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第52話:頑固ジジイを黙らせろ!

 アイアン・ホールに、新たな革命の風が吹いていた。


 錆びない奇跡の金属、ステンレスの誕生である。


 しかし、その輝きは同時に、ドワーフの職人たちに新たな絶望をもたらしていた。


「……硬ってぇッ!!」


 工房の片隅で、若き鍛冶師が悲鳴を上げてハンマーを投げ出した。


 金床の上には、銀色の板が置かれている。何度叩いても、僅かに凹むだけで、思うような形になってくれない。


「なんだこの金属は! 鉄の倍は叩かないと伸びねぇぞ!」


「粘り気が強すぎる! 熱しても冷めにくいし、加工するだけで日が暮れちまう!」


 職人たちが口々に不満を漏らす。


 ステンレスは、鉄にクロムとニッケルを混ぜた合金だ。その特性上、非常に硬く、粘り強い


 錆びないというメリットの代償として、手作業での加工難易度は最悪レベルだったのだ。


「ふん。やはりな」


 嘲るような声が響いた。


 現れたのは、ギルド長・テツゲンとは別の派閥を率いる長老、ガンセキだ。


 彼は古臭い槌を杖代わりに突き、冷ややかな目で晶とガンドを睨みつけた。


「見た目は綺麗だが、人の手で扱えん金属など、ただの『呪いの石』よ。……所詮は魔術師の道楽だ」


「道楽だと? これは国の未来を救う素材だぞ!」


 第一王子ガンドが食って掛かるが、ガンセキは鼻で笑った。


「ならば証明してみせろ。……ラーメンとやらに必要な『どんぶり』を、明日の朝までに100個揃えてみせよ」


「ひゃ、100個!? たった一晩でか!?」


 ガンドが絶句する。


 この硬いステンレスを手作業で叩いて成形するには、熟練工でも一日数個が限界だ。100個など、全職人を総動員しても間に合わない。


「できぬなら、そのチャラチャラした金属の使用は禁止する。我々は伝統的な鉄と、魂を込めた手打ちに戻るのだ」


 ガンセキが宣言すると、保守派の職人たちが「そうだそうだ!」と声を上げる。


 新しい技術への畏れと、自分たちの腕が通用しないことへの苛立ち。それが「拒絶」という形で噴出していた。


「……魂、ねぇ」


 それまで黙って聞いていた晶が、一歩前に出た。


 白衣のポケットに手を突っ込み、アイスブルーの瞳を細める。


「いいでしょう。受けて立ちます」


「師匠!? 無茶ですよ! 手打ちじゃ絶対に無理です!」


「誰が手で打つと言った?」


 晶はニヤリと笑い、ガンドの肩を叩いた。


「ガンド、お前の出番だ。……『機械』の力を見せてやれ」



 その日の深夜。


 ガンドの個人工房は、戦場のような喧騒に包まれていた。


「寸法合わせ! クリアランスは0.1ミリだ! ズレたら噛み込むぞ!」


「油圧シリンダー、接続よし! パッキン漏れなし!」


 ガンドが油まみれになってスパナを振るう。


 晶が設計し、ガンドが組み立てたのは、高さ三メートルにも及ぶ巨大な鉄の枠組みだった。


 中央には、上下に動く太いピストン。その先には、丼の形をした鋼鉄製の金型のオス型とメス型が取り付けられている。


「なんだ、この大掛かりな装置は……? 拷問器具か?」


 見物に集まった職人たちが遠巻きに囁き合う。


「これは水圧プレス機だ」


 晶が機械の前に立ち、解説する。


「原理は簡単だ。……『パスカルの原理』」


 晶は黒板に図を描いた。


 細い管と太い管を繋ぎ、中を油や水などの液体で満たす。


 細い管の方に小さな力を加えると、太い管の方には面積比に応じた「巨大な力」が発生する。


「小さな力で、岩をも砕く圧力を生み出す。……魔法ではない。物理法則だ」


 晶は機械の動力部――手動ポンプのレバーを指差した。


「だが、この硬いステンレスを一瞬で曲げるには、相応のパワーが必要だ。……ボルス!」


「オウッ!!」


 呼ばれて飛び出してきたのは、黒薔薇騎士団の巨漢、ボルスだ。


 彼は上半身の制服を脱ぎ捨て、鋼のような筋肉を誇示しながらポンプの前に立った。


「俺の筋肉が、この機械の要になるってわけだな!」


「頼んだぞ。……生産開始だ!」


 晶がステンレスの板を金型にセットする。


「いっくぞぉぉぉッ!! ヌンッ!!」


 ボルスが太い腕で、ポンプのレバーを力任せに押し込んだ。


 ブシュゥッ!!


