第53話:筋肉で語る漢たち
地底都市に夜が訪れた。
もっとも、天井が岩盤で覆われたこの国に太陽は昇らない。
工房の炉の火が落とされ、代わりに街中の酒場に明かりが灯る時刻――それが彼らの「夜」である。
その夜、街一番の大衆酒場『鉄の金床亭』は、異様な熱気に包まれていた。
「……気に食わねぇな」
ドンッ! と木製のマグカップがテーブルに叩きつけられる。
声の主は、丸太のような腕を持つドワーフの若頭、テツガンだ。
彼は琥珀色のエールをあおりながら、店の奥を睨みつけた。
「あいつらだよ。黒い服を着た、アステルから来た連中さ」
彼の視線の先には、テーブルを囲む晶たち一行の姿があった。
第一王子ガンドも同席し、和やかに食事をしている。
「ギルド長や長老様は認めたかもしれねぇが、俺は認めねぇ。……特に、あのデカブツだ」
テツガンが指差したのは、元重戦士の巨漢、ボルスだ。
ボルスは今、ジョッキを片手に、ポチと楽しそうに串焼き肉を分け合っている。
「『水圧プレス機』だか知らねぇが、機械の力で楽して鉄を曲げやがって。……あんなの、己の筋肉への冒涜だろ?」
ドワーフにとって、鍛冶とは筋肉と魂のぶつかり合いだ。
それをレバー一本で済ませるボルスの姿は、彼らの目には「軟弱者の手抜き」に映っていたのだ。
「おい、人間!」
テツガンが立ち上がり、ドカドカとボルスのテーブルへ歩み寄った。
店内の空気が凍りつく。
「あぁ? なんだ、俺か?」
ボルスが骨付き肉を齧りながら顔を上げる。
座っていてもわかるその巨躯は、ドワーフの倍近い高さがある。
「デカい図体して、機械任せの仕事ばかりしやがって。……その筋肉は飾りか?」
テツガンがボルスの胸板を指で突く。
挑発だ。
ガンドが慌てて止めようとするが、晶が手で制した。
「……面白い。飾りかどうか、試してみるか?」
ボルスがニカっと笑い、ゆっくりと立ち上がった。
その瞬間、彼の全身から放たれる威圧感が、酒場の空気をビリビリと震わせた。
元Aランク冒険者にして、数多の修羅場を潜り抜けてきた重戦士の覇気だ。
「上等だ! ……ドワーフ流の挨拶で決着をつけてやる!」
テツガンが近くの樽をひっくり返し、即席の台を作った。
「腕相撲だ! 手首が折れても泣くんじゃねぇぞ!」
◇
「レディー・ゴー!!」
ガンドの掛け声と共に、両者の腕が激突した。
ドォンッ!!
肉と肉がぶつかり合う鈍い音が響く。
樽がミシミシと悲鳴を上げ、二人の腕の筋肉が、まるで鋼鉄のワイヤーのように隆起した。
「ぬうぅぅぅッ!!」
テツガンが顔を真っ赤にして力を込める。
ドワーフの筋力は、人間とは密度が違う。身長は低くとも、その腕力は岩をも砕くと言われている。
だが。
「……いい筋肉だ。毎日ハンマーを振り続けてきた、職人の腕だな」
ボルスは涼しい顔で、テツガンの全力プレスを受け止めていた。
ビクともしない。岩のように動かない。
「な、なんだコイツ……!? 押しても引いても、びくともしねぇぞ!?」
テツガンが焦る。
ボルスは不敵に微笑み、二の腕の筋肉をピクりと躍動させた。
「だが、甘いな。……お前の力は『点』だ。俺の力は、足の裏から背中を通し、指先へと抜ける『線』だ」
ボルスが軽く息を吸う。
「見せてやる。……これが、魔王城で鍛え上げた、『労働者の筋肉』だッ!!」
ボルスが右足を踏み込んだ。
床板がバキリと割れる。
その力が腰へ、背中へ、そして右腕へと奔流のように伝達される。
「フンッ!!」
ダンッ!!!!
