表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/76

第62話 雑草? いいえ、香味野菜です

 結城 晶(ゆうき あきら)率いる『黒薔薇騎士団』の活躍と、テオによる物理的説得おはなしにより、大樹海『エメラルド・フォレスト』には再び平和が戻っていた。


 過激派エルフたちも「醤油」の味に屈し、今ではアキラの指揮の下、麹室の温度管理や大豆の世話を焼くようになっている。


 そんなある日の昼下がり。


 アキラは腕を組み、試作のラーメン――世界樹の下で採れた古代小麦の麺と、ハイ・オークの出汁を合わせた一杯を前に、唸っていた。


「……違う。何かが足りない」


 スープは濃厚だ。麺もコシがある。醤油の香りも立っている。


 だが、食べている途中で飽きが来るのだ。


「脂っこすぎるんだ。ハイ・オークの脂は甘いが、それだけだと重い。……口の中をリセットし、食欲をブーストさせる『刺激アクセント』が必要だ」


 アキラの脳裏に浮かんだのは、ラーメンの名脇役たち。


 シャキシャキとした食感と辛味を持つ『ネギ』。


 そして、ガツンとしたパンチ力でスープの味を引き締める『ニンニク』。


「薬味だ。薬味がないラーメンなんて、ワサビのない寿司と同じだ」


 アキラは即座に行動を開始した。


 ポチの嗅覚を頼りに、森中を捜索すること数時間。


「アキラ、あったのだー! なんか臭い草なのだー!」


 ポチが見つけたのは、森の湿った場所に生えていた細長い草だった。


 アキラが一本引き抜いて匂いを嗅ぐ。


「……間違いない。野生種のネギと、こっちは行者ニンニクの類か」


 だが、その姿はあまりにも貧弱だった。


 ネギは糸のように細く、ニンニクの球根は小指の先ほどしかない。


「ダメだ。こんなひょろひょろの草じゃ、薬味にならん」


 アキラは空を見上げた。


 世界樹が復活し、森は緑に覆われている。だが、それゆえに木々が鬱蒼と茂り、地面には木漏れ日程度しか届いていない。


「日照不足だ。光が足りないから、光合成ができずに徒長とちょうしているんだ」


 木を切れば解決するが、それをやればエルフたちがまた「森を傷つけた!」と騒ぐだろう。


 ならば、答えは一つだ。


「太陽がないなら、作ればいい」


          ◇


 その夜。


 世界樹の根元にある広場に、異様な建造物が出現した。


 スライムの粘液を加工して作った透明なドーム――ビニールハウスだ。


 その天井には、アキラがドワーフの国で手に入れた発光クリスタルと、魔石を組み合わせて作った照明装置が無数に吊り下げられている。


「テオ、配線はどうだ?」


「バッチリです社長。世界樹様の根っこから、余剰魔力をバイパス接続しました。電力まりょくは使い放題です」


 テオが魔導ケーブルを手にサムズアップする。


 罰当たりな行為だが、エルウィン王子には「世界樹のマッサージも兼ねている」と適当に説明して許可を得てある。


「よし。点灯スイッチ・オンだ」


 アキラがレバーを入れた。


 ブォンッ……!