 油圧回路の中を、高圧のオイルが駆け巡る。


 ズズズズズ……ッ!!


 巨大なプレス機のヘッドが、唸りを上げて降下を開始した。


 数トンの圧力が、ステンレスの板に一点集中する。


 ガシャンッ!!!!


 鼓膜を揺らす金属音。


 地面が揺れ、工房の埃が舞い上がる。


「……上げろ!」


 晶の合図で、ボルスがレバーを戻す。


 ヘッドが上がると、そこには――。


 カラン……。


 金型から滑り落ちたのは、継ぎ目一つない、完璧な曲面を持つ「銀色の丼」だった。


 歪みも、叩き跡もない。


 鏡のように磨かれた表面に、松明の炎が美しく映り込んでいる。


「な……ッ!?」


 ガンセキが目を見開いた。


 一撃。たった一撃だ。


 熟練の職人が数時間かけて叩き出す形を、この機械は瞬きする間に作り出したのだ。


「次だ!どんどん行くぞ!」


 晶は休むことなく、次々と板をセットしていく。


「オラオラオラァッ!!」


 ボルスがリズムよくポンプを操作する。


 ガシャン! カラン。


 ガシャン! カラン。


 それは工業的なリズムだった。


 一つ、また一つと、全く同じ形、同じ重さ、同じ輝きの丼が積み上がっていく。


 50個、80個、100個……。


 夜明け前。


 そこには、銀色の塔と見紛うばかりの、丼の山が築かれていた。


「……100個だ。検品してみろ」


 晶は完成した丼の一つを、ガンセキに放り投げた。


 ガンセキは慌てて受け取り、その出来栄えを確認する。


 厚みは均一。縁の処理も滑らか。


 そして何より、山積みになった100個全てが、瓜二つだ。


「……魂がない」


 ガンセキが震える声で絞り出した。


「こんな……判で押したように同じ物など……手仕事の温かみがないではないか!」


「温かみ? そんなものはスープが冷めないように『二重構造』にすればいいだけのこと」


 晶は冷徹に切り捨てた。


「勘違いするな。私が目指しているのは、一部の特権階級のための料理じゃない。『万人が等しく味わえる至高の大衆食』だ」


 晶は丼をガンセキの目の前に突きつける。


「想像してみろ。千人の人間に食事を振る舞う時、器の大きさがバラバラだったらどうなる?」


「そ、それは……」


「ある者は満腹になり、ある者は物足りない。……それは不公平だ」


 言葉を失うガンセキに、晶は淡々とトドメを刺す。


「『均一性』。それこそが、量産品における最大の『品質』であり、誠意だ。……おまえたちが言う『魂』とは、形の歪さを誤魔化す言い訳に過ぎない」


 グウの音も出ない正論。


 ガンセキは、手の中にある完璧な工業製品を見つめ、ガクリと膝をついた。


「負けた……。我々の技術は、過去のものか……」


 沈黙する工房。


 だが、その空気を破ったのは、他ならぬガンドだった。


「違いますよ、長老」


 ガンドが、油で汚れた顔を拭いながら歩み寄る。


「この金型を見てください。……これを作ったのは、俺じゃない。親父……ギルド長たちだ」


 プレス機の心臓部である金型。


 それは、超硬度の鋼を、職人の手技でミクロン単位まで削り出した芸術品だった。


「機械は凄いです。でも、その『元』を作るのは、やっぱり職人の腕なんです。……俺たちの新しい技術と、爺さんたちの経験。どっちが欠けても、この丼は作れなかった」


 ガンドがガンセキに手を差し伸べる。


「一緒にやりましょうよ。この国を、世界一の『モノづくりの国』にするために」


 ガンセキは、目の前の若者の顔を見た。


 かつて自分が持っていた、鉄への情熱。それが今、新しい形で燃え上がっているのを見た。


「……ふん。生意気な小僧め」


 ガンセキは、そのゴツゴツした手で、ガンドの手を握り返した。


「金型の仕上げが甘いぞ。ワシが削り直してやる。……貸せ」


 わっと歓声が上がった。


 新旧の技術が融合し、ドワーフの国は真の意味で一つになったのだ。


(……やれやれ。これで器も確保できたな)


 晶は安堵の息をついた。


 寸胴鍋、中華鍋、そして丼。


(これで、調理器具は揃った……か?)

第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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