第48話:戦車? いいえ、キャンピングカーです
アステル郊外に位置する『魔王城』。その敷地の最奥部には、従業員ですら立ち入りを禁じられた区画がある。
通称、『第零格納庫』。
普段は重厚な鉄扉に閉ざされたその場所が、今、轟音と共に開放されていた。
「……総員、配置につけ。これより『箱船建造計画』を開始する」
工場長であり、この狂った計画の立案者である結城 晶の声が、広大なドックに響き渡る。
彼女の背後には、漆黒の制服に身を包んだ精鋭たち――『黒薔薇騎士団』の選抜メンバーが整列していた。
元重戦士の巨漢、ボルス。
元暗殺者の斥候、クロウ。
元宮廷魔導師の研究員、テオ。
そして、作業用つなぎを着て「おやつまだ?」と尻尾を振る神獣、ポチ。
彼らの視線の先には、巨大な鋼鉄の骨格が鎮座していた。
それは既存の馬車の概念を根底から覆す、あまりにも巨大で、あまりにも無骨な構造体だった。
「社長……。これは一体、何を狩るための兵器なのですか?」
ボルスがゴクリと喉を鳴らす。
彼の戦士としての勘が、目の前の鉄塊から発せられる「異常な気配」を敏感に感じ取っていた。
城壁を突き崩すための破城槌か。あるいは、ドラゴンを拘束するための移動監獄か。
「兵器じゃない。……『家』だ」
晶は設計図を広げ、平然と言い放った。
「旅先でも快適な執筆環境を維持し、雨風を凌ぎ、最高の料理を作る。そのための『移動する書斎』兼『キッチン』だ」
晶が求めたスペックは以下の通りである。
一、悪路でもインク壺が倒れない「完全な防振性能」。
二、盗賊や魔物の襲撃を無効化する「絶対的防御力」。
三、大陸を走破できる「無限の動力」。
既存の木造馬車では、一つとして満たせない。
ならば、ゼロから作るしかない。
現代地球の自動車工学と、異世界の魔法技術を悪魔合体させて。
「やるぞ。まずは足回りだ。……ボルス、その鉄板を曲げろ」
「御意!!」
作業が始まった。
◇
【工程1:サスペンション】
「……フンッ!!」
ボルスが雄叫びと共に、分厚いミスリル合金の板を素手でひん曲げる。
本来なら炉で熱してハンマーで叩くべき工程だが、彼の怪力があれば常温加工が可能だ。
「いいぞ。その湾曲した板を何枚も重ねろ。板バネを作るんだ」
晶が指示を飛ばす。
重ねた板バネの間に、以前スライム討伐で得た核を加工した『衝撃吸収ゲル』を挟み込む。
金属の弾性と、生体素材の粘性。この二つが、路面からの衝撃を極限まで相殺する。
「すげぇ……。鉄の板なのに、押すとムニッて沈み込みやがる……」
クロウが完成したサスペンションを指で押し、その滑らかな挙動に驚愕する。
「これなら、どんな荒野を走っても、中の人間は揺れを感じないでしょう。……まるで、雲の上を歩く暗殺者の足運びのようだ」
(……いや、ただの振動対策なんだが)
【工程2:タイヤ】
次はタイヤだ。
木の車輪に鉄の輪を嵌めただけの既存品では、ガラガラとうるさいし、グリップ力もない。
「ゴムを作るぞ。テオ、釜の温度を上げろ」
「はい! 熱風操作!」
晶が用意したのは、南方のジャングルから取り寄せた「ゴムの木の樹液」と、火山地帯で採取した「硫黄」だ。
ドロドロの樹液に硫黄と炭素粉末を混ぜ、加熱する。
『加硫』。
化学反応により、分子同士が橋を架け合い、強靭かつ弾力のある黒い弾性体が生まれる。
「うわっ、くっさ! なんですかこの黒い塊は!」
テオが鼻をつまむ。
晶は出来上がった黒いゴムを、鉄のホイールに分厚く巻き付け、溝を刻み込んだ。
「空気入りタイヤだ。中には圧縮した空気を充填してある。これが地面を掴み、衝撃を殺す」
出来上がったのは、大人の背丈ほどもある巨大な黒いタイヤが六本。
それを装着したシャーシは、もはや馬車ではない。六輪駆動の装甲車のそれだ。
「黒き円環……。大地を冒涜するかのように静かに、そして確実に獲物を追尾する脚……」
クロウがタイヤを愛おしそうに撫でる。
「これこそが『静寂の追跡者』……!」
(ただのオフロードタイヤだっつの)
【工程3:動力機関】
最大の問題は動力だ。
馬に引かせるには重すぎる。ガソリンエンジンを作ろうにも、精製された石油がない。
だが、晶には「石鹸工場」があった。
石鹸を作る過程で出る大量の廃油。そして、植物から搾り取った油。
これらを精製すれば、立派な「バイオディーゼル燃料」になる。
しかし、それだけではパワーが足りない。
そこで晶は、禁断の技術に手を染めた。
「ポチ、出番だ」
「わふっ? おやつ?」
「いや、魔力だ」
晶が組み上げたのは、ミスリル銀で鋳造された巨大なシリンダーブロック。
その心臓部には、以前クラーケン討伐で回収した『雷の魔石』と、ポチの膨大な魔力をチャージした『魔力蓄積器』が組み込まれている。
燃料を爆発させてピストンを動かし、さらに魔力による電磁加速でトルクを倍増させる。
名付けて『魔導ハイブリッド・ディーゼル機関』。
「点火試験を行う。総員、耳を塞げ!」
晶がスターターのスイッチを入れた。
キュルルルル……
ズドンッ!!!!
