第55話:プロフェッショナルの世界
地底都市『アイアン・ホール』の最深部、第一王子ガンドの工房。
そこには今、異様な緊張感が漂っていた。
「……ダメだ。太さが揃わん」
晶が、打ち粉にまみれた手で麺生地を投げ出した。
作業台の上には、包丁で切り出された麺が散らばっている。
だが、その出来栄えは悲惨だった。あるものはきしめんのように太く、あるものは糸のように細い。
「ラーメンの命は『喉越し』と『スープの絡み』だ。麺の太さがバラバラでは、茹で加減にムラができるし、食感も最悪になる」
晶は眉間に深いシワを刻んだ。
科学知識はあっても、手打ち麺の熟練技術までは持ち合わせていない。
頭ではわかっていても、体がついてこないのだ。
「師匠……。俺たちが代わりに切りましょうか?」
見かねたガンドが申し出るが、晶は首を横に振った。
「いや、手作業に頼っているうちはスケールしない。この味を万人の腹を満たす『食文化』にするためには、職人の体力に依存するわけにはいかないんだ。……やはり、『機械化』しかない」
晶は懐から、最後の一枚となる設計図を取り出した。
そこに描かれていたのは、今まで作ったどの道具よりも複雑で、精緻な機械の図面だった。
「これが……麺を作る機械?」
ガンドが食い入るように見つめる。
二つのローラーが並び、その下には櫛のような刃が噛み合っている。
無数の歯車が連動し、ハンドル一つで全ての機構が動くように設計されている。
「製麺機だ」
晶が解説する。
「原理はこうだ。まず、練った小麦粉の塊を、二つのローラーの間に通して『圧延』する。これで均一な厚さの帯にするんだ」
晶は図面上のローラー部分を指差した。
「次に、その帯を『切刃』に通す。回転する二つのカッターが噛み合い、生地を正確な幅で切り出す。……わかるかガンド? この機械の肝は、コンマ一ミリの狂いも許されない『精度』だ」
ローラーの平行度、カッターの噛み合わせ。
少しでもズレれば、麺は切れるどころかグチャグチャに千切れてしまう。
魔法や怪力ではどうにもならない、純粋な機械工学の領域だ。
「……ゾクゾクするぜ」
ガンドが眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせた。
難しければ難しいほど燃える。それが技術オタクの性だ。
「やってやりますよ師匠! 俺の旋盤技術と、師匠のステンレスがあれば、作れないものなんてねぇ!」
◇
製作が始まった。
それは、ドワーフの国が到達した技術の集大成とも言える作業だった。
キュイィィィン……!
ガンドが自作した足踏み式旋盤が唸りを上げる。
回転するステンレスの丸棒に、ダイヤモンドチップの刃を当て、ミクロン単位で削り出していく。
「ローラーの表面研磨、完了! 誤差0.01ミリ以内!」
「歯車の噛み合わせ調整! ……よし、ガタつきゼロだ!」
ガンドの指先は、まるで機械の一部になったかのように正確に動く。
晶も負けじと、切刃の設計を行う。
太麺用、細麺用、ちぢれ麺用。それぞれの溝の角度を計算し、指示を出す。
見守る黒薔薇騎士団の面々も、固唾を呑んでいた。
「すげぇ……。鉄の塊が、時計みてぇに精密な部品になっていく……」
「あの二人、会話してねぇぞ。図面だけで意思疎通してやがる」
ボルスとクロウが呆れるほどの集中力。
数時間後。
全ての部品が組み上がり、一台の美しい機械が完成した。
オール・ステンレス製のボディ。
鏡のように磨かれたローラー。
鋭く光るカッター。
無駄な装飾を一切排した、機能美の極致。
「……できた」
ガンドが、油と鉄粉にまみれた手で、我が子を見るように機械を撫でた。
「回してみるぞ」
晶が、練り上げた小麦粉の生地を持ってきた。
まだボソボソとした、ただの粉の塊だ。
「ガンド、ハンドルを回せ」
「はいっ!」
ガンドがハンドルを回し始める。
カシャ、カシャ、カシャ……。
小気味良い金属音が響き、ローラーが回転する。
晶が生地を投入した。
グググッ……。
生地がローラーに飲み込まれ、圧縮されていく。
反対側から出てきたのは、滑らかで均一な厚みを持った「麺帯」だ。
「おおっ! ボソボソだった生地が、綺麗な布みたいになった!」
ポチが目を輝かせる。
晶は出てきた麺帯を二つ折りにし、再びローラーに通した。
『複合圧延』。
生地を重ねて圧力をかけることで、グルテンの網目構造を強化し、強いコシを生み出す工程だ。
「ここからが本番だ。……切れろッ!」
十分に鍛え上げられた麺帯を、今度はカッターのレーンへと誘導する。
ガンドが回転速度を上げる。
シャラララララララ……!!
