表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/81

第49話:錆びた街? いいえ、革命前夜です

 大陸東部に位置する赤茶けた岩山地帯。


 その山腹にぽっかりと開いた巨大な大穴――地底都市国家『アイアン・ホール』の正門前に、不穏な影が落ちていた。


「……止まれぇぇぇッ!!」


 ドワーフの門番が、身の丈ほどの戦斧を構えて絶叫する。


 彼らの視線の先には、街道の彼方から土煙を上げて迫りくる、悪夢のような巨体が映っていた。


 全長十二メートル。漆黒の装甲に覆われた、巨大な鉄の箱。


 六つの車輪が大地を蹂躙し、魔獣の咆哮ごときエンジン音を響かせながら、一直線に突っ込んでくる。


 アキラ自慢の『装甲移動要塞(ブラックアーク)』である。


「ひぃぃッ! な、なんだあの黒い塊は!?」


「鉄の城が走ってくるぞ! 侵略だ! 総員、戦闘配備ィ!!」


 門番たちがパニックに陥り、警鐘を乱打する。


 要塞の運転席で、結城 晶(ゆうき あきら)は眉をひそめてブレーキを踏んだ。


 プシューッ……。


 圧縮空気の抜ける音が響き、黒い巨躯が門の寸前でピタリと停止する。


 晶はダッシュボードのマイクを手に取った。


『……テステス。本日は晴天なり』


 車体上部のスピーカーから、増幅された晶の声が轟く。


 その音圧だけで、ドワーフたちが「うわぁっ!?」と耳を塞いで尻餅をついた。


『怪しい者ではない。アステル領より商談に来た。門を開けてもらいたい』


「あ、怪しい者ではないだと……!? どの口が言うか!」


 門番の隊長が震えながら叫び返す。


 無理もない。どう見ても「地獄からの使者」の乗り物だ。


 晶がため息をつこうとした時、助手席の窓から銀色の毛玉が身を乗り出した。


「おーい! 通してほしいのだ! ボクたち、お鍋を買いに来ただけなのだー!」


 ポチがブンブンと手を振る。


 その愛らしい姿と、背後に控える凶悪な要塞のギャップに、門番たちが毒気を抜かれたように顔を見合わせた。


「……い、犬?」


「鍋……? 侵略兵器じゃなくて、買い物客なのか?」


 さらに、車体上部のハッチが開き、黒い制服を着た男――元重戦士のボルスが顔を出した。


「おい貴様ら! 俺の顔を忘れたか! アステルのボルスだ!」


「ボルス……? おお! かつて『剛腕』と呼ばれたあのボルスか!?」


 ドワーフたちは武骨な種族だ。有名筋肉ボルスの顔パスは、どんな身分証よりも効果があった。


「なんだ、知り合いか。驚かせるんじゃねぇ! ……入れ!」


 重厚な岩の扉が、ギギギ……と音を立てて左右に開く。


 その向こうには、地底へと続く広大なスロープが口を開けていた。


