第63話 竹害?いいえ、無限メンマです
大樹海『エメラルド・フォレスト』の朝。
本来なら小鳥のさえずりと共に訪れる穏やかな時間が、断末魔のような悲鳴によって破られた。
「ア、アキラ殿ぉぉぉッ!! 助けてくれぇぇぇッ!!」
結城 晶が寝泊まりしている移動要塞のドアを、血相を変えたエルフの第2王子、エルウィンが叩き壊さんばかりの勢いでノックした。
バンッ!
エルウィンが返事も待たずに飛び込むと、そこには異様な光景があった。
「……なんだ、騒々しい。せっかく刃を研いでいたのに」
晶はすでに起きていた。
それだけではない。白衣の上に「作業用エプロン」を着け、手には巨大な「ノコギリ」と「寸胴鍋」を構え、やる気満々の笑顔を浮かべていたのだ。
「刃……? そ、それどころではないのです! 森が……森が串刺しにされている!」
「串刺し?」
「私の宮殿だ! 床下から『槍』のようなものが突き上げてきて、寝床が空中に浮いているのだ! このままでは森全土が飲み込まれる!」
エルウィンが涙目で訴えるが、晶は慌てるどころか、パァっと顔を輝かせた。
「ほう。床を突き破るほどの成長力か。……素晴らしい。筋が良さそうだ」
「えっ? アキラ殿?」
「案内しろエルウィン。今日の私は機嫌がいい。――『収穫祭』の時間だ」
晶はノコギリを担ぎ、意気揚々と部屋を飛び出した。
エルウィンはその背中を見て、一抹の不安を覚えたが、今は頼れるのは彼女しかいない。
二人は急いで現場へと向かった。
そして、その光景を目撃する。
「……こ、これは……」
エルウィンの宮殿がある区画は、まるで剣山のように変貌していた。
地面から突き出しているのは、数えきれないほどの「巨大なタケノコ」だ。
しかも、ただのタケノコではない。一本一本が大人の背丈ほどもあり、その成長速度は異常だった。
ズズズズズ……ッ!
見ている目の前で、不気味な地響きを立てながら、アスファルトを割る雑草のような勢いで石畳を突き破り、宮殿の壁を破壊していく。
「あぁ……私の家が……」
エルウィンが膝から崩れ落ちる。
だが、隣に立つ晶の反応は正反対だった。
「……宝の山だ」
晶は喉を鳴らし、破壊された宮殿ではなく、その元凶である「巨大タケノコ」をうっとりと見つめていた。
「世界樹の魔力が回復しすぎたか。……だが、これだけあれば一生分のメンマが作れるぞ」
そう、これがエルフの森を物理的に壊滅させる大災害、『竹害』。
そして同時に、晶にとって『無限メンマフェスティバル』の開幕でもあった。
◇
「おのれ、魔界の植物め! 焼き払ってくれる!」
家を破壊されたエルフたちが、涙目で杖を構える。
「待てェェェッ!!」
晶が全力で制止した。
「バカ野郎! それを焼くとは何事だ! それは全部、極上の『食材』だぞ!」
「はぁ!? 食材!? こんな木の化け物がですか!?」
「そうだ。……ボルス、クロウ! 出番だ!」
晶の号令と共に、『黒薔薇騎士団』が前に出た。彼らは武器を手に、獲物を見定めている。
「総員、第一種戦闘配置! 目標、巨大タケノコ群! 根絶やしにする勢いで収穫せよ!」
「「「イエッサー!!」」」
◇
収穫という名の戦争が始まった。
「フンッ!!」
元重戦士のボルスが、タワーシールドを構えて巨大タケノコにタックルをかます。
バキィィィンッ!!
極太の繊維が断ち切られる音が響き、タケノコが根元からへし折れた。
「硬いが、オリハルコンよりはマシだぜ! 次ッ!」
ボルスは人間ブルドーザーの如く、次々とタケノコをなぎ倒していく。
一方、元暗殺者のクロウは、双剣で華麗に舞っていた。
「……成長点が脆い」
ヒュン、ヒュン。
鋭い斬撃がタケノコの先端を切り飛ばし、皮を剥いでいく。
「わーい! 皮むき楽しいのだー!」
倒されたタケノコに群がっているのは、神獣ポチだ。
彼女は巨大なタケノコの皮を、バリバリと剥がす感触に夢中になっていた。
何枚も重なった皮を剥いていくと、中からツルッとした象牙色の本体が現れる。
「綺麗なのだ! つるつるなのだ! ……パクッ」
好奇心旺盛なポチが、採れたてのタケノコの先端を齧った。
「……!! ペッ! ペッ! 渋いのだ! 口がビリビリするのだー!」
ポチが舌を出して涙目になる。
それを見て、晶がニヤリと笑った。
「当たり前だ。タケノコには『シュウ酸』や『ホモゲンチジン酸』といったアク成分が大量に含まれている。そのまま食えば喉が焼けるぞ」
「毒なのだ!? アキラ、これ毒なのだ!」
「毒じゃない。……化学の力で、美味しくするんだ」
◇
広場には、ドワーフ製の巨大な寸胴鍋がいくつも並べられ、大量の湯が沸かされていた。
「アク抜きだ。……投入!」
晶は鍋の中に、白い粉末――『重曹』を放り込んだ。
本来なら米ぬかと唐辛子で茹でるのが一般的だが、この巨大さと量を処理するには、アルカリ性の力で繊維を軟化させ、アクを溶出させるのが手っ取り早い。
ドボン、ドボン!
