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第51話:伝説の金属? いいえ、ステンレスです

 地底都市『アイアン・ホール』の中央溶鉱炉。


 結城 晶(ゆうき あきら)の放った『純酸素燃焼』によって蘇った炉の火は、今やかつての何倍もの熱量を放ち、工房内を灼熱の空間に変えていた。


「へっへっへ……! たまんねぇぜ、この熱気!」


「鉄がバターみたいに溶けやがる! これならアダマンタイトだって一捻りだ!」


 上半身裸になり、汗みずくになってハンマーを振るうドワーフたちの顔には、疲労ではなく歓喜の色が浮かんでいる。


 彼らは「火」を取り戻したのだ。


「師匠! 次は何を溶かすんですか!?」


 第一王子ガンドが、キラキラした目で晶に駆け寄る。


 彼の作業着は既に真っ黒だが、その表情は今まで見たどの王族よりも生き生きとしている。


「次は『素材』だ。……ただの鉄ではダメなんだ」


 晶は真剣な表情で、設計図を広げた。


 そこに描かれているのは、何の変哲もない寸胴鍋。


 だが、その用途は過酷を極める。


「いいか。私が作りたい『ラーメン』のスープは、豚骨や鶏ガラの脂、そして醤油や味噌の塩分、さらには酢酸などの酸が含まれる。これを何時間も煮込み続けるんだ」


 晶は視線を鋭くした。


「普通の鉄鍋では、塩分と酸ですぐに錆びる。銅鍋では変色し、アルミでは強度が足りない。……私が求めているのは、酸にも塩にも屈せず、半永久的に輝き続ける『不滅の金属』だ」


「不滅の……金属……?」


 ガンドがゴクリと喉を鳴らす。


 そんな夢のような素材が、この世に存在するのか。


 ミスリル? オリハルコン? いや、それらは希少すぎて鍋にするにはコストが合わない。


「作るぞ。……『ステンレス』を」


 晶は黒薔薇騎士団のボルスに合図を送った。


 ボルスが軽々と運んできた木箱の中には、銀白色に輝く二種類の鉱石が入っていた。


「こいつは……?」


「『苦土の石(クロム・オレ)』と『悪魔の銅(ニッケル・オレ)』だ」


 ドワーフたちがざわめく。


 それらは、鉱山で時折見つかるものの、「硬すぎて加工できない」「脆くて使い物にならない」と捨てられていたクズ鉱石だったからだ。


「こいつらを、鉄に混ぜるんですか? せっかくの純鉄が台無しになっちまいますぜ!」


 ギルド長のテツゲンが顔をしかめる。


 不純物を取り除いたばかりの鉄に、また不純物を混ぜるなど、職人の常識ではあり得ない。


「台無しにするんじゃない。『進化』させるんだ」


 晶は断言した。


「鉄にクロムを18%、ニッケルを8%混ぜ合わせる。……通称『18-8ステンレス』。クロムが空気中の酸素と結びつき、表面に目に見えない緻密な保護膜・不動態皮膜を形成する。これが、あらゆる腐食を弾き返す盾となる」


 理論は完璧だ。


 問題は、融点の違う三つの金属を、完全に均一に混ぜ合わせることができるか。


「温度管理が命だ。……ガンド、炉の温度を1,600度に固定しろ」


「はいっ!!」


 ガンドが酸素バルブを調整する。


 青白い炎が唸りを上げ、坩堝(るつぼ)の中の鉄が白熱する。


 そこに、粉砕したクロムとニッケルを投入する。


 ジュワアァァァァッ!!


 坩堝の中で、異なる金属たちが激しく渦を巻く。


 重いニッケルが沈み、軽いクロムが浮こうとするのを、晶は魔力による『電磁撹拌エレクトロ・マグネティック・スターリング』で強制的に混ぜ合わせる。


「……テオ、不活性ガス注入!」


「了解! 風の盾(エア・シールド)、窒素モード!」


 テオが風魔法で炉内の空気を遮断し、酸化を防ぐ。


 極限の熱と、精密な制御。


 科学と魔法、そしてドワーフの火の技術が一体となった瞬間。


「……今だ! 注湯(ちゅうとう)ッ!!」


 晶の号令と共に、坩堝が傾けられた。


 ドロリ……。


 流れ出したのは、太陽の欠片のように眩い、白金色の液体金属。


 それが鋳型に流し込まれ、冷却されていく。


 ジュウウウウウ……。


 水蒸気が晴れた後。


 そこには、一枚の金属板が横たわっていた。


「……なんだ、これは」


 ギルド長が震える手で、その板に触れた。


 まだ熱を帯びているが、火傷するほどではない。


 その表面は、鏡のように滑らかで、曇り一つない銀色の輝きを放っていた。


 鉄の無骨さとも、銀の華奢さとも違う。


 冷たく、硬質で、それでいてどこか清潔感のある、未来的な輝き。


「試しに、こいつをかけてみろ」


 晶が渡したのは、劇薬『濃硝酸』の小瓶だ。


 テツゲンがおそるおそる、比較用の普通の鉄板に垂らす。


 ジュッ、ブシュゥゥゥッ!


