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第46話:巡礼? いいえ、買い出しです

「……書けない」


 草木も眠る丑三つ時。


 交易都市アステル郊外にそびえる『魔王城(せっけんこうじょう)』の最上階、執務室。


 青白く光る蓄光塗料のランタンに照らされた机で、工場長兼作家の結城 晶(ゆうき あきら)は、魔導万年筆を握りしめたまま硬直していた。


「プロットは完璧だ。キャラクターも動いている。なのに……」


 晶はこめかみを押さえた。


 先日、女であることをカミングアウト。国王と皇帝に土下座され、女神だの賢者だのと祀り上げられた騒動も、ようやく一段落した。


 莫大な富と、印籠(メダル)という権力を手に入れ、念願の「静かな執筆環境」は整ったはずだった。


 だが、今の晶の脳内を支配しているのは、物語の展開ではない。


 もっと根源的で、暴力的な欲望だ。


「……腹が減った」


 深夜の執筆作業。それは空腹との戦いでもある。


 前世の日本であれば、ここでコンビニに走り、カップ麺を(すす)るのが定石だった。


 醤油、味噌、塩、豚骨。


 あのチープで、塩分過多で、しかし悪魔的に美味い「深夜の友」。


 ふと、晶の視界が歪んだ。


 紙の上、立ち上る湯気と共にカップ麺の幻影(ホログラム)が浮かび上がる。


『3分、待ってね♡』


 蓋の上にちょこんと座った、手のひらサイズのプリーストの少女が、楽しそうに告知する。


「……ああっ!?」


 晶が咄嗟に手を伸ばすが、指先は虚空を掻くだけだ。


 蓋留めシールの幻影(ホログラム)が、嘲笑うように消えていく。


「幻覚……!? この私が、空腹のあまり糖質不足で脳内麻薬(ドーパミン)を分泌させているのか……!?」


 ガタッ!