一瞬だった。
テツガンの腕が、抵抗する間もなくテーブルに叩きつけられた。
あまりの衝撃に、樽が砕け散り、二人の腕が宙を舞う。
「……っ!?」
勝負あり。
静まり返る店内。
テツガンは、痺れた自分の腕を見つめ、呆然と呟いた。
「負けた……。ドワーフ一の力自慢の俺が、人間ごときに……」
「強いな、あんた」
ボルスが手を差し出した。
その顔には、勝利の驕りではなく、清々しい笑みがあった。
「最後の粘り、見事だったぜ。……機械を使うのは楽をするためじゃねぇ。もっとすげぇモノを作るために、余力を残すためさ。俺たちの筋肉は、その『機械』を動かすためのエンジンなんだよ」
ボルスは自分の上腕二頭筋をパンと叩いた。
「この筋肉も、プレス機も、目的は同じだ。……いい道具を作る。それだけだろ?」
テツガンが顔を上げた。
目の前の巨漢からは、自分たちと同じ、モノづくりへの熱い魂が感じられた。
「……ちっ。口の減らねぇ野郎だ」
テツガンは苦笑し、ボルスの手を握り返した。
その瞬間、店中からドッと歓声が上がった。
「すげぇぞ人間! テツガンの旦那を負かしやがった!」
「いい勝負だった! 見直したぞ」
ドワーフたちは単純だ。
強い奴は仲間。いい筋肉をしている奴はもっと仲間だ。
「さて、汗をかいたら喉が渇くよな」
そのタイミングを見計らっていたかのように、カウンターの奥から晶が現れた。
手には、冷気を漂わせる巨大な金属製の樽。
以前、アステルで作った『ラガービール』の残りだ。
「主人の許可は取った。……今日は私の奢りだ。全員、ジョッキを持て!」
晶が樽のコックをひねる。
黄金色の液体が、白泡を立てて次々とジョッキに注がれていく。
「なんだこの酒は!? すげぇ冷えてるぞ!」
「色が……透き通った金色だ!」
ドワーフたちが目を丸くする。
彼らが普段飲んでいるのは、常温で濁ったエールだ。
キンキンに冷えた、クリアなラガービールなど見たこともない。
「乾杯だ! 我々の新しい友情と、これからの技術革新に!」
晶が音頭を取る。
ガンドが、ボルスが、そしてテツガンが、ジョッキを掲げる。
「「「乾杯!!」」」
カチンッ! と豪快な音が響き、男たちが一斉に喉を鳴らした。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……!!
「な……ッ!?」
テツガンが目を見開いた。
「なんだこの『キレ』は!? 喉を突き抜けるような炭酸と、強烈な苦味……! なのに後味はスッキリしてやがる!」
「うめぇぇぇ! 汗かいた体に染み渡るぜぇぇ!」
ドワーフたちが絶叫する。
熱い炉の前で働き、大量の汗を流す彼らにとって、この「冷たくて苦い酒」は、まさに魂の求めていた味だったのだ。
「これが『ラガー』だ。……どうだ、気に入ったか?」
晶がニヤリと笑うと、テツガンが空になったジョッキを突き出した。
「気に入ったなんてもんじゃねぇ! これこそがドワーフの酒だ! ……おかわり!」
「俺もだ! 樽ごとくれ!」
宴が始まった。
ボルスはドワーフたちに囲まれ、「どうやったらそんな大胸筋になるんだ?」と質問攻めにされている。
ガンドは若手の職人たちに、プレス機の構造を熱っぽく語っている。
ポチは「ボクも飲みたいのだー!」と騒いで、晶にリンゴジュースを飲まされている。
種族も、国境も、新旧の技術の壁も。
全てがアルコールと筋肉によって溶け合い、一つになっていく。
(……やはり、酒と筋肉は世界共通言語だな)
晶は喧騒を眺めながら、静かにグラスを傾けた。
これで、ドワーフの国での足場は盤石になった。
調理器具の生産体制は整い、人的なコネクションも確保した。
「よし、土台は出来た」
晶は残ったビールを飲み干した。
目指すは、この世界における食の革命である。
(続く)
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




