第49話:錆びた街? いいえ、革命前夜です
大陸東部に位置する赤茶けた岩山地帯。
その山腹にぽっかりと開いた巨大な大穴――地底都市国家『アイアン・ホール』の正門前に、不穏な影が落ちていた。
「……止まれぇぇぇッ!!」
ドワーフの門番が、身の丈ほどの戦斧を構えて絶叫する。
彼らの視線の先には、街道の彼方から土煙を上げて迫りくる、悪夢のような巨体が映っていた。
全長十二メートル。漆黒の装甲に覆われた、巨大な鉄の箱。
六つの車輪が大地を蹂躙し、魔獣の咆哮ごときエンジン音を響かせながら、一直線に突っ込んでくる。
アキラ自慢の『装甲移動要塞』である。
「ひぃぃッ! な、なんだあの黒い塊は!?」
「鉄の城が走ってくるぞ! 侵略だ! 総員、戦闘配備ィ!!」
門番たちがパニックに陥り、警鐘を乱打する。
要塞の運転席で、結城 晶は眉をひそめてブレーキを踏んだ。
プシューッ……。
圧縮空気の抜ける音が響き、黒い巨躯が門の寸前でピタリと停止する。
晶はダッシュボードのマイクを手に取った。
『……テステス。本日は晴天なり』
車体上部のスピーカーから、増幅された晶の声が轟く。
その音圧だけで、ドワーフたちが「うわぁっ!?」と耳を塞いで尻餅をついた。
『怪しい者ではない。アステル領より商談に来た。門を開けてもらいたい』
「あ、怪しい者ではないだと……!? どの口が言うか!」
門番の隊長が震えながら叫び返す。
無理もない。どう見ても「地獄からの使者」の乗り物だ。
晶がため息をつこうとした時、助手席の窓から銀色の毛玉が身を乗り出した。
「おーい! 通してほしいのだ! ボクたち、お鍋を買いに来ただけなのだー!」
ポチがブンブンと手を振る。
その愛らしい姿と、背後に控える凶悪な要塞のギャップに、門番たちが毒気を抜かれたように顔を見合わせた。
「……い、犬?」
「鍋……? 侵略兵器じゃなくて、買い物客なのか?」
さらに、車体上部のハッチが開き、黒い制服を着た男――元重戦士のボルスが顔を出した。
「おい貴様ら! 俺の顔を忘れたか! アステルのボルスだ!」
「ボルス……? おお! かつて『剛腕』と呼ばれたあのボルスか!?」
ドワーフたちは武骨な種族だ。有名筋肉の顔パスは、どんな身分証よりも効果があった。
「なんだ、知り合いか。驚かせるんじゃねぇ! ……入れ!」
重厚な岩の扉が、ギギギ……と音を立てて左右に開く。
その向こうには、地底へと続く広大なスロープが口を開けていた。
「よし、突入だ」
晶はアクセルを踏み込んだ。
黒い要塞が、未知なる地底世界へとその巨体を滑り込ませていく。
◇
『アイアン・ホール』。
かつては大陸一の金属加工技術を誇り、昼夜を問わず槌音が響き渡る「鉄と炎の都」と呼ばれていた場所だ。
だが、晶たちの目に飛び込んできた光景は、想像していたものとは大きく異なっていた。
「……暗いな」
晶が呟く。
巨大な空洞に築かれた石造りの街並みは、薄暗く、活気がない。
本来なら街を照らしているはずの溶鉱炉の火は弱々しく、あちこちの工房からは煙すら上がっていない。
すれ違うドワーフたちの表情も、煤けて沈んでいる。
「おかしいですね。昔来た時は、もっと熱気でムンムンしていたんですが……」
後部座席で、空調係のテオが窓の外を見て首を傾げる。
「まるで、街全体が風邪を引いて寝込んでいるみたいだ」
晶は要塞を広場に停めると、黒薔薇騎士団たちと共に外へ降り立った。
その異様な集団の登場に、広場のドワーフたちが遠巻きにざわめく。
「なんだあの黒い服の連中は……」
「アステルの奴らか!?」
晶はそんな視線を無視して、広場の一角にある立派な建物――『鍛冶師ギルド本部』へと向かった。
目的はただ一つ。ラーメン作りに不可欠な「特注の調理器具」を作らせることだ。
◇
「――断る。帰ってくれ」
ギルド長の執務室。
晶が設計図を広げるより早く、頑固そうな白髭の老ドワーフが吐き捨てた。
この街の長であり、大陸最高の鍛冶師と謳われるテツゲンだ。
「まだ何も説明していませんが」
「見ればわかる。よそ者が、我々の技術を求めて来たのだろう?」
鉄玄は、机の上に置かれた冷え切った鉄塊を、愛おしそうに、そして悔しそうに撫でた。
「だが、今の我々に作れるものはない。……火が、死にかけているのだ」
「火が?」
「地脈の変動だ。ここ数年、地下から上がってくるマグマの熱量が下がり続けておる。炉の温度が上がらんのだ」
鉄玄が苦々しく顔を歪める。
「鉄を溶かすのがやっとだ。ミスリルやアダマンタイトはおろか、上質な鋼さえ満足に鍛えられん。……そんな状態で、半端な道具を売るわけにはいかんのが、ドワーフの誇りよ」
職人としてのプライド。
それが、技術の低下を許せず、受注そのものを拒絶させているのだ。
「そこをなんとか。金ならあります。白金貨でも……」
「金の問題ではない! 魂の問題だ!」
ドンッ! と鉄玄が机を叩く。
「我々が打ちたいのは、竜の鱗をも断つ剣や、城壁となる盾だ! 貴様の持ってきたちっぽけな図面……なんだこれは。『ズンドウ』? 『オタマ』? 料理道具ごときに、残り少ない貴重な熱を使えるか!」
取りつく島もない。
晶は小さくため息をつき、図面を回収した。
「……そうですか。残念です」
無理強いは趣味ではない。