 晶は椅子を蹴って立ち上がった。


 限界だ。我慢できない。


 今の晶に必要なのは、高級なフレンチでも、異世界のパンでもない。


 熱々のスープに浸った、縮れた「麺」だ。


「作るぞ。……今すぐだ」


 晶は幽鬼のような足取りで執務室を出た。


 ◇


 深夜の厨房。


 晶は冷蔵庫を漁っていた。


「ない……ない……!」


 あるのは、ベーコン、チーズ、パン、野菜。


 どれも美味いが、今求めている「ラーメン」の構成要素ではない。


「アキラぁ……? なにしてるのだ……?」


 騒ぎを聞きつけたのか、ポチが目をこすりながら起きてきた。


 着古した「足跡柄のパジャマ」姿で、手には抱き枕代わりの骨付き肉(ぬいぐるみ)を持っている。


 そして――その背中には、真っ赤な髪の幼女がコアラのようにへばりついていた。


「……んむぅ。寒い……動くな犬っころ……。熱が逃げるじゃろ……」


「重いのだ! 暑苦しいのだ! 離れるのだタマ!」


 先日「害獣駆除」で拾った、元・古代火炎竜バハムートこと、タマだ。


 極度の寒がりのため、寝る時はポチのモフモフした毛皮に埋まるのが日課になっているらしい。


「ポチ、タマか。……ラーメンだ」


「らーめん? なーにそれ、新しいお肉?」


「肉も入っているが、本質はそこじゃない。……小麦粉と水、そして『かんすい』を練り上げて作る、黄金の麺料理だ」


 晶は血走った目で厨房を見渡した。


「だが、この厨房には何もない! 寸胴鍋もない! 出汁を取るための豚骨も、鶏ガラも、煮干しも、昆布もない!」


 あるのは普通の深鍋だけだ。これでは大量のスープを長時間煮込むことはできない。


 小麦粉はあるが、コシを出すためのアルカリ塩水溶液――『かんすい』がない。


 重曹で代用できなくはないが、あの独特の風味と食感を出すには、天然の炭酸ナトリウムが必要だ。


「くそっ……! 賢者と呼ばれようが、公爵になろうが、ラーメン一杯すら作れないのか……!」


 晶は魔導冷蔵庫の扉に額を押し付け、絶望に打ちひしがれた。


 科学の知識はある。レシピも頭に入っている。


 だが、「材料」と「道具」という物理的な壁が、立ちはだかっていた。


「アキラ、お腹すいたの? これあげる」


 ポチが、ポケットから食べかけの「マヨネーズせんべい」を差し出した。


 その優しさが、今は逆に辛い。


「……ありがとう。だが、乾き物じゃ私の渇きは癒せないんだ」


(わらわ)は、あの辛いベーコンが食いたいのじゃが?」


 タマがポチの背中から顔を出し、生意気な口をきく。


 晶は、ちゃっかりせんべいを齧りながら、ふと顔を上げた。


 窓の外には、広大な世界が広がっている。


 アステルにはない。


 だが、この世界のどこかには、あるはずだ。


 強アルカリの泉が。


 スープに最適な豚が。


 出汁の出る魚介が。


 そして、鋼鉄を加工できる技術を持った職人が。


「……ないなら、手に入れるか」


 晶のアイスブルーの瞳に、怪しい光が宿った。


「作らせればいいんだ、私の知識と、現地の素材で」


 それは、ただの夜食作りが、世界規模のプロジェクトへと昇華した瞬間だった。


 ◇


 翌朝。


 工場の広場に、黒薔薇騎士団の全従業員が招集された。


 彼らは全員、漆黒の制服に身を包み、整列している。


「おはよう諸君。朝早くすまない」


 壇上に立った晶は、いつになく真剣な表情だった。


「社長! 何か緊急事態ですか!?」


「隣国が攻めてきましたか? それとも邪神の復活ですか!?」


 幹部の元重戦士ボルス元暗殺者クロウが殺気立つ。


 晶は深く頷いた。


「ああ、緊急事態だ。……『ラーメン』を作る」


「ら、らーめ……?」


 全員がぽかんとする中、晶は黒板に巨大な地図を広げた。


「これより、長期遠征任務を開始する。目的は、究極の麺料理の完成だ。そのために世界を巡り、最高の食材と器具を調達する」


 ざわめきが広がる。


 だが、すぐにそれは熱狂へと変わった。


「社長が……新しい『神の料理』を作ろうとしている……!」


「俺たちに、その食材集めを任せてくださるのか……!?」


 彼らは知っているのだ。


 晶がこれまでに生み出してきた――ビール、燻製、アイスといった、世界を変える革命(ごちそう)の数々を。


「ついてくる者はいるか?」


 晶が問うと、全員が一斉に拳を突き上げた。


「「「オオォォォッ!! 一生ついていきます!!」」」


「よし。だが全員は連れて行けない。工場を止めるわけにはいかないからな」


 晶は指名した。


「ボルス。お前の怪力は、重い機材の運搬と、現地での土木作業に不可欠だ」


「御意! この筋肉、社長の(いしずえ)となりましょう!」


「クロウ。お前の隠密スキルと食材鑑定眼は、未知の土地での狩猟に役立つ」


「フッ……。最高の獲物を、社長の皿に捧げてみせます」


「テオ。お前の風魔法と温度管理能力は、食材の保存と、私の快適な睡眠環境の維持に必要だ」


「は、はい! 空調係ですね! 任せてください!」


「そしてポチ。お前は……まあ、味見係だ」


「わーい! 毒味なのだ! いっぱい食べるのだー!」


「最後に、新入りのタマ」


「なんじゃ?」


 晶の足元で、赤い髪の幼女があくびをしている。


「お前は『火力兼暖房係』だ。旅先で湯を沸かしたり、寒い夜に暖を取るのに使う」


「な、なんじゃと!? 偉大なる古代竜をストーブ扱いとは! 不敬じゃぞ!」


「嫌なら留守番だ。激辛ベーコンも無しだ」


「……ぐぬぬ。よ、よいわ! 特別に燃やしてやるのじゃ!」


 チョロい竜だ。


 こうして選抜メンバーが決まった。最強の布陣だ。


「あのぅ……アキラ様……?」


その時、おずおずと手を挙げたのは、受付兼事務のフローラだった。


彼女は期待に満ちた目で晶を見つめている。


(私も、連れて行ってくださいますわよね?)


「フローラ、君は留守番だ」


「ガーン!!」


フローラが膝から崩れ落ちる。


「君にはもっと重要な任務がある。私が旅先から送るレポートを受け取り、それを整理して工場を運営する……いわば『司令塔』の役割だ」


「し、司令塔……」


フローラの脳内で、都合の良い変換が行われる。


(アキラ様)からの啓示レポートを受け取り、それを民衆に伝える預言者……。つまり私は、神の声を代弁する『聖女』の役割を与えられたのですわ……!)


「わかりましたわアキラ様! 貴方様の冒険譚、一言一句漏らさず『聖典』として編纂し、後世に語り継いでみせます!」


(……いや、ただの業務日報なんだが)


 まあ、やる気があるならいいだろう。


「あとリナ、お前も留守番だ。留守中の工場の警備と、フローラの護衛を頼む。」


「あいよ!アネキの留守は守っとくから、土産を頼むぜ。」


 晶は白衣を翻し、工場の奥にある「特別ドック」を指差した。


「よし、これで旅の布陣(メンバー)は決まった。だが、普通の馬車では世界一周など不可能だ」


 ドックの扉がゆっくりと開く。


「まずは『足』を作るぞ。……我々の新たな城、『移動要塞』をな」


 暗闇の中から、巨大な鉄骨のフレームが姿を現した。


 それは、晶の食欲と科学力が生み出す、常識外れの旅の始まりだった。


「待ってろよ、ラーメン。……必ずすすってやるからな」


 晶の決意は固い。


 たとえそれが、世界中を巻き込む大騒動になろうとも、ラーメンに取り憑かれた理系作家を止めることは誰にもできないのだ。


(続く)


第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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