表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/77

第58話:森林破壊? いいえ、治療です

 大陸北部に広がる大樹海、『エメラルド・フォレスト』。


 かつては世界で最も美しく、豊かな魔力を湛えた場所と言われていたが、今のその姿は見る影もない。


「……臭いな」


 漆黒の移動要塞『黒き箱船(ブラック・アーク)』の運転席で、結城 晶(ゆうき あきら)は鼻をつまんだ。


 森の入り口に近づくにつれ、車内の空調フィルターを通してさえ、むせ返るような腐敗臭が漂ってくる。


「腐った土と、カビの匂いですね。……とても生物が住める環境じゃありません」


 後部座席で空調魔法を制御しているテオが、顔をしかめて報告する。


 窓の外に見える木々は、どれも幹がどす黒く変色し、葉は黄色く枯れ落ちている。


 生命の息吹を感じない、死の森だ。


「ここがエルフの国……? 本当にお野菜があるのか?」


 助手席のポチが不安そうに窓に張り付く。


 彼女の鋭い嗅覚には、この腐臭は拷問に近いだろう。


「あるはずだ。……かつてはな」


 晶は要塞を森の境界線で停止させた。


 そこには、目に見えない強固な「結界」が張られている。


 人間を拒絶し、森を封鎖するエルフたちの意思だ。


「止まれ! 人間風情が何のようだ!」


 結界の内側から、鋭い声と共に数本の矢が飛んできた。


 カンッ、カンッ!


 矢は要塞の装甲に当たって虚しく弾かれる。


「……野蛮だな」


 晶がマイクのスイッチを入れた。


『こちら、アステル領より参りました。商談に来たのですが』


「帰れ! 森を汚す人間め! 貴様らが持ち込む鉄や油の臭いが、世界樹様を苦しめているのだ!」


 茂みの中から、緑色の服を着たエルフの戦士たちが姿を現した。


 彼らの目は憎悪に燃えている。


 どうやら、森の衰退を「人間の文明による汚染」のせいにしているらしい。


「話が通じそうにないですね」


 元暗殺者のクロウがため息をつく。


「強行突破しますか? この程度の結界なら、要塞の突進力で破れますが」


「いや、それは最後の手段だ。……まずは原因を調べる」


 晶は要塞から降り立ち、枯れた地面の土を一掴み採取した。


 そして、ポケットから「リトマス試験紙」を取り出し、水分を含ませた土に押し当てる。


 スッ……。


 青かった紙が、一瞬で鮮烈な「赤色」に染まった。


「……やはりな」


 晶は確信した。


「酸性土壌だ。それも極度の」


 晶は周囲を見渡した。


 枯れた木々の根元には、不自然なほど大量の落ち葉や枯れ枝が堆積している。


 本来なら微生物や虫が分解して土に還るはずの有機物が、分解されずに腐っているのだ。


「分解者が死滅している。土壌が酸性に傾きすぎて、バクテリアが活動できないんだ。……これじゃあ、どんな植物も根腐れを起こす」


 原因は人間ではない。


 長年の環境変化か、あるいは何らかの魔力干渉か。


 いずれにせよ、このままでは森は死ぬ。そして、晶の欲しい「大豆」や「小麦」も手に入らない。


「掃除するぞ」


 晶は立ち上がり、要塞に向かって合図を送った。


「ボルス! トランクから『中和剤』を出せ!」


「中和剤? ドワーフの国で作った、あの白い粉ですか?」


 ボルスが巨大な麻袋を担いで出てくる。


 中身は、ドワーフの鉱山で採掘し、粉砕しておいた『消石灰』だ。


 アルカリ性の粉末であり、酸性化した土壌を中和する特効薬である。


「撒くぞ。……派手にな」


 晶は要塞の屋根に取り付けられた、農薬散布用の大型送風機を起動させた。


 タンクに消石灰を投入する。


「テオ、風向き調整! 森の奥へ向かって全開だ!」


「了解! 突風(ガスト)・最大出力!」


 ブォォォォォォォン!!!!


 爆音と共に、ブロワーから真っ白な粉塵が噴き出した。


 テオの魔法で加速された石灰の霧は、結界を素通りし、森の奥深くへと拡散していく。


「な、なんだ!? 毒ガスか!?」


「人間め! ついに森を枯らしに来たか!」


 エルフたちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


 白い粉が、枯れ落ち葉の上に降り積もり、土に染み込んでいく。


 ジュワッ……。


 微かな反応音。


 酸とアルカリが出会い、中和反応が起きる。


 それは破壊ではない。治療だ。


「やめろぉぉぉ! 世界樹様がぁぁぁ!」


 一人のエルフが、必死の形相で結界から飛び出してきた。


 金髪碧眼の美青年。


 上質な服を着ていることから、それなりの地位にある者だとわかる。


「私は第二王子エルウィン! 森の守護者として命じる! 直ちにその穢らわしい粉を止めろ!」


 エルウィンが魔法の杖を構え、晶に向かって突進してくる。


 だが。


「……邪魔だ」


 ドスッ。


「ぐふっ!?」


 晶が動くよりも早く、ボルスが立ちはだかった。


 王子渾身のタックルを、ボルスは微動だにせず腹筋で受け止め、逆に弾き返したのだ。


「悪いな王子様。社長の『治療』の邪魔はさせねぇよ」


 ボルスがエルウィンの首根っこを掴み、ひょいと持ち上げる。


「は、離せ! 野蛮人! 貴様ら、森を殺す気か!」


「殺す? ……逆だ」


 晶が冷ややかに見下ろした。


「よく見ろ。……土の色が変わっているぞ」


 晶が指差した先。


 石灰が撒かれた地面から、腐敗臭が消え始めていた。


 そして、ドロドロに腐っていた落ち葉の下から、小さな緑色の芽が顔を出していたのだ。


「な……!?」


 エルウィンが目を疑う。


 何年も芽吹くことのなかった種子が、土壌環境が改善された瞬間に息を吹き返したのだ。


「土が酸っぱすぎたんだよ。……世界樹が大事なら、少しは勉強しろ」


 晶はエルウィンの手から杖を取り上げ、代わりにpH試験紙を握らせた。


「この紙が赤いうちは、この森は死に続ける。……青くなるまで撒き続けろ」


 エルウィンは呆然と試験紙を見つめた。


 自分たちが何百年も祈り続けても治らなかった森の病が、人間が撒いた「白い粉」一発で回復の兆しを見せている。


 その事実は、彼のエルフとしてのプライドを粉々に砕き、同時に彼の知的好奇心に火をつけた。


「あ、青くなるまで……?」


「そうだ。……協力するなら、もっと効率的な方法を教えてやる」


 晶はニヤリと笑った。


 こうして、エルフの国への侵入きょうこうとっぱは成功した。


 次なるステップは、この無知な王子を手懐け、森の奥にある「発酵の聖地」へと案内させることだ。


「行くぞ。……味噌と醤油のために」


 晶は再び要塞に乗り込んだ。


 白い粉を噴き上げながら進む黒い巨体は、エルフたちにとっては悪夢の破壊神、しかし森にとっては救済の白騎士に見えたことだろう。


(続く)


第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援していただけると嬉しいです!


第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