第42話:襲来? いいえ、採掘です
「……風呂に入りたい」
『魔王城』の執務室で、結城 晶はペンを投げ出し、天井を仰いだ。
人工降雨で干ばつは去ったが、アステルの夏は依然として暑い。
連日の執筆活動と、拡大し続ける工場の経営判断。
晶の精神的疲労は限界に達していた。
この世界の狭い木桶で汗を流すだけでは、心の澱までは取れない。
「広い湯船で、足を伸ばして浸かりたい……。手足の指がふやけるまで、何も考えずに……」
「アキラ、お風呂入りたいの? 川に行く?」
ポチが足元で尻尾を振る。
「川もいいが、どうせなら『温泉』がいい。……実は、工場の地下に熱源反応があるんだ」
晶は机の引き出しから、地質調査のデータを引っ張り出した。
この工場は鉱山の近くに位置しており、地下深くにはマグマ溜まりの余熱と、水脈が交差するポイントが存在する。
つまり、掘れば出るのだ。
「掘るぞ。ここに『天然温泉』を作る」
「温泉!? あの、王都の貴族しか入れない幻のお湯ですか!?」
それを聞きつけたボルスたちが、色めき立って集まってくる。
この世界で温泉は、一部の特権階級だけが独占する極上の娯楽であり、ステータスだ。
「おう。従業員の福利厚生だ。……やるぞ」
晶の号令で、男たちの目がギラリと光った。
◇
工場の裏庭。
そこには、空を突くような高さの「鉄骨のやぐら」が組まれていた。
「社長、準備完了です! 『魔導掘削機』、いつでも回せます!」
テオが興奮気味に叫ぶ。
晶が設計したその装置は、建設現場で培った足場技術を応用し、先端に『アダマンタイト』でコーティングしたドリルビットを装着したものだ。
動力源には、『雷の魔石』を直列で繋ぎ、ありえない回転力を生み出す。
「よし。……構成式展開。回転掘削」
晶がスイッチを入れた。
ギュイイイイイイイィィン!!!
鼓膜をつんざく高周波音と共に、ドリルが高速回転を始める。
アダマンタイトの刃が岩盤に食い込み、大地を削り取っていく。
ズズズズズズ……!!
地面が小刻みに震え始めた。
地下数百メートルへ向かって突き進むドリルの振動は、やがて低い地鳴りとなって周囲に響き渡った。
「な、なんだこの音は……!?」
「地面の下から、何かが呻いているぞ!」
遠く離れたアステルの街でも、市民たちが不安そうに地面を見つめていた。
その重低音はまるで、地底に封じられた巨獣の寝息のようだった。
「……来たな」
数時間後。
ドリルから伝わる振動が変わった。
固い岩盤を突き抜け、水脈に到達した感触。
「総員、退避ッ!!」
晶が叫ぶと同時に、ドリルを引き抜く。
その直後だった。
ドッゴォォォォォォォン!!!
掘削孔から、凄まじい轟音と共に、真っ白な柱が空へ向かって噴き上がった。
高さ数十メートルに達する、超高圧の蒸気と熱湯。
間欠泉だ。
シュウウウウウ……!!
吹き上がった蒸気が、上空の風に煽られ、巨大な白い蛇のようにうねる。
夕暮れの逆光を浴びて輝くその姿は、あまりにも神々しく、そして恐ろしかった。
「あぁ……! あれは……!」
その光景を見たフローラが、腰を抜かして空を指差した。
「予言書にあった通りですわ……! 地底の怒りが極限に達し、封印されし『白き竜』が目覚めたのです……!」
「しゃ、社長が竜を掘り出したぞーッ!!」
ボルスたちもパニックになる。
白煙の柱は、まさしく天に昇るドラゴンの姿そのものだった。
◇
同時刻。王都ルミナの王城にて。
「な、なんだあれは!?」
バルコニーに出ていたルミナ国王が、遠方のアステル領上空に立ち昇る「白い柱」を目撃して戦慄した。
「方角は……魔王城か!?」
「へ、陛下! 大変です! 予言書の第二章によれば、『地底より白き竜が目覚めし時、文明は煙と共に消え失せる』とあります!」
宰相が顔面蒼白で本を差し出す。
「なんということだ……。賢者アキラは、ついに世界のリセットボタンに手をかけたのか……!?」
国王は手すりを握りしめ、膝から崩れ落ちた。
これはただ事ではない。国家存亡の危機だ。
「止めねばならん! いや、鎮めねば!」
国王が叫ぶ。
「全軍、直ちに出撃せよ! ただし攻撃は厳禁だ! 全力で土下座し、賢者様の機嫌を取るのだ!」
「貢物を忘れるな! 国庫を空にしてでも持って行け!」
ルミナ王国軍、総動員。
さらに国境付近にいたマカバリ帝国軍も、異変を察知して動き出していた。
かつて敵対していた二大国の軍勢が、今、一つの目的、晶のご機嫌取りのために結集し、魔王城へと雪崩れ込もうとしていた。
◇
一方、震源地の工場では。
「ふぅ。いい湯加減だな」
晶は、雨のように降り注ぐお湯の温度を測って満足げに頷いた。
ほのかな硫黄の香りが漂う、極上の源泉だ。
「よし、風呂を作るぞ。……ボルス、コンクリートの準備だ」
「えっ? 風呂ですか?」
「当たり前だ。……『水和熱』を利用する」
晶は手早く岩を組み、そこに工場建設時と同じ技術で作った「超速硬コンクリート」を流し込んだ。
生石灰の発熱反応と、温泉自体の熱で、コンクリートは数時間でカチカチに固まり、立派な「大岩風呂」が完成した。
「……完成だ。これで今日の宴会は最高になるぞ」
「わーい! お風呂なのだ! 泳ぐのだー!」
ポチが服を脱ぎ捨てて一番乗りしようとする。
「こら、まだお湯が溜まってないぞ」
晶はポチの首根っこを掴んで止めた。
世界中が大パニックで集結しつつあることなど露知らず、晶たちはのんきに、アステル史上最大となる「大宴会」の準備を始めるのだった。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




