第56話:逆襲されたチャーシュー達
地底都市『アイアン・ホール』を後にした一行は、漆黒の移動要塞『黒き箱船』に乗り込み、北への街道をひた走っていた。
ゴゴゴゴゴゴ……。
巨大なディーゼルエンジンと魔導モーターの複合音が、荒野に重低音を響かせる。
要塞の居住区内は、外の荒涼とした景色とは裏腹に、快適そのものだった。
「……ふぅ。快適だ」
結城 晶は、車内の執筆スペースで万年筆を走らせていた。
ドワーフの国で手に入れたステンレス技術のおかげで、調理器具の不安は解消された。今は心置きなく、次の小説のプロットを練ることができる。
振動吸収サスペンションのおかげで、インク壺の水面も揺れない。完璧だ。
「アキラ、お腹すいたのだー。おやつ食べるのだー」
リビングのソファでは、ポチがクッションに埋もれてゴロゴロしている。
キッチンでは、空調係のテオが淹れたコーヒーの香りが漂い、運転席では元重戦士ボルスがハンドルを握りながら鼻歌を歌っている。
「平和だな……」
晶がコーヒーを受け取ろうとした、その時だった。
キキィィィッ!!
急ブレーキの衝撃。
車体が大きく揺れ、晶はバランスを崩しかけた。
「な、なんだ!? 事故か!?」
「しゃ、社長! 前方! 道が……埋まってやがります!」
ボルスの緊迫した声。
晶が運転席の魔導モニターを覗き込むと、そこには絶望的な光景が映っていた。
街道を埋め尽くす、緑と茶色の波。
豚の魔獣、オークの大群だ。
その数、およそ百体。
そしてその中心には、通常のオークの倍はある巨体――全身を鋼の筋肉で覆ったハイオーク・ジェネラルが仁王立ちしていた。
「……スタンピードか。運が悪いな」
元暗殺者のクロウが、影から音もなく現れて呟く。
「あの数は厄介ですね。迂回しますか?」
通常の冒険者パーティーなら、遭遇した時点で全滅を覚悟する規模だ。
逃げるのが賢明な判断だろう。
だが、晶の反応は違った。
彼女は眼鏡の位置を直し、モニターに映る大群を、舐めるように凝視した。
「……ほう」
晶の目には、凶悪な魔獣の軍勢は映っていなかった。
彼女が見ていたのは、その皮の下にある脂身と赤身のグラデーションだ。
「見ろ、あの軍勢を。……全員が丸々と太っている」
晶がゴクリと喉を鳴らした。
「一匹あたり約100キロの可食部があるとして、100体いれば……10トン。これなら、毎日夜食にチャーシュー麺を食べても、向こう三十年は買い出しに行かなくて済むぞ」
「しゃ、社長? 目が肉食獣になってますよ!?あと、三十年後に胃もたれしてる未来しか見えないんですが…。」
テオが怯える。
晶はマイクを掴み、全車内に放送した。
「総員、戦闘配置! ……いや、『業務用仕入れ』を開始する!」
晶の号令に、黒薔薇騎士団の空気が一変した。
彼らもまた、晶の作る料理の虜。
「チャーシュー」という単語を聞いた瞬間、恐怖心は食欲へと変換されたのだ。
「ヒャッハー! 今夜は肉祭りだぜぇぇ!」
「傷をつけるなよ! 肉汁が逃げる!」
要塞のハッチが開き、武装した男たちが飛び出していく。
◇
街道の上で、オーク軍団は困惑していた。
いつもなら、人間たちは悲鳴を上げて逃げ惑うはずだ。
だが、目の前の黒い集団は、ナイフとフォークを構えているかのような殺気で突っ込んでくる。
「グルルァッ!?」
ジェネラルが号令をかけ、部下のオークたちが一斉に襲いかかる。
しかし。
「おらぁぁぁッ!!」
ボルスがタワーシールドで突進し、先頭のオーク数匹をボウリングのピンのように弾き飛ばした。
しかも、絶妙な手加減で気絶させている。
「鮮度が命だ! 殺さずに無力化しろ!」
クロウが影のように戦場を駆け抜け、オークのアキレス腱や急所を峰打ちしていく。
次々と地面に崩れ落ちるオークたち。
「仕上げだ。……『一括処理』する」
要塞の屋根に上がった晶が、特製の武器を構えた。
クラーケン討伐でも使った高電圧発生装置を改良した、広域制圧兵器『雷撃放射器』だ。
「全員、まとめて眠っていろ」
バチチチチッ……!
放たれたのは、一本の稲妻ではない。
蜘蛛の巣のように広がる、広範囲の電撃ネットだ。
バリバリバリバリッ!!!!
