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第57話:ハイ・オークの肉厚ホットサンド

 北へと続く街道を、漆黒の移動要塞『黒き箱船(ブラック・アーク)』がひた走る。


 荒涼としていた岩山地帯を抜け、景色は徐々に緑豊かな針葉樹林へと変わりつつあった。


「……そろそろ日が暮れるな」


 運転席でハンドルを握る結城 晶(ゆうき あきら)が呟く。


 西の空が茜色に染まり、長い影が森に落ちている。


 夜間走行も可能だが、急ぐ旅でもない。何より、腹が減った。


「社長! 前方にいい感じの湖が見えますぜ!」


 助手席で地図を広げていたボルスが指差す。


 木々の隙間から、夕日を反射してきらめく水面が見えた。


 街道から少し外れた場所にある、静かな湖畔だ。


「よし。今夜はあそこで停泊する」


 晶がハンドルを切る。


 巨大なタイヤが砂利を踏みしめ、要塞は湖のほとりの開けた草地に滑り込んだ。


 プシューッ……。


 エアブレーキの音が響き、エンジンが停止する。


 静寂が訪れると同時に、森のざわめきと湖のさざ波の音が聞こえてきた。


「到着だ。……総員、展開!」


 晶の号令で、黒薔薇騎士団が動き出す。


 だが、彼らが手にしたのは武器ではない。


「オーニング、展開!」


 車体側面に取り付けられたロール状のテントが、電動でウィーンと伸び、広大な屋根を作り出す。


 その下に、折りたたみ式のテーブルとチェア、ランタンスタンドが手際よく設置されていく。


「焚き火台、セット完了!」


「薪割り終わりました!」


 クロウとテオが、慣れた手つきで焚き火の準備を整える。


 要塞のキッチンからは、既にいい匂いが漂い始めていた。


 野宿?


 とんでもない。


 これは、大自然の中で文明の利器を最大限に享受する、贅沢な「グランピング」だ。


「タマ、出番だ」


 晶が声をかけると、要塞の中から赤い髪の幼女が、あくびをしながら出てきた。


「なんじゃ、騒がしい。……む? もう食事か?」


「ああ。だが火がない。……仕事の時間だぞ、ストーブ係」


 晶が顎で焚き火台をしゃくると、タマは頬を膨らませて地団駄を踏んだ。


「ムキーッ! 偉大なる古代竜のブレスを、薪への着火ごときに使うでない! 妾は誇り高き……」


「働かざる者食うべからずだ。嫌なら今夜の飯は抜きだが?」


「……ぐぬぬ」


 タマは悔しそうに唸りながらも、焚き火台に近づいた。


「特別じゃぞ! 感謝して浴びるがいい!」


 フゥーッ!


 タマが軽く息を吹きかけると、薪が一瞬で真っ赤に燃え上がり、最適な火力の熾火おきびが出来上がった。


「よし、いい火力だ。褒めてやる」


「ふん! 当たり前じゃ!」


 タマはそっぽを向いたが、その尻尾は満更でもなさそうに揺れていた。


 ◇


「わーい! お水パチャパチャなのだー!」


 ポチが湖岸で水遊びをしているのを横目に、晶は夕食の準備に取り掛かっていた。


 今日のメインディッシュは、昨日仕入れたばかりの「ハイ・オークの肉」だ。


「昨日は煮込みだったからな。今日は……『焼く』ぞ」


 晶が取り出したのは、二枚の分厚い鉄板に長い柄がついた調理器具。


 ドワーフの国で、中華鍋のついでにガンドに作らせた『直火式ホットサンドメーカー』だ。


「パンに、オーク肉のロースト、チーズ、そしてたっぷりのバター」


 晶は保管していた食パンに、厚切りにしたオーク肉を挟み込んだ。


 肉にはあらかじめ、岩塩とブラックペッパー、そしてマスタードを擦り込んである。


 さらに、とろけるチーズを限界まで乗せ、もう一枚のパンで蓋をする。


「……プレスッ!!」


 ギュッ!


 鉄板で挟み込み、留め金をロックする。


 それを、タマがおこした焚き火の上に直接放り込んだ。


 ジュウウウウウ……ッ!!


 鉄板の中で、バターが溶け出し、パンが焼ける音が響く。


 肉の脂が熱され、香ばしい煙が隙間から漏れ出してくる。


「くぅぅ……! たまんねぇ匂いだ!」


 ボルスが喉を鳴らす。


 焚き火を囲む男たちの視線が、一点に集中する。


「……そろそろだな」


 晶が鉄板をひっくり返し、両面を均等に焼く。


 数分後。


 火から下ろし、留め金を外して、パカッと開く。


 バァァァン!!


