃぃっ!? 降ってきた! 虫が降ってきたぁぁっ!」
まるで雹のように、麻痺した巨大イナゴが墜落してくる。
地面に叩きつけられ、ピクピクと足を動かす数万匹の虫。
まさに地獄絵図だが、森の植物への被害はゼロだ。
「キシャァァァァッ!!」
その時、混乱する群れの中から、ひときわ巨大な影がアキラに向かって急降下してきた。
群れを統率していたボス個体、『殺人女王蜂』だ。
毒々しい針を煌めかせ、霧を突破して突っ込んでくる。
「社長! 危ねぇ!」
ズドォォンッ!
ボルスがタワーシールドで体当たりし、クロウが双剣で毒針を切り落とす。
「害虫風情が、社長に針を向けるんじゃねぇ!」
騎士団の連携攻撃により、女王蜂はあっけなく地面に沈んだ。
その際、女王蜂が抱えていた「ドロップアイテム」がゴロリと転がった。
黄金色に輝く、巨大な蜂の巣だ。
「……ん? 甘い匂いがするのだ」
それまで「虫さんはパスなのだ……」とテンションが低かったポチが、鼻をヒクつかせた。
ポチは蜂の巣に駆け寄り、滴り落ちる黄金色の液体をペロリと舐めた。
「!!」
ポチの目がカッと見開かれる。
「ハチミツなのだー! トロトロで濃厚な、極上のハチミツなのだー!」
ポチは蜂の巣を両手で抱え、顔ごと突っ込んだ。
「あむっ! ……んちゅ、んちゅ……あま~いッ!♡」
口の周りをベタベタにしながら、至福の表情でハニカムを齧る。
蜜蝋のガムのような食感と、中から溢れ出す花の香りの蜜。
ポチにとって、空から降ってきた災厄は、ただの「おやつの宅配便」に変わった。
◇
戦闘――というか、一方的な駆除が終わった後。
森の地面は、イナゴの死骸で埋め尽くされていた。
「うう……気持ち悪い……。なんという不浄な光景だ……」
エルウィンたちエルフは、顔をしかめて遠巻きにしている。
だが、アキラの反応は違った。
彼女は死骸の山を見て、目を輝かせていたのだ。
「捨ててはダメだ。……これは、宝の山だぞ」
「た、宝……? この虫ケラがですか?」
「そうだ。虫の外骨格はキチン質、中身は高タンパクだ。……分解すれば、最強の『窒素肥料』になる」
アキラは即座に指示を出した。
「総員、回収! 粉砕機にかけろ! 落ち葉と土と混ぜ合わせ、例の『発酵促進菌』を投入しろ!」
それは『高速堆肥化』。
死骸を微生物の力で急速分解し、植物が吸収しやすい硝酸態窒素へと変えるリサイクル術だ。
数日後。
出来上がった黒々とした堆肥は、アキラのLED農場に撒かれた。
その栄養を吸ったネギやニンニクは、さらに太く、青々と成長した。
「……害虫すらも糧にするとは」
エルウィンは、立派に育った野菜を見つめ、深く息を吐いた。
「死を忌避するのではなく、新たな命へと繋げる……。これこそが、アキラ殿の言う真の『命の循環』なのかもしれないな」
忌み嫌っていた死骸が、美味しい野菜を育てる肥料となる。
その事実は、エルフたちの死生観すらも少しだけアップデートさせたようだった。
「よし。これで肥料の確保も完了だ」
アキラは満足げに頷いた。
調味料、薬味、具材、そして究極の肥料。
エルフの森で得るべきものは、全て手に入れた。
「……長居したな。そろそろ出発するぞ」
アキラは東の方角を見据えた。
そこには、大陸を分断する巨大な大河が流れている。
橋などない。渡るには、船か、あるいは――。
「ボルス、改造の準備だ。……あの川を、優雅にクルージングして渡るぞ」
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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