第62話 雑草? いいえ、香味野菜です
結城 晶率いる『黒薔薇騎士団』の活躍と、テオによる物理的説得により、大樹海『エメラルド・フォレスト』には再び平和が戻っていた。
過激派エルフたちも「醤油」の味に屈し、今ではアキラの指揮の下、麹室の温度管理や大豆の世話を焼くようになっている。
そんなある日の昼下がり。
アキラは腕を組み、試作のラーメン――世界樹の下で採れた古代小麦の麺と、ハイ・オークの出汁を合わせた一杯を前に、唸っていた。
「……違う。何かが足りない」
スープは濃厚だ。麺もコシがある。醤油の香りも立っている。
だが、食べている途中で飽きが来るのだ。
「脂っこすぎるんだ。ハイ・オークの脂は甘いが、それだけだと重い。……口の中をリセットし、食欲をブーストさせる『刺激』が必要だ」
アキラの脳裏に浮かんだのは、ラーメンの名脇役たち。
シャキシャキとした食感と辛味を持つ『ネギ』。
そして、ガツンとしたパンチ力でスープの味を引き締める『ニンニク』。
「薬味だ。薬味がないラーメンなんて、ワサビのない寿司と同じだ」
アキラは即座に行動を開始した。
ポチの嗅覚を頼りに、森中を捜索すること数時間。
「アキラ、あったのだー! なんか臭い草なのだー!」
ポチが見つけたのは、森の湿った場所に生えていた細長い草だった。
アキラが一本引き抜いて匂いを嗅ぐ。
「……間違いない。野生種のネギと、こっちは行者ニンニクの類か」
だが、その姿はあまりにも貧弱だった。
ネギは糸のように細く、ニンニクの球根は小指の先ほどしかない。
「ダメだ。こんなひょろひょろの草じゃ、薬味にならん」
アキラは空を見上げた。
世界樹が復活し、森は緑に覆われている。だが、それゆえに木々が鬱蒼と茂り、地面には木漏れ日程度しか届いていない。
「日照不足だ。光が足りないから、光合成ができずに徒長しているんだ」
木を切れば解決するが、それをやればエルフたちがまた「森を傷つけた!」と騒ぐだろう。
ならば、答えは一つだ。
「太陽がないなら、作ればいい」
◇
その夜。
世界樹の根元にある広場に、異様な建造物が出現した。
スライムの粘液を加工して作った透明なドーム――ビニールハウスだ。
その天井には、アキラがドワーフの国で手に入れた発光クリスタルと、魔石を組み合わせて作った照明装置が無数に吊り下げられている。
「テオ、配線はどうだ?」
「バッチリです社長。世界樹様の根っこから、余剰魔力をバイパス接続しました。電力は使い放題です」
テオが魔導ケーブルを手にサムズアップする。
罰当たりな行為だが、エルウィン王子には「世界樹のマッサージも兼ねている」と適当に説明して許可を得てある。
「よし。点灯だ」
アキラがレバーを入れた。
ブォンッ……!
重低音と共に、森の闇が切り裂かれた。
だが、灯ったのは暖かな太陽の光ではない。
「な……なんだこの色は!?」
見守っていた騎士団員たちがどよめく。
ハウスの中を満たしたのは、毒々しいまでの「ピンク色」の光だった。
赤と青の原色が混ざり合った、目に痛いほどのマゼンタ・カラー。
静謐なエルフの森には似つかわしくない、サイバーパンクなネオンの輝きだ。
「植物の光合成に必要なのは、太陽光の全波長じゃない。主に『赤(波長660nm)』と『青(450nm)』の光だ」
アキラはサングラスをかけ、怪しい光の中で解説する。
「緑色の光は反射するから、植物は緑に見える。つまり緑の光は不要だ。……このLED擬似日光システムなら、無駄なく植物を刺激できる」
「理屈はわかりますが……見た目が完全に『悪の研究所』ですよ社長」
◇
異変はすぐに森中に知れ渡った。
夜になっても消えない、毒々しい赤紫色の光。
遠くから見れば、森の一角だけが異界と繋がっているようにしか見えない。
「大変だ! 森の奥に魔界のゲートが開いたぞ!」
「邪悪な儀式だ! 止めさせろ!」
パニックになったエルフたちが、武器を手に広場へと殺到する。
先頭を走ってきたのは、エルウィン王子だった。
「アキラ殿! 今度は一体何を……うわっ、眩しっ!?」
エルウィンがハウスの前に到達した瞬間、あまりの光量と色彩の暴力に目を覆った。
「なんだこの光は……!? 目が……目がチカチカする……!」
「おや、エルウィン王子。ちょうどいいところへ。収穫の手伝いをしてくれ」
ハウスの中から、平然とした顔のアキラが出てきた。
その手には、大人の腕ほどもある太さの「白ネギ」と、子供の頭ほどもある巨大な「ニンニク」が抱えられている。
「しゅ、収穫……? まさか、あの貧弱な草が?」
「24時間照射で休まず光合成をさせたからな。魔力水の効果もあって、成長速度は通常の十倍だ」
アキラは自慢げに巨大野菜を見せつけた。
中では、お化けのように育ったネギの森が、ピンク色の光を浴びて揺れている。
魔界のゲートどころではない。マッドサイエンティストの実験農場だ。
「さあ、仕上げだ。……ポチ、逃げておけよ」
「?」
アキラは巨大ニンニクを一欠片割り、その場でスライスして、熱した油の中に放り込んだ。
ジュワアアアアッ……!!
