第45話:竜の襲来? いいえ、害獣駆除です
交易都市アステル郊外。
かつて、盗賊や敵国諜報員たちから『魔王城』と恐れられた石鹸工場は、今日も白煙を上げてフル稼働していた。
ボイラーからは蒸気が立ち上り、あたり一面にラベンダーやミントといったハーブの香りが漂っている。
平和だ。
工場長である結城 晶は、屋上のデッキチェアで優雅にコーヒーを啜っていた。
執筆の合間の休憩。至福の時間だ。
だが、その平穏は唐突に破られた。
「て、敵襲ぅぅぅッ!!」
工場の監視塔から、元宮廷魔導師テオの悲鳴が響き渡る。
彼は遠見の水晶を覗き込み、顔面蒼白で震えていた。
「熱源接近! 方角北北西! 距離3,000! ……こ、これはドラゴンです! 古代級の火炎竜です!」
「……ドラゴンだと?」
晶は眉をひそめ、コーヒーカップを置いた。
双眼鏡を構える。
レンズの向こう、真っ青な空を切り裂いて迫ってくるのは、全長50メートルを超える真紅の巨影。
全身を覆う緋色の鱗は溶岩のように赤熱し、羽ばたくたびに大気を焦がしている。
伝説の災厄、『古代火炎竜バハムート』だ。
『人間どもよぉぉぉッ!!』
空気がビリビリと震えるほどの咆哮が、脳内に直接響いてくる。
『貴様らの工場から出る煙が! 妾の鼻を刺激して不愉快だ! ムズムズして目が覚めてしまったではないか!』
「は?」
『妾は怒ったのじゃ!この城ごと灰にするのじゃ!』
晶は呆れてため息をついた。
工場のハーブの香りが、近隣の火山で寝ていたドラゴンの鼻についたらしい。
硫黄臭い場所で寝ている爬虫類には、ラベンダーの香りは刺激が強すぎたか。
「……ただのクレームか。だが、営業妨害だ」
晶は白衣を翻し、屋上に据え付けられた巨大な砲台へと走った。
以前、人工降雨作戦で使用した『ミスリルタンク砲』を、対空迎撃用に改造した『超高圧冷却砲』だ。
「ボルス、砲座につけ! 迎撃するぞ!」
「あ、相手はドラゴンですよ!? 神話級の化け物だ! 勝てるわけがねぇ!」
元重戦士のボルスが腰を抜かしかけている。
無理もない。相手は国を一つ滅ぼせる災害そのものだ。
「速度……時速200キロ!? 速すぎます!」
テオが絶叫する。
「ワイバーンの急降下よりも速い! あの巨体で、地を駆ける魔獣以上のスピードだなんて!」
「……到達まで、およそ50秒か」
晶は冷静に砲台の座席へ飛び乗り、照準器を覗き込んだ。
モニターに表示される数値を見ながら、冷ややかに呟く。
「まるで、暴走した特急列車だな。……だが、レールの上を走るだけの相手なら、狙い撃つのは容易い」
50秒。逃げるには短すぎるが、迎撃準備を整えるには十分な時間だ。
「ボルス、固定! テオ、風速補正!」
「りょ、了解! でも社長、相手は火の神ですよ!? 水なんか撃っても一瞬で蒸発して……」
「水じゃない。……『液体窒素』だ」
晶が撫でたのは、砲台に接続されたミスリルの弾倉だ。
中には、冷却魔法と圧縮ポンプを併用し、マイナス196度まで冷やし込んで液化させた窒素ガスが詰まっている。
「距離2,000……1,500……!」
肉眼でも、竜の表情が見える距離になった。
バハムートは激怒の形相で大きく口を開け、喉の奥に紅蓮の炎を溜め込み始めた。
ブレスの予備動作だ。口腔内温度は推定1,500度。
「あと10秒……。ブレスの射程に入ります!」
「十分だ。……こちらの弾速は音速(時速1,200キロ)を超える」
晶は冷徹に、迫りくる「生きた暴走列車」の、無防備に開かれた口内へと照準を合わせた。
熱力学の鉄則。
急激な温度変化は、物質の構造そのものを破壊する。
「……頭を冷やせ」
晶がトリガーを引いた。
ドォォォォン!!