晶は踵を返し、部屋を出て行った。
「社長、どうします? 他の鍛冶屋を当たりますか?」
廊下で待っていたボルスが尋ねる。
「いや、ギルド長があの態度だ。他の職人も右へ倣えだろうな。……根本的な問題を解決しない限り、まともな鍋は手に入らん」
根本的な問題。すなわち、「火力不足」だ。
晶は思考を巡らせながら、あてもなく裏路地を歩いた。
カン……カン……カン……。
メインストリートの工房が沈黙する中、街外れの廃墟のような区画から、頼りない金属音が聞こえてきた。
何かに惹かれるように、晶はその音の元へと足を向けた。
そこは、崩れかけた小さなガレージだった。
中には、ガラクタの山と、油まみれになった一人の若いドワーフがいた。
「くそっ……! また失敗か!」
青年ドワーフが、スパナを投げ捨てて頭を抱えている。
彼の目の前には、複雑な歯車とピストンが組み合わさった、奇妙な機械の残骸が転がっていた。
「どうした。派手に壊したな」
晶が声をかけると、青年はビクリと肩を震わせて振り返った。
瓶底眼鏡をかけ、作業着は油で真っ黒。典型的な「機械オタク」の風貌だ。
「だ、誰だあんた! 勝手に入ってくるな!」
「通りすがりのよろず屋だ。……それは、『蒸気機関』のなり損ないか?」
晶の一言に、青年の目が丸くなった。
「なっ……わかるのか!? こいつの構造が!」
「ボイラーで湯を沸かし、その蒸気圧でピストンを動かして動力を得る。……だが、その設計じゃ動かないぞ」
晶は無造作に機械に近づき、シリンダー部分を指差した。
「気密性が低すぎる。蒸気が漏れて圧力が逃げているんだ。パッキンの素材を見直せ。それと、コンロッドの角度が急すぎて、摩擦抵抗が大きすぎる」
「き、気密性……摩擦抵抗……?」
青年が呆然と呟く。
晶にとっては基礎的な物理法則だが、彼にとっては未知の概念だったらしい。
「あんた……すげぇな。一目でそこまで見抜くなんて」
青年は眼鏡の位置を直し、汚れた手で握手を求めてきた。
「俺はガンド。一応、この国の第一王子だ」
「……王子?」
晶は眉をひそめた。
こんな廃墟で油まみれになっている男が、王位継承者だというのか。
「ハハッ、笑うだろ? 親父……ギルド長や長老連中は、伝統的な『手打ち鍛造』しか認めねえ。俺みたいに、機械や新しい動力を作ろうとする奴は『異端』扱いさ」
ガンドは自嘲気味に笑った。
「でもよ、俺は諦めたくないんだ。地熱が下がって、国が死にかけてる今だからこそ……職人の勘や腕力に頼らない、『誰でも使える新しい技術』が必要なんじゃないかって」
その言葉に、晶のアイスブルーの瞳が微かに光った。
伝統に縛られず、革新を求める心。
それは晶が最も好む「合理的」思考だ。
「……悪くない考えだ」
晶は口元を緩めた。
「ガンド殿下。取引をしないか?」
「取引?」
「私は、この国が抱える『火力不足』を解決する方法を知っている。そして、君が目指している『機械化』の技術も提供できる」
晶は白衣のポケットから、先ほど却下された図面を取り出した。
「その代わり、この図面の品を作ってほしい。……君の専用工房で」
ガンドが図面を覗き込む。
そこに描かれていたのは、ただの鍋ではない。
精密な寸法指定と、未知の合金配合比率が記された、オーパーツのような調理器具の設計図だった。
「な、なんだこの精密さは……!? ミリ単位どころか、ミクロン単位の指定……!? これを作れって言うのか!?」
「手作業では無理だ。だから、君の機械技術と、私の科学を融合させる」
晶はニヤリと笑い、工場の入り口を指差した。
「ついて来い。まずは私の城を見せてやる。……君の作りたかった『未来』が、そこにある」
◇
数十分後。
『装甲移動要塞』の内部に招かれたガンドは、酸欠になりそうなほど興奮していた。
「すげぇぇぇぇッ!! なんだこのエンジンは! ピストンが……爆発で動いている!? 蒸気じゃない、油を燃やしているのか!?」
「サスペンションの構造を見ろ! 板バネとダンパーの複合……! これなら振動を殺せる!」
「このキッチン……蛇口をひねるだけで水が出る!? ポンプの魔導回路はどうなってるんだ!?」
ガンドは子供のように車内を這いずり回り、あらゆるパーツに頬ずりし、メモを取りまくっている。
その姿を見て、ボルスやテオが生温かい目を向けていた。
「……社長と同じ人種ですね」
「ああ。技術オタクだ」
一通り興奮し終えたガンドが、晶の前に跪いた。
その目は、もはや王子のそれではない。神を見る信徒の目だ。
「師匠……! いや、大師匠と呼ばせてくれ!」
「師匠はやめろ」
「あんたの言っていたことは本当だった……! 俺たちの技術は、まだ入り口に過ぎなかったんだ! 頼む、俺にその『科学』ってやつを教えてくれ!」
「いいだろう。まずは……この国の心臓、溶鉱炉を叩き直すぞ」
晶は黒板に化学式を書き殴った。
「炉の温度が上がらないなら、空気の質を変えればいい。……『純酸素燃焼』の実験だ」
地底の国に、革命の火が灯る。
それは錆びついた伝統を焼き払い、新たな時代を告げる、青白い科学の炎だった。
(続く)
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