 重低音と共に、森の闇が切り裂かれた。


 だが、灯ったのは暖かな太陽の光ではない。


「な……なんだこの色は!?」


 見守っていた騎士団員たちがどよめく。


 ハウスの中を満たしたのは、毒々しいまでの「ピンク色」の光だった。


 赤と青の原色が混ざり合った、目に痛いほどのマゼンタ・カラー。


 静謐なエルフの森には似つかわしくない、サイバーパンクなネオンの輝きだ。


「植物の光合成に必要なのは、太陽光の全波長じゃない。主に『赤(波長660nm)』と『青(450nm)』の光だ」


 アキラはサングラスをかけ、怪しい光の中で解説する。


「緑色の光は反射するから、植物は緑に見える。つまり緑の光は不要だ。……このLED擬似日光システムなら、無駄なく植物を刺激できる」


「理屈はわかりますが……見た目が完全に『悪の研究所』ですよ社長」


          ◇


 異変はすぐに森中に知れ渡った。


 夜になっても消えない、毒々しい赤紫色の光。


 遠くから見れば、森の一角だけが異界と繋がっているようにしか見えない。


「大変だ! 森の奥に魔界のゲートが開いたぞ!」


「邪悪な儀式だ! 止めさせろ!」


 パニックになったエルフたちが、武器を手に広場へと殺到する。


 先頭を走ってきたのは、エルウィン王子だった。


「アキラ殿! 今度は一体何を……うわっ、眩しっ!?」


 エルウィンがハウスの前に到達した瞬間、あまりの光量と色彩の暴力に目を覆った。


「なんだこの光は……!? 目が……目がチカチカする……!」


「おや、エルウィン王子。ちょうどいいところへ。収穫の手伝いをしてくれ」


 ハウスの中から、平然とした顔のアキラが出てきた。


 その手には、大人の腕ほどもある太さの「白ネギ」と、子供の頭ほどもある巨大な「ニンニク」が抱えられている。


「しゅ、収穫……? まさか、あの貧弱な草が?」


「24時間照射で休まず光合成をさせたからな。魔力水の効果もあって、成長速度は通常の十倍だ」


 アキラは自慢げに巨大野菜を見せつけた。


 中では、お化けのように育ったネギの森が、ピンク色の光を浴びて揺れている。


 魔界のゲートどころではない。マッドサイエンティストの実験農場だ。


「さあ、仕上げだ。……ポチ、逃げておけよ」


「?」


 アキラは巨大ニンニクを一欠片割り、その場でスライスして、熱した油の中に放り込んだ。


 ジュワアアアアッ……!!


 瞬間。


 爆発的な香りが森に解き放たれた。


 食欲をそそる香ばしさと、鼻の奥をツーンと刺激する硫化アリル(アリシン)の暴力。


 焦がしニンニク油――『マー油』の生成である。


「鼻がっ! 鼻が曲がるのだー!!」


 風下にいたポチが、鼻を押さえて転げ回る。


 嗅覚の鋭い神獣にとって、加熱したニンニクの刺激臭は催涙ガスに等しい。


「ぐわっ!? なんだこの強烈な臭いは!?」


「目が……目が痛い! 涙が止まらん!」


 駆けつけたエルフたちも、次々と咳き込んでうずくまる。


 聖なる森が、一瞬にしてラーメン屋の厨房の換気扇直下の臭いに包まれたのだ。


「毒ガスか!? やはり人間は森を……」


「食ってみてから言え」


 アキラは、出来たてのマー油と、刻んだ白ネギを、試作ラーメンにトッピングし、涙目のエルウィンに差し出した。


「これが完成形だ。……『ネギ盛り黒マー油ラーメン(仮)』」


 エルウィンは躊躇した。


 臭い。強烈に臭い。だが、その臭いの奥にある「本能を揺さぶる何か」が、彼の胃袋を鷲掴みにしていた。


 意を決して、スープを啜る。


「……ッ!!」


 ガツンッ!


 殴られたような衝撃。


 揚げニンニクの香ばしい苦味が、豚骨の脂っこさを中和し、さらに食欲を増幅させる。


 そしてシャキシャキのネギが、濃厚なスープの中で清涼剤となり、次の一口を誘う。


「辛い……臭い……でも、止まらないッ!」


 エルウィンは無心で麺を啜った。


 額から汗が噴き出し、体の中から熱が湧き上がってくる。


 これこそが薬味の力。アリシンによる血行促進と疲労回復効果だ。


「はぁ、はぁ……。アキラ殿、これは……危険な食べ物だ……」


 スープまで飲み干したエルウィンが、恍惚とした表情で呟く。


「この刺激を知ってしまったら、もう元の薄味の食事には戻れない……」


「それが『香味野菜』だ。……どうだ、このネオン農場を撤去するか?」


「……いや。続けよう」


 エルウィンは、ピンク色に輝くハウスを、どこか愛おしそうに見上げた。


「この光は、毒ではない。……我々の食卓を照らす、希望の光だ」


(……いや、ただのLEDなんだが)


 こうして、エルフの森の奥地に、不夜城の如く輝くサイバー農場が正式に稼働することとなった。


 醤油、味噌、そして最強の薬味を手に入れたアキラ一行。


 だが、森での収穫はこれだけではなかった。


 過剰な魔力供給により、森の生態系に新たな「巨大な異変」が生じようとしていたのである。


「社長! 大変です! 裏山から、見たこともないバケモノが!」


「なんだ、今度は?」


 ボルスが指差す先には、地面を突き破って出現した、茶色い甲殻に覆われた巨大な円錐形の群れ。


「……タケノコか。しかも、やたらとデカい」


 ボルスが警戒して武器を構えるが、晶の目は獲物を狙う肉食獣のように輝いていた。


「待てボルス。攻撃するな。……あれは『敵』じゃない」


「は? 敵じゃなきゃ何なんです?」


「『トッピング』だ」


 晶の脳裏に、醤油ラーメンに欠かせない、あのコリコリとした食感のメンマが浮かび上がった。


 醤油はある。味噌もある。そして今、最後のピースが埋まろうとしている。


「ふふふ……。天は私に、ラーメンを完成させろと囁いているようだな」


 晶は不敵な笑みを浮かべた。


 だが、彼女はまだ知らなかった。


 竹という植物が持つ、アスファルトさえ突き破る「凶悪な侵略性」を。


 それが、エルフの森を物理的に壊滅させる大災害の幕開けであることを。

第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援していただけると嬉しいです!


第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