 瞬間、猛烈な沸騰音と共に、赤褐色の煙が噴き上がった。


 鉄は瞬く間にドロドロに腐食されていく。吸い込めば肺が焼ける死の煙だ。


「ひっ、こいつはとんでもねぇ毒液だぞ!?」


「ああ。だが……こっち(・・・)ならどうだ?」


 晶は顎で、銀色の板――ステンレスを指し示した。


 鉄玄がゴクリと喉を鳴らし、その毒液を垂らす。


 ポタリ。


 ……シーン。


「……は?」


 煙も出ない。泡も立たない。


 液体は表面張力で丸くなり、クリスタルの玉のように転がっただけだ。


 布で拭き取ってみても、そこには一点の曇りも、腐食の跡も残っていない。


「な、なんだコリャアァァッ!?」


 テツゲンが絶叫した。


「鉄を煙に変える酸を、弾き返しただと!? ミスリルでも多少は曇るぞ!?」


「錆びねぇ……! 鉄なのに、酸に負けねぇぞ!」


 ドワーフたちが騒然となる。


 彼らの生涯における最大の敵、「(サビ)」と「腐食」。


 それを完全に克服した金属の誕生に、工房中が揺れた。


「これが『ステンレス』です」


 晶は金属板を叩き、澄んだ高音を響かせた。


「錆びず、汚れが落ちやすく、味を変えない。……これこそが、最強の調理器具素材です」


「すげぇ……。すげぇよ師匠……!」


 ガンドが金属板に頬ずりをして泣いている。


「美しい……。なんて美しい銀色なんだ……。これなら、千年経っても変わらない道具が作れる……!」


「千年残る鍋か。……悪くない」


 ギルド長もまた、満足げに髭をさすった。


 頑固な職人の目に、新たな野望の火が灯る。


「よし! この『ステンレス』とやらで、まずは試作品だ! おいボルス、手伝え!」


「おうよ! 叩き甲斐がありそうな鉄だぜ!」


 テツゲンとボルスが並び立ち、真っ赤に熱せられたステンレスの塊を挟む。


 カァァァァァンッ!!!!


 二人のハンマーが振り下ろされるたびに、硬質な火花が散り、美しい銀色の板が延びていく。


 ドワーフの熟練技と、ボルスの怪力。


 そのコラボレーションによって、一枚の金属板は、徐々に美しい曲面を持つ「巨大な寸胴鍋」へと姿を変えていった。


「……できた」


 数時間後。


 工房の中央に、高さ一メートルを超える、ピカピカに磨き上げられた寸胴鍋が完成した。


 継ぎ目のない一体成型。


 鏡面仕上げされた表面には、ドワーフたちの誇らしげな顔が映り込んでいる。


「完璧だ」


 晶は鍋の縁を指でなぞり、頷いた。


 これなら、どんな濃厚な豚骨スープを煮込んでも、ビクともしないだろう。


「ありがとう、テツゲン殿。最高の仕事だ」


「ふん。礼を言うのはこっちだ」


 鉄玄はぶっきらぼうに言ったが、その口元は緩んでいた。


「この金属……鍋だけじゃもったいないな。医療器具、建築資材、いや、風呂釜にも使えるぞ」


「風呂釜……! それはいい!」


 ドワーフたちが未来の可能性を語り合い、盛り上がる。


 この日、『アイアン・ホール』は単なる「鉄の街」から、世界最先端の「新素材(ステンレス)の都」へと進化を遂げたのだ。


(……さて。素材は手に入った)


 晶は熱狂する工房の隅で、次なる設計図を取り出した。


「だが、鍋だけじゃラーメン屋は開けない。……次は『量産』の技術だ」


 手作業では限界がある。


 数千個の丼やレンゲを均一に作るには、職人の技を超える「機械」の力が必要だ。


「ガンド、出番だぞ。お前の得意分野だ」


「はいっ! 師匠!」


 王子ガンドが工具箱を持って駆け寄ってくる。


 次なる革命――『プレス加工』への挑戦が始まろうとしていた。


(続く)


第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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