瞬間。
爆発的な香りが森に解き放たれた。
食欲をそそる香ばしさと、鼻の奥をツーンと刺激する硫化アリルの暴力。
焦がしニンニク油――『マー油』の生成である。
「鼻がっ! 鼻が曲がるのだー!!」
風下にいたポチが、鼻を押さえて転げ回る。
嗅覚の鋭い神獣にとって、加熱したニンニクの刺激臭は催涙ガスに等しい。
「ぐわっ!? なんだこの強烈な臭いは!?」
「目が……目が痛い! 涙が止まらん!」
駆けつけたエルフたちも、次々と咳き込んで蹲る。
聖なる森が、一瞬にしてラーメン屋の厨房の換気扇直下の臭いに包まれたのだ。
「毒ガスか!? やはり人間は森を……」
「食ってみてから言え」
アキラは、出来たてのマー油と、刻んだ白ネギを、試作ラーメンにトッピングし、涙目のエルウィンに差し出した。
「これが完成形だ。……『ネギ盛り黒マー油ラーメン(仮)』」
エルウィンは躊躇した。
臭い。強烈に臭い。だが、その臭いの奥にある「本能を揺さぶる何か」が、彼の胃袋を鷲掴みにしていた。
意を決して、スープを啜る。
「……ッ!!」
ガツンッ!
殴られたような衝撃。
揚げニンニクの香ばしい苦味が、豚骨の脂っこさを中和し、さらに食欲を増幅させる。
そしてシャキシャキのネギが、濃厚なスープの中で清涼剤となり、次の一口を誘う。
「辛い……臭い……でも、止まらないッ!」
エルウィンは無心で麺を啜った。
額から汗が噴き出し、体の中から熱が湧き上がってくる。
これこそが薬味の力。アリシンによる血行促進と疲労回復効果だ。
「はぁ、はぁ……。アキラ殿、これは……危険な食べ物だ……」
スープまで飲み干したエルウィンが、恍惚とした表情で呟く。
「この刺激を知ってしまったら、もう元の薄味の食事には戻れない……」
「それが『香味野菜』だ。……どうだ、このネオン農場を撤去するか?」
「……いや。続けよう」
エルウィンは、ピンク色に輝くハウスを、どこか愛おしそうに見上げた。
「この光は、毒ではない。……我々の食卓を照らす、希望の光だ」
(……いや、ただのLEDなんだが)
こうして、エルフの森の奥地に、不夜城の如く輝くサイバー農場が正式に稼働することとなった。
醤油、味噌、そして最強の薬味を手に入れたアキラ一行。
だが、森での収穫はこれだけではなかった。
過剰な魔力供給により、森の生態系に新たな「巨大な異変」が生じようとしていたのである。
「社長! 大変です! 裏山から、見たこともないバケモノが!」
「なんだ、今度は?」
ボルスが指差す先には、地面を突き破って出現した、茶色い甲殻に覆われた巨大な円錐形の群れ。
「……タケノコか。しかも、やたらとデカい」
ボルスが警戒して武器を構えるが、晶の目は獲物を狙う肉食獣のように輝いていた。
「待てボルス。攻撃するな。……あれは『敵』じゃない」
「は? 敵じゃなきゃ何なんです?」
「『具』だ」
晶の脳裏に、醤油ラーメンに欠かせない、あのコリコリとした食感のメンマが浮かび上がった。
醤油はある。味噌もある。そして今、最後のピースが埋まろうとしている。
「ふふふ……。天は私に、ラーメンを完成させろと囁いているようだな」
晶は不敵な笑みを浮かべた。
だが、彼女はまだ知らなかった。
竹という植物が持つ、アスファルトさえ突き破る「凶悪な侵略性」を。
それが、エルフの森を物理的に壊滅させる大災害の幕開けであることを。
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