皮を剥かれた巨大タケノコが、次々と熱湯地獄へ沈められていく。
グツグツと煮込むこと数時間。
辺りには、トウモロコシや茹で栗に似た、独特の甘い香りが漂い始めた。
「……いい匂いですね」
エルウィンが鼻をクンクンさせる。
先ほどまで家を壊していた憎き敵が、今は芳醇な香りを放つ食材に変わっている。
「だが、これで終わりじゃない。……ここからが本番だ」
茹で上がったタケノコの水煮を短冊切りにし、晶は再び『麹室』へと運んだ。
「塩漬けにして、乳酸発酵させる。……いわゆる『メンマ』への加工だ」
本来のメンマは「麻竹」という種類の竹を土の中で発酵させて作るが、晶は独自の「時短発酵術」を展開した。
麹室の温度管理と、森で採取した乳酸菌の力で、タケノコの糖質を分解し、あの独特の酸味と旨味を引き出すのだ。
「また発酵ですか……。アキラ殿は本当に、腐らせるのが好きですね」
「だから発酵だと言っているだろう。……数日待て。驚くぞ」
◇
数日後。
麹室から出され、天日で乾燥させ、さらに水で戻されたタケノコたちは、飴色の「メンマ」へと生まれ変わっていた。
「仕上げだ。……炒めるぞ!」
晶は中華鍋を熱し、たっぷりのごま油を引いた。
そこにメンマを投入。
ジュワアアアアッ……!!
ごま油の香ばしい匂いが爆発する。
そこに、醤油、砂糖、酒、そして唐辛子を加えて炒め煮にする。
水分が飛び、タレが絡んで艶やかな褐色に輝き出したところで完成だ。
「食ってみろ。……『無限ピリ辛メンマ』だ」
山盛りにされたメンマを前に、エルウィンがおそるおそる箸を伸ばした。
「……いただきます」
コリッ。
小気味良い音が響いた。
エルウィンが目を見開く。
「……! なんだこの食感は!?」
繊維質なのに、硬くない。
適度な弾力と、歯切れの良さ。
噛むたびに、ごま油の風味と醤油の旨味、そして発酵による奥深い酸味がジュワッと溢れ出す。
最後にピリッとした唐辛子の辛味が抜け、次の一口を強烈に誘引する。
「木を食べているようだが……味は肉に近い!? いや、貝類か? わからないが……止まらん!」
エルウィンの箸が加速する。
コリッ、コリッ、ポリポリポリ……。
もはや王子の品位などかなぐり捨て、リスのように頬張っている。
「社長! こいつもお願いします!」
ボルスたちが差し出したのは、ジョッキに波々と注がれたラガービールだ。
「最高だぜぇ! このピリ辛と塩気が、ビールを泥棒しやがる!」
グビグビッ、プハァーッ!
メンマ、ビール。メンマ、ビール。
まさに無限機関。
厄介者の竹害が、酒飲みたちにとっての天国へと変わった瞬間だった。
「ポチも食べるのだー! あーん!」
ポチも晶から小皿いっぱいのメンマを貰い、手づかみで口に放り込んだ。
「んぐっ! ……ポリポリ、ポリポリ……!」
いい音だ。
最初は辛さに少し驚いたようだが、すぐにその旨味の虜になったらしい。
「んまーい! コリコリしてて、お口の中で音がするのだ! これならいくらでも食べられるのだー!」
ポチは両手にメンマを持ち、交互に口に運んでいる。
その幸せそうな顔を見て、晶も満足げに頷いた。
「よし。これでラーメンの具材も揃ったな」
チャーシュー、煮玉子、ネギ、そしてメンマ。
役者は揃った。
森での収穫は、これ以上ない成果(竹害の処理含む)を上げたと言えるだろう。
「さて……。そろそろお暇するか」
晶は、タケノコが刈り尽くされて更地になった元・竹林を見渡した。
醤油、味噌、そして大量のメンマ。
ラーメンに必要な「神器」はあらかた揃った。
あとは、仕上げの「薬味」を収穫して、エルウィンたちエルフに別れを告げるだけ――。
だが、異世界はそう簡単に、この「食の探求者」を帰してはくれなかった。
最後の収穫を前に、空から「黒い絶望」が舞い降りようとしていたのである。
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、
ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援していただけると嬉しいです!
第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




