第5話:スライム? いいえ、オモチャです
「ひーまーなーのーだー……」
『よろずや 結城』のカウンターで、銀色の毛玉が液体のように溶けていた。
看板娘のポチだ。
連日の猛暑に加え、客足が遠のく昼下がり。店内の空気は水飴のように重く淀んでいる。
「お客さん、来ないのだ。ボク、退屈で干からびて、ジャーキーになっちゃうのだ……」
「そう言うな。平和でいいじゃないか」
店主の結城 晶は、読みかけの魔導書をめくりながら答える。
白衣の裾をパタパタさせても、入ってくるのは生ぬるい風だけだ。
「あーあ。なんかこう、血湧き肉躍るような刺激的なイベントねえかなぁ」
テーブル席では、リナも愛剣を磨く手を止めて大きなあくびをした。
平和ボケした店内に、気だるげな空気が漂う。
思考すら停止しそうな、緩慢な時間。
晶はパタンと本を閉じ、アイスブルーの瞳を細めた。
「……仕方ない。暇つぶしに『生命の創造』でもするか」
晶が白衣を翻して立ち上がる。
その不穏なワードに、優雅に紅茶を飲んでいたフローラが反応した。
「生命の創造……!? アキラ様、まさか禁忌とされる『人造人間』の錬成を……?」
「いや、もっと単純な構造体だ。……ポチ、遊ぶものが欲しいんだろ?」
晶は店の棚から、いくつかの材料を持ってきた。
一つは、鮮やかな青い染料の入った小瓶。
一つは、掃除に使う白い粉末、『ホウ砂』。
そしてもう一つは、透明なとろみのある液体が入った瓶だ。
「アニキ、そのドロドロしたのは?」
「これは『粘液樹の樹液』だ。洗濯の時に服をパリッとさせるのに使うだろ?」
いわゆる「洗濯のり(PVA)」だ。
この世界では、ある種の樹木から採れる樹液として流通している。
「洗濯のりと掃除の砂? お掃除するのだ?」
「違う。……見てろよ」
晶はコップに「樹液」と水を入れ、青い染料で涼しげな色をつけた。
そして別の容器で、「ホウ砂」をお湯に溶かす。
準備は整った。晶のスイッチが入る。
「……構成式展開。高分子鎖・架橋結合」
ヒュンッ。
晶の周囲に、幾何学的な光の粒子が舞う。
それは、樹液の中に含まれる鎖状の高分子と、ホウ砂イオンが手を繋ぎ、網目構造を作るイメージ図だ。
「……ゲル化、開始」
晶は青い液体の入ったコップに、ホウ砂水を少しずつ注ぎ入れ、割り箸でぐるぐるとかき混ぜた。
すると。
「あ……あれ?」
ポチが身を乗り出す。
サラサラだった液体が、次第に重く、粘り気を帯びていく。
箸に絡みつき、一つの巨大な「塊」へと変貌していく。
「固まった!? 液体が勝手に固まったぞ!?」
リナが驚いて椅子から立ち上がる。
「こ、これは……! 泥より生まれし不定形の魔物……! まさかアキラ様、無機物から『スライム』の核を生成されたのですか!?」
フローラが戦慄する。
スライム。物理攻撃が効きにくく、冒険者にとっては装備を溶かされる厄介な敵。
それをコップ一つで、しかも「掃除道具」から生み出すなど、狂気の沙汰だ。
「ただの化学反応だ。ほら、完成」
晶は出来上がった物体を、テーブルの上に「べちょっ」と取り出した。
プルプルと震える、透き通った青い塊。
見た目は完全にスライムそのものだ。
「ひぃっ! 魔物が出たのだ!」
ポチがビクリと身構え、耳を伏せる。
「噛みつかないから大丈夫だ。触ってみろ」
「……ほ、本当に?」
ポチはおっかなびっくり、人差し指でツンとつついた。
ぷにっ。
「……!」
ひんやりとして、柔らかい。
押し込むと弾力があり、指を離すとゆっくりと形が戻る。
濡れているようで濡れていない、不思議な感触。
「ぷにぷに……ぷにぷになのだ……!」
ポチの瞳が輝いた。
彼女は両手でスライムを鷲掴みにし、こねくり回し始めた。
「すごいのだ! 水みたいなのに掴めるのだ! びよーんって伸びるのだ!」
「おおっ、面白そうじゃねえか! あたいにも貸せよ!」
リナも参戦し、スライムを引っ張り合う。
ちぎれたり、くっついたり。その不思議な挙動に、三人は時間を忘れて熱中した。
「素晴らしい……。魔物を手懐け、玩具に変えてしまうなんて。アキラ様の支配力は魔王級ですわ……」
フローラも感動しながら、指先でプニプニと感触を楽しんでいる。
平和な時間が流れた。
だが、悲劇は唐突に訪れる。
「スライムさん、ひんやりして気持ちいいのだ〜! 大好きなのだ〜!」
テンションが上がりきったポチが、スライムを顔に押し当て、さらに頭の上に乗せた、その時だった。
「……あ」
晶が止める間もなかった。
体温で温まり、乾燥し始めたスライムが、ポチの自慢の銀色の毛並みに、ガッチリと食い込んだのだ。
「ふふふ、スライム帽子なのだ! ……あれ? 取れないのだ」
ポチが頭からスライムを外そうとする。
だが、伸びるだけで外れない。
むしろ、こねればこねるほど、毛の奥深くまで入り込み、複雑に絡みついていく。
「な、なになに!? 離れないのだ! ボクの毛にくっついてるのだ!」
「あーあ……。言わんこっちゃない」
晶は天を仰いだ。
ゲル化したPVAは、乾燥すると強力な接着力を発揮する。
つまり、今のポチの頭は「生乾きの糊まみれ」の状態だ。
「ふぎゃーっ!! ボクの頭がベタベタなのだ! 気持ち悪いのだー! アキラぁぁぁ! 助けてぇぇぇ! 食べられるぅぅぅ!」
ポチが半泣きで暴れ回る。
しかし暴れれば暴れるほど、被害は拡大し、ポチの美しい銀髪は青いモジャモジャの悲惨な状態になっていく。
「落ち着けポチ。……こうなったら、『中和』しかない」
晶は無慈悲に宣告した。
「お風呂だ」
「!!」
ポチが凍りつく。
「お湯と『酢』で洗わないと落ちないぞ。酸性条件にして、架橋結合を強制的に切断する。……たっぷりお湯を溜めてやるから、ふやけるまで浸かってろ」
「い、いやなのだー! お酢臭いのは嫌いなのだー! 誰か助けてなのだー!」
ジタバタと抵抗するポチを、晶は容赦なく小脇に抱えて裏庭の洗い場へと連行していく。
「あぁ、ポチちゃん……。その身を清め、魔物の呪縛から解き放たれるのですね……。精霊の導きがあらんことを」
フローラが胸の前で手を組み、深く祈りを捧げる。
その日の夕方。
『よろずや 結城』の裏庭からは、「あついー! 酸っぱい匂いがするのだー! 目にしみるのだー!」というポチの情けない絶叫が、いつまでも響いていたという。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