「よし、突入だ」


 晶はアクセルを踏み込んだ。


 黒い要塞が、未知なる地底世界へとその巨体を滑り込ませていく。



 『アイアン・ホール』。


 かつては大陸一の金属加工技術を誇り、昼夜を問わず槌音つちおとが響き渡る「鉄と炎の都」と呼ばれていた場所だ。


 だが、晶たちの目に飛び込んできた光景は、想像していたものとは大きく異なっていた。


「……暗いな」


 晶が呟く。


 巨大な空洞に築かれた石造りの街並みは、薄暗く、活気がない。


 本来なら街を照らしているはずの溶鉱炉の火は弱々しく、あちこちの工房からは煙すら上がっていない。


 すれ違うドワーフたちの表情も、すすけて沈んでいる。


「おかしいですね。昔来た時は、もっと熱気でムンムンしていたんですが……」


 後部座席で、空調係のテオが窓の外を見て首を傾げる。


「まるで、街全体が風邪を引いて寝込んでいるみたいだ」


 晶は要塞を広場に停めると、黒薔薇騎士団じゅうぎょういんたちと共に外へ降り立った。


 その異様な集団の登場に、広場のドワーフたちが遠巻きにざわめく。


「なんだあの黒い服の連中は……」


「アステルの奴らか!?」


 晶はそんな視線を無視して、広場の一角にある立派な建物――『鍛冶師ギルド本部』へと向かった。


 目的はただ一つ。ラーメン作りに不可欠な「特注の調理器具」を作らせることだ。



「――断る。帰ってくれ」


 ギルド長の執務室。


 晶が設計図を広げるより早く、頑固そうな白髭の老ドワーフが吐き捨てた。


 この街の長であり、大陸最高の鍛冶師と謳われるテツゲンだ。


「まだ何も説明していませんが」


「見ればわかる。よそ者が、我々の技術を求めて来たのだろう?」


 鉄玄は、机の上に置かれた冷え切った鉄塊を、愛おしそうに、そして悔しそうに撫でた。


「だが、今の我々に作れるものはない。……火が、死にかけているのだ」


「火が?」


「地脈の変動だ。ここ数年、地下から上がってくるマグマの熱量が下がり続けておる。炉の温度が上がらんのだ」


 鉄玄が苦々しく顔を歪める。


「鉄を溶かすのがやっとだ。ミスリルやアダマンタイトはおろか、上質な鋼さえ満足に鍛えられん。……そんな状態で、半端な道具を売るわけにはいかんのが、ドワーフの誇りよ」


 職人としてのプライド。


 それが、技術の低下を許せず、受注そのものを拒絶させているのだ。


「そこをなんとか。金ならあります。白金貨でも……」


「金の問題ではない! 魂の問題だ!」


 ドンッ! と鉄玄が机を叩く。


「我々が打ちたいのは、竜の鱗をも断つ剣や、城壁となる盾だ! 貴様の持ってきたちっぽけな図面……なんだこれは。『ズンドウ』? 『オタマ』? 料理道具ごときに、残り少ない貴重な熱を使えるか!」