砲口から放たれたのは、白い閃光。
極限まで圧縮された液体窒素の塊が、音速を超えて空を裂き、ブレスを吐こうとしたバハムートの口内へと吸い込まれた。
ジュワァァァァァッ……!!!!
パキパキパキパキッ!!
爆発音ではない。何かが硬質に砕ける音が響き渡る。
1,500度の口腔内に、マイナス196度の冷気が直撃した瞬間。
『熱衝撃』が発生したのだ。
激しすぎる温度差により、竜の粘膜、鱗、そして骨格が急激な収縮を起こし、物理的に崩壊する。
「ギャッ……!? さ、寒いのじゃ!?」
バハムートの炎がかき消える。
それどころか、全身が瞬く間に白霜に覆われ、空飛ぶ氷像となってきりもみ回転しながら墜落していく。
ズドォォォォン!!
工場の裏山に、巨大なクレーターができた。
◇
数分後。墜落現場。
土煙が晴れたクレーターの中心には、巨大な竜の姿はなかった。
代わりに、ボロボロの服を着た「赤髪の幼女」が、膝を抱えて震えていた。
魔力を使い果たし、熱を逃さないように表面積の小さい人の姿、いわゆる「省エネモード」をとっているようだ。
「うぅ……寒い……。妾は……偉大なるバハムート……それなのに。」
幼女はガチガチと歯を鳴らし、涙目で晶を睨み上げた。
頭には小さな角、お尻からは赤い尻尾が生えている。
「き、貴様! よくも妾を! ……責任を取って温めるのじゃ!」
「……ハム? 美味しそうな名前なのだ」
晶の後ろから、銀髪のケモミミ少女――ポチが顔を出して涎を垂らす。
「ハムではないのじゃ! バハムートなのじゃ! ……おい犬! 貴様のそのモフモフを貸すのじゃ。温かそうなのじゃ!」
幼女が、本能的に熱源を求めてポチに飛びついた。
ポチのふさふさの尻尾に顔を埋める。
「わっ!? 離れるのだ! 冷たいのだこの猫!」
「猫ではない竜なのじゃ! あ、あったかぁい……♡」
ポチともみくちゃになりながら、とろけるような顔をするハム。
その時、晶の懐で冒険者カードが淡く光った。
ピロン♪
【称号獲得:竜殺し】
(……殺してないし、ただの害獣駆除なんだが)
晶は深いため息をつき、絡み合う二匹(?)の首根っこを無造作に掴んで持ち上げた。
「チッ、世話が焼ける。……そこにある食材で暖を取らせてやる」
晶は厨房からフライパンと魔道具を持ち出し、その場で調理を始めた。
冷蔵庫にあった「厚切りベーコン」を焼き、そこに瓶詰めの「激辛唐辛子パウダー」を、致死量レベルで振りかける。
ジュワァァッ!
刺激臭が立ち込め、ポチが「くちゅん!」とくしゃみをする。
「食え。『激辛厚切りベーコン』だ。代謝を上げて体温を戻す」
「こ、こんな毒々しい色の肉が食えるか……パクッ」
空腹と寒さに耐えかねたハムが、ベーコンにかぶりつく。
「!!?? 辛らぁぁぁいッ!! ……けど、熱い! 腹の底から火が点くようだ!」
カプサイシンの効果は劇的だった。
ハムの顔色が瞬く間に戻り、体からポッポと湯気が出る。
「うむ! 悪くないぞ人間! もっとよこせ!」
「アキラ、ボクも欲しいのだ!」
「お前には辛すぎるぞ」
ポチが無理やり一口食べ、直後に「ひーっ! 口から火が出るのだー!」と走り回る。
騒がしい現場を見下ろし、晶は冷ややかに告げた。
「……よし。今日からお前は『タマ』だ」
「タ、タマぁ!? 妾はハム……」
「ポチがいるならタマだろ。文句があるなら山に埋め戻すぞ」
「……タ、タマでいいぞ! だから早く次の肉を焼け!」
こうして晶は、最強の称号と、最強のストーブを手に入れたのだった。
第2章・全69話まで完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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