ドック内の空気が震えた。
鼓膜を叩く重低音。腹の底に響く振動。
アイドリングするエンジン音は、まるで地獄の猛獣が喉を鳴らしているかのようだ。
ドッドッドッドッドッ……!
「ひぃぃっ!? 鉄の箱が……咆えている!?」
テオが腰を抜かす。
「中に……中に何を閉じ込めたのですか社長!? この音は、封印されしドラゴンの心臓の鼓動そのものですよ!」
「ただの内燃機関だ。……よし、回転数安定。出力良好」
黒い煤を吐き出しながら唸りを上げる鉄の心臓。
その圧倒的なパワーは、既存の馬車百頭分にも匹敵する。
【工程4:居住区】
最後に、そのシャーシの上に「家」を乗せる。
壁面は、軽量かつ高硬度な「硬化スライム樹脂」(※)と、鋼板の複合装甲。
色は当然、黒薔薇騎士団の制服に合わせて「マットブラック」に塗装された。
だが、内装は別世界だ。
防音材が敷き詰められた壁。
衝撃吸収ゲルが詰まったふかふかのソファ。
システムキッチンに、水洗トイレ、そしてシャワールーム完備。
最奥部には、晶専用の執筆机と、疲れを癒やすキングサイズのベッドが鎮座している。
「……完成だ」
数日間の不眠不休の作業の末。
ドックの中に、全長十二メートル、全幅三メートル、高さ三・五メートルの巨大な「黒い箱」が完成した。
無骨な装甲板に覆われた漆黒の車体。
六つの巨大なタイヤ。
屋根には換気用の煙突と、観測用のデッキ。
そしてフロントグリルには、銀色に輝く『黒薔薇の紋章』。
それはキャンピングカーと呼ぶにはあまりに凶悪で、戦車と呼ぶにはあまりに優雅だった。
「おおお……!!」
騎士団の男たちが、完成した車両を見上げて感嘆の声を漏らす。
彼らの目には、それがただの乗り物には見えていなかった。
「これは……城だ。走る城塞だ……!」
「この黒き巨躯で大地を蹂躙し、行く手を阻む全てを粉砕するのですね……!」
ボルスがボディをバンバンと叩き、その堅牢さに酔いしれる。
「わーい! 秘密基地なのだ! かっこいいのだー!」
ポチが車体の周りをぐるぐると走り回り、さっそくタイヤにマーキングしようとして晶に止められる。
「名前はそうだな……『装甲移動要塞・クロ』とでもするか!」
晶が命名すると、一同が直立不動で敬礼した。
「素晴らしい名です! この『黒き箱船』こそ、我ら騎士団の新たな旗艦!」
(……勝手に別名をつけるな)
◇
そして、試運転の日。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
アステルの正門から、地響きと共に「それ」は現れた。
黒煙を上げ、重低音を響かせながら進む巨大な黒い塊。
運転席には、ゴーグルをかけた晶が座り、ハンドルを握っている。
助手席には、身を乗り出して風を感じるポチ。
そして屋根の上には、漆黒の武装をした騎士団たちが仁王立ちで周囲を威圧していた。
「な、なんだあれはぁぁぁっ!?」
「く、黒い城が動いてるぞ!?」
街の人々はパニックに陥った。
馬も引いていないのに自走する鉄の塊。
そこから発せられる魔物の咆哮のようなエンジン音。
誰もがそれを「魔王軍の侵攻兵器」だと確信し、悲鳴を上げて道を空ける。
「ひぃぃッ! 逃げろ! 轢き潰されるぞ!」
「アキラ様だ! 賢者様が、ついに世界征服に乗り出したんだ!」
モーゼの海割れのように開く人波。
その真ん中を、晶は涼しい顔で――内心では冷や汗をかきながら――走り抜ける。
(……注目を集めたくないから黒く塗ったのに、なんでこんなに目立つんだ?)
晶の感覚はずれていた。
この世界において、黒は「闇」や「死」の色。
そして「規格外の大きさ」は、それだけで恐怖の対象なのだ。
「アキラ、みんな手を振ってるのだ! 人気者なのだ!」
「……あれは命乞いをしているんだ、ポチ」
晶はアクセルを踏み込んだ。
巨大なエンジンが唸りを上げ、六本のタイヤが石畳を噛む。
加速するGが背中を押し付ける。
速い。
馬車とは比較にならない速度で、景色が後方へと飛び去っていく。
「行くぞ、野郎ども! 目指すは東のドワーフ王国!」
「「「オオォォォッ!!」」」
屋根の上の騎士団が鬨の声を上げる。
それはもはや、食材探しの旅立ちではない。
「聖戦」の始まりにしか見えなかった。
後に、各国の歴史書にはこう記されることになる。
『黒き賢者は、雷鳴を轟かせる鉄の城に乗り、従僕たちを引き連れて世界を巡礼した。その轍の後には、新たな文明が芽吹いた』と。
――だが、その城の中身が、生活感あふれるキッチンと、書きかけの原稿用紙で埋め尽くされていることを知る者は、まだ誰もいない。
(続く)
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