 取りつく島もない。


 晶は小さくため息をつき、図面を回収した。


「……そうですか。残念です」


 無理強いは趣味ではない。


 晶はきびすを返し、部屋を出て行った。


「社長、どうします? 他の鍛冶屋を当たりますか?」


 廊下で待っていたボルスが尋ねる。


「いや、ギルド長があの態度だ。他の職人も右へ倣えだろうな。……根本的な問題を解決しない限り、まともな鍋は手に入らん」


 根本的な問題。すなわち、「火力不足」だ。


 晶は思考を巡らせながら、あてもなく裏路地を歩いた。


 カン……カン……カン……。


 メインストリートの工房が沈黙する中、街外れの廃墟のような区画から、頼りない金属音が聞こえてきた。


 何かに惹かれるように、晶はその音の元へと足を向けた。


 そこは、崩れかけた小さなガレージだった。


 中には、ガラクタの山と、油まみれになった一人の若いドワーフがいた。


「くそっ……! また失敗か!」


 青年ドワーフが、スパナを投げ捨てて頭を抱えている。


 彼の目の前には、複雑な歯車とピストンが組み合わさった、奇妙な機械の残骸が転がっていた。


「どうした。派手に壊したな」


 晶が声をかけると、青年はビクリと肩を震わせて振り返った。


 瓶底眼鏡をかけ、作業着は油で真っ黒。典型的な「機械オタク」の風貌だ。


「だ、誰だあんた! 勝手に入ってくるな!」


「通りすがりのよろず屋だ。……それは、『蒸気機関』のなり損ないか?」


 晶の一言に、青年の目が丸くなった。


「なっ……わかるのか!? こいつの構造が!」


「ボイラーで湯を沸かし、その蒸気圧でピストンを動かして動力を得る。……だが、その設計じゃ動かないぞ」


 晶は無造作に機械に近づき、シリンダー部分を指差した。


「気密性が低すぎる。蒸気が漏れて圧力が逃げているんだ。パッキンの素材を見直せ。それと、コンロッドの角度が急すぎて、摩擦抵抗ロスが大きすぎる」


「き、気密性……摩擦抵抗……?」


 青年が呆然と呟く。


 晶にとっては基礎的な物理法則だが、彼にとっては未知の概念だったらしい。


「あんた……すげぇな。一目でそこまで見抜くなんて」


 青年は眼鏡の位置を直し、汚れた手で握手を求めてきた。


「俺はガンド。一応、この国の第一王子だ」


「……王子?」


 晶は眉をひそめた。


 こんな廃墟で油まみれになっている男が、王位継承者だというのか。


「ハハッ、笑うだろ? 親父……ギルド長や長老連中は、伝統的な『手打ち鍛造』しか認めねえ。俺みたいに、機械や新しい動力を作ろうとする奴は『異端』扱いさ」


 ガンドは自嘲気味に笑った。


「でもよ、俺は諦めたくないんだ。地熱が下がって、国が死にかけてる今だからこそ……職人の勘や腕力に頼らない、『誰でも使える新しい技術』が必要なんじゃないかって」


 その言葉に、晶のアイスブルーの瞳が微かに光った。


 伝統に縛られず、革新を求める心。


 それは晶が最も好む「合理的」思考だ。


「……悪くない考えだ」


 晶は口元を緩めた。


「ガンド殿下。取引をしないか?」


「取引?」


「私は、この国が抱える『火力不足』を解決する方法を知っている。そして、君が目指している『機械化』の技術も提供できる」


 晶は白衣のポケットから、先ほど却下された図面を取り出した。


「その代わり、この図面の品を作ってほしい。……君の専用工房で」


 ガンドが図面を覗き込む。


 そこに描かれていたのは、ただの鍋ではない。


 精密な寸法指定と、未知の合金配合比率が記された、オーパーツのような調理器具の設計図だった。


「な、なんだこの精密さは……!? ミリ単位どころか、ミクロン単位の指定……!? これを作れって言うのか!?」


「手作業では無理だ。だから、君の機械技術と、私の科学を融合させる」


 晶はニヤリと笑い、工場の入り口を指差した。


「ついて来い。まずは私の城(ブラックアーク)を見せてやる。……君の作りたかった『未来』が、そこにある」



 数十分後。


 『装甲移動要塞』の内部に招かれたガンドは、酸欠になりそうなほど興奮していた。


「すげぇぇぇぇッ!! なんだこのエンジンは! ピストンが……爆発で動いている!? 蒸気じゃない、油を燃やしているのか!?」


「サスペンションの構造を見ろ! 板バネとダンパーの複合……! これなら振動を殺せる!」


「このキッチン……蛇口をひねるだけで水が出る!? ポンプの魔導回路はどうなってるんだ!?」


 ガンドは子供のように車内を這いずり回り、あらゆるパーツに頬ずりし、メモを取りまくっている。


 その姿を見て、ボルスやテオが生温かい目を向けていた。


「……社長と同じ人種ですね」


「ああ。技術オタク(へんたい)だ」


 一通り興奮し終えたガンドが、晶の前に跪いた。


 その目は、もはや王子のそれではない。神を見る信徒の目だ。


「師匠……! いや、大師匠マスターと呼ばせてくれ!」


「師匠はやめろ」


「あんたの言っていたことは本当だった……! 俺たちの技術は、まだ入り口に過ぎなかったんだ! 頼む、俺にその『科学』ってやつを教えてくれ!」


「いいだろう。まずは……この国の心臓、溶鉱炉を叩き直すぞ」


 晶は黒板に化学式を書き殴った。


「炉の温度が上がらないなら、空気の質を変えればいい。……『純酸素燃焼』の実験だ」


 地底の国に、革命の火が灯る。


 それは錆びついた伝統を焼き払い、新たな時代(さんぎょうかくめい)を告げる、青白い科学の炎だった。

(続く)


第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援していただけると嬉しいです!


第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