「ブギィィィィィィッ…………!?」
オークたちの情けない悲鳴が合唱となって響き渡る。
百体のオークと、ボスのジェネラルが、一斉に感電し、白目を剥いて痙攣した。
ズシィィィン……。
ドミノ倒しのように、軍団全員がその場に倒れ伏す。
完全なる沈黙。
戦場は一瞬にして、巨大な「屠畜場」へと変わった。
「よし、作業に移るぞ」
晶は要塞から降り、倒れた獲物の山を見下ろした。
そして、懐から「黒い小さな箱」を取り出し、地面に置いた。
盗賊たちを洗い流した、あのミスリルタンクと同じ、「空間拡張魔法」が付与された特製コンテナ、通称『無限冷蔵庫』だ。
「ボルス、投げろ。クロウ、解体。テオ、冷凍魔法」
「アイアイサー!」
ここから先は、戦闘ではない。
淡々とした「加工作業」だった。
シュパッ!
クロウが神速で血抜きと下処理を行う。
ブンッ!
ボルスが処理済みの巨大な肉塊を軽々と放り投げる。
ヒュン。
肉塊は空中で小さくなり、小さな黒い箱の中へと次々と吸い込まれていく。
ポン、ポン、ポン、ポン……。
リズムよく、餅つきのように。
百体もの巨大なモンスターが、ブラックホールのような小箱に飲み込まれていく光景は、あまりにもシュールだった。
「わーい! お肉が消えていくのだ! 手品なのだー!」
ポチが箱の横で、吸い込まれる肉の数を数えている。
「98……99……100! ジェネラル入るのだー!!」
最後に、ひときわ巨大なジェネラルが、ボルスとクロウの二人掛かりで放り込まれ、箱の蓋がパタンと閉じた。
「……ふぅ。終わったな」
晶が額の汗を拭い、満足げに小箱をポンと叩いた。
「よし。これで『極上のチャーシュー』は確保した。……夜は角煮で試食だな!」
「わーい! 肉なのだー!」
街道から忽然と消えたオークの軍勢。
その行方が、まさか「角煮」や「麺のトッピング」になるとは、目撃した旅の商人も夢にも思わないだろう。
◇
数時間後。
要塞のダイニングテーブルには、湯気を立てる大皿が並べられた。
その日の夕食は、ジェネラルのバラ肉を使った特別メニューだ。
「できたぞ。『ハイオークのビール煮』だ」
飴色に輝く巨大な肉塊。
ドワーフの国でついでに作ったステンレス製圧力鍋の中に、「ラガービール」と共にブチ込まれたオーク肉。
トロトロになるまで煮込まれ、箸で切れるほどの柔らかさになっている。
「い、いただきますッ!」
全員が手を合わせ、肉にかぶりつく。
その中でも、ひときわ幸せそうな声を上げたのは、やはりポチだった。
「はむっ……んぐ、んぐ……」
ポチは自分の顔ほどもある巨大な角煮にかぶりついた。
箸など使わない。両手で持って、ワイルドにガブリといく。
その瞬間、彼女のルビー色の瞳が、これ以上ないほど輝いた。
「……んん~~~~ッ!!♡」
ポチが頬を両手で押さえ、身体をくねらせて悶絶する。
背中の銀色の尻尾が、ボッ!と膨らみ、千切れんばかりの勢いでブンブンと振られた。
「とろけるぅ〜! お肉が飲み物みたいになくなっちゃうのだ! 脂が甘くて、ジュワ~ッてスープがいっぱい出てくるのだ!」
ポチは口の周りをタレでベタベタにしながら、至福の表情を浮かべている。
一噛みするたびに、ホロホロと崩れる繊維と、濃厚な脂の甘みが口いっぱいに広がる。
彼女にとって、これ以上の幸せはこの世に存在しないだろう。
「アキラ、アキラ! これ最高なのだ! ほっぺたが落ちて、どっかいっちゃうのだー!」
「こら、行儀が悪いぞ。……まあ、気に入ったなら何よりだ」
晶が苦笑しながら、ポチの口元をナプキンで拭ってやる。
「こりゃすげぇ……。ビールで煮込んだせいか、肉が信じられねぇほど柔らかくなってやがる!」
ボルスも食べる手が止まらない。
テオに至っては、感動のあまり泣きながら食べている。
晶も一口食べた。
濃厚な脂の甘みと、煮詰められたビールの芳醇なコク、そして岩塩のキレ。ほのかに香る香草が、野生の臭みを完全に消している。
これだ。この脂なら、最高のチャーシューができる。
(……肉は確保した)
晶は満足げに頷いた。
寸胴鍋もある。肉もある。
あとは、スープのベースとなる醤油・味噌と「野菜」だ。
「次は北の樹海、『エルフの国』だ」
晶は地図を広げた。
そこには、人間を拒絶する深い森が広がっている。
だが、今の晶には怖いものなどない。ラーメンという最強の動機がある限り。
「待ってろよ、醤油。……必ず搾り取ってやる」
黒き箱船は再びエンジンを唸らせ、北へと進路を取った。
その荷台に、一生かかっても食べきれないほどの肉を積み込んで。
(続く)
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