 湯気と共に現れたのは、こんがりとキツネ色に焼き上がったホットサンドだ。


 表面はカリカリ。縁はプレスされて圧着しているが、中央は具材の厚みでパンパンに膨らんでいる。


「完成だ。『ハイ・オークの肉厚ホットサンド』」


 晶がナイフを入れる。


 サクッ……。


 軽快な音と共に断面が開くと、中から熱々のチーズと肉汁がとろりと溢れ出した。


「「「おおおおおッ!!」」」


 騎士団から歓声が上がる。


 ポチが水遊びを放り出して飛んできた。


「アキラ! 食べる! ボク、それ食べるーッ!!」


「熱いから気をつけろよ」


 晶が全員に配る。


 星空の下、焚き火の明かりに照らされながらの実食タイムだ。


「はふっ、はふっ……ガブリ!」


 ポチが大きな口でかぶりつく。


「……んぐっ! !?!?」


 サクサクのパン。


 その中から、爆弾のような肉汁が弾け飛ぶ。


 ハイ・オークの脂の甘み、チーズの塩気、マスタードの酸味。それらをバターを吸ったパンが受け止め、渾然一体となって脳髄を直撃する。


「んまーい!! カリカリでジューシーなのだ! 悪魔の味がするのだー!」


「こりゃあビールが進むぜぇ!」


 ボルスがラガービールを片手に豪快に笑う。


 クロウもテオも、無言で頷きながら貪り食っている。


「妾も食う! よこすのじゃ!」


 我慢できなくなったタマが、晶の手から自分の分をひったくった。


「あむっ! ……アッ、アツゥゥゥイッ!!」


 タマが涙目になって飛び上がる。


「舌が! 妾の舌が焼けるのじゃ! 貴様、謀ったな!」


「猫舌かよ、ドラゴンのくせに。……冷まして食え」


「うるさい! ……んぐ、んぐ……。……む?」


 文句を言いながらも飲み込んだタマの表情が、一変した。


「……美味い。なんじゃこの黄色いドロドロは。肉汁と絡み合って、得も言われぬコクを出しておる……!」


「気に入ったか?」


「ふん、悪くはない! この熱さも、妾の体温を維持するにはちょうどいいかもしれんのじゃ!」


 言い訳をしながらも、タマは二つ目を要求する目で晶を見つめていた。


 晶も一口食べた。


 ……美味い。


 やはり、野外で食べるキャンプ飯は格別だ。


 カロリー? 知ったことか。今はただ、この背徳的な脂と炭水化物の暴力に身を委ねればいい。


 ◇


 食後のコーヒータイム。


 満腹になったポチは、ボルスの膝の上で丸くなって寝息を立てている。


 その隣では、タマもまた、焚き火の暖かさと満腹感に抗えず、ポチの尻尾を枕にしてウトウトしていた。


 騎士団の面々も、焚き火を見つめながら静かに語らっていた。


「……いい夜ですね、社長」


 テオがマグカップを片手に呟く。


「こうして星を見ていると、自分が元々、魔導院の狭い研究室でカビの生えた本と睨めっこしていたのが嘘みたいです」


「後悔しているか?」


「まさか! 今の方が百倍楽しいですよ。……社長についてきて、本当によかった」


 テオが照れくさそうに笑う。


 ボルスも、クロウも、静かに頷いた。


 彼らはかつて、それぞれの場所で「はぐれ者」だった。


 力を持て余した戦士、闇に生きた暗殺者、落ちこぼれの魔導師。


 そんな彼らが今、一つの火を囲み、同じ釜の飯を食っている。


「……そうか」


 晶は短く答え、夜空を見上げた。


 満天の星。


 天の川が帯のように流れ、無数の星々が瞬いている。


 美しい。だが、その美しさは時として、人の孤独を浮き彫りにする。


 (……私は、どこまで行けるんだろうな)


 晶はふと、前世の自分を思い出した。


 狭いアパートで、一人カップ麺をすすりながら、物語を紡いでいた日々。


 あの頃の孤独と、今の賑やかさ。


 どちらが現実で、どちらが夢なのか、時々わからなくなる。


 だが。


「むにゃ……アキラ……お肉……おかわり……」


「……うにゅ……妾のブレス……最強……」


 ポチとタマの寝言が聞こえ、晶は我に返った。


 足元では、焚き火がパチパチと爆ぜている。


 ここには「温度」がある。仲間の体温と、信頼の熱が。


「……悪くないな」


 晶は小さく笑い、飲み干したコーヒーカップを置いた。


 孤独な作家の魂は、今も心の奥底にある。


 だが、それを支えてくれる「家族」のような存在が、今はここにいる。


「さて、寝るか。明日は早いぞ」


 晶が立ち上がると、騎士団が一斉に敬礼した。


「「「おやすみなさい、社長!」」」


 要塞の中に戻ると、ふかふかのベッドが待っている。


 外は冷えるが、車内はテオの魔法と断熱材のおかげで快適そのものだ。


 明日は、いよいよ『エルフの国』に入る。


 噂では、人間を嫌う排他的な種族だという。


 一筋縄ではいかないだろう。


「……だが、醤油と味噌のためだ。何が何でもこじ開けてやる」


 晶は決意を新たに、羽毛布団に潜り込んだ。


 夢の中で、黄金色に輝くラーメンスープの幻影を見ながら。


(続く)


第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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