軽快な切断音が響いた。
次の瞬間、機械の出口から、まるで黄金の滝のように、無数の細い線が流れ落ちてきた。
「!!」
全員が息を呑んだ。
一本一本が完全に同じ太さ。
角が立ち、凛とした張りを持つ、美しい「麺」の束。
「す、すげぇ……! 一瞬で……!」
「魔法じゃない……。これが、機械の力……!」
ガンドが震える手で、流れ落ちてくる麺を受け止めた。
その感触。指の間を滑り落ちる、絹のような滑らかさ。
「成功だ……! 師匠、成功しましたよぉぉッ!」
ガンドが男泣きする。
晶もまた、込み上げてくるものを噛み締めていた。
これで、やっとスタートラインに立てた。
「泣くのはまだ早い。……食うぞ」
◇
数十分後。
工房には、湯気が立ち込めていた。
出来たての麺を、大鍋で茹で上げ、冷水で締める。
まだスープも醤油もないため、シンプルに「岩塩」と「香味油」を絡めただけの「塩油そば」にして振る舞うことにした。
「……これが、『メン』ですか?」
ガンドがおそるおそる箸を持つ。
ドワーフの食文化はパンや芋が中心だ。細長いものを啜るという経験がない。
「音を立てて啜れ。それが一番美味い食べ方だ」
晶が見本を見せる。
ズズズッ!!
豪快な音が響く。
ガンドも真似をして、麺を口に運んだ。
ズズッ……。
「……ッ!!」
ガンドの目がカッと見開かれた。
「な、なんだこの食感はぁぁッ!?」
チュルンとした口当たり。
噛みしめると、押し返してくるような弾力。
そして、喉を通り過ぎる時の、得も言われぬ快感。
「パンとは違う! 粥とも違う! 口の中で暴れ回るような、生きているような食感だ!」
「美味い! 噛むほどに小麦の甘みと、塩の旨味が広がるぞ!」
ボルスたちも夢中で啜っている。
シンプルな塩味だからこそ、麺そのもののポテンシャルが際立っていた。
「これが……製麺機で作った麺……!」
ガンドが、空になった丼を見つめて震えた。
「均一だからこそ、全ての麺が同じタイミングで茹で上がり、最高の食感を生み出している……。師匠の言っていた『工業製品の誠意』ってのは、こういうことだったんですね……!」
「わかってくれたなら何よりだ」
晶も満足げに麺を啜った。
完璧だ。この麺なら、どんなスープも受け止められる。
「師匠……。俺、決めました」
ガンドが真剣な眼差しで晶を見つめた。
「俺は、この国を『世界一の工場の街』にします。師匠がくれた技術で、世界中の人を驚かせるような道具を作りまくってやります!」
かつての「伝統に縛られた王子」の顔は、もうどこにもない。
そこには、未来を見据える一人の「技術者」の顔があった。
「ああ。期待しているよ、ガンド」
晶は微笑み、ガンドと固い握手を交わした。
こうして、ドワーフの国での目的は全て達せられた。
寸胴鍋。
中華鍋。
丼。
そして、製麺機。
ラーメン作りの土台は完璧に整った。
あとは、中身――すなわち「食材」だ。
「行くぞ。次は『エルフの国』だ」
晶は立ち上がり、北の方角を指差した。
そこには、深い森と、排他的なエルフたちが守る「醤油と味噌の原料」が待っている。
「ポチ、出発だ!」
「わふーっ! 次は野菜なのだー!」
黒い装甲車がエンジンを始動させる。
ドワーフたちの熱い歓声に見送られながら、アキラ一行は次なる目的地へと旅立っていった。
その背中を、ガンドはずっと見つめていた。
「いつか、貴女に追いついてみせる」と、恋心と対抗心を胸に秘めて。
(続く)
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




