第41話:予言書? いいえ、娯楽小説です
『魔王城』の最上階にある執務室。
結城 晶は、魔導万年筆を置き、大きく伸びをした。
「……書けた」
机の上に積み上げられた原稿用紙の束。
ついに、長編小説が脱稿したのだ。
タイトルは『滅びの刻』。
王都を襲う大災害と、それに立ち向かう人々の群像劇を描いた、渾身のパニック・ファンタジーである。
「これを世に出す。……私の作家としての承認欲求を満たすために」
晶は目をぎらつかせた。
石鹸や化粧水で金は稼いだが、それはあくまで「生活費」。
本業は作家だ。自分の物語を誰かに読んでもらいたいという欲求は、金では満たせない。
「しかし社長、これをどうやって広めるんですか? 写本業者に頼むと、一冊作るのに金貨数枚はかかりますよ?」
テオが原稿の厚さを見て心配する。
この世界には活版印刷がなく、本は全て手書きの「写本」だ。そのため、本は貴族しか買えない超高級品となっている。
「手書きなどしない。……『印刷』する」
晶は白衣を翻し、工房へ向かった。
プレス機(活版)を作るのは大変だが、簡易的な「孔版印刷」なら、今ある材料ですぐに作れる。
「材料は、以前の社員旅行で採った『皇帝蜜の蝋』と、製紙作戦で作った『紙』だ」
晶は紙に薄く蜜蝋を引き、乾燥させて「原紙」を作った。
それをヤスリ板の上に置き、鉄筆でガリガリと文字を削っていく。
「……構成式展開。謄写版印刷」
鉄筆で削られた部分だけ蝋が剥がれ、微細な穴が開く。
その上から、万年筆用に開発した「没食子インク」を塗ったローラーを転がすと――。
「見てろ」
晶がローラーを一往復させる。
ジュワッ。
原紙の下に敷いた白い紙に、晶の書いた文字がくっきりと、一瞬で転写された。
「なっ……!?」
テオが眼鏡をずり落ちさせる。
「書く手間が……一瞬で!? しかも、何枚でも同じものが作れる……!?」
「原紙さえあれば、数百枚は刷れる。……やるぞ」
晶は黒薔薇騎士団を動員し、工場の一角を印刷所に変えた。
「回せェェェッ!!」
ボルスが巨大な輪転機もどきを回し、クロウが神速で紙をセットし、テオが風魔法でインクを乾かしながら製本する。
シュパパパパパッ!!
驚異的なスピードで、数百冊の「本」が量産されていく。
インクの匂いと紙の音が、工場内に充満する。
「す、すごい……! 知恵が、物語が、無限に増殖していく……! これぞ『知の複製』……!」
テオが刷り上がった本を抱きしめて震えている。
「よし。これをアステルの書店に並べる。価格は銀貨一枚(約1,000G)。庶民でも買える値段だ」
「社長……。これ、アステル中の識字率が上がりますよ……」
◇
数日後。王都ルミナの王城にて。
ルミナ国王の元に、シャルロットから一冊の本が献上された。
「陛下。アステルの賢者、アキラ様からの新刊ですわ」
「おお! 賢者の書か! さぞ深遠な知識が……む?」
国王は表紙のタイトルを見て首を傾げた。
『滅びの刻』。
不穏なタイトルだ。ページをめくると、そこには衝撃的な内容が記されていた。
第一章:王都炎上
第二章:黒き竜の目覚め
第三章:文明のリセット
「こ、これは……!!」
国王の手が震え、本を取り落とす。
宰相や騎士団長たちが慌てて拾い上げ、顔色を変えた。
「間違いありません……。以前、夜会で拾った『メモ』と内容が一致します!」
「やはり、あれはメモなどではなかった……。この本こそが、賢者が我々に警告しようとしていた『未来の予言書』の完全版なのだ!」
国王が玉座から立ち上がる。
「賢者は、パニックを避けるために、あえて『娯楽小説』という体裁をとって、我々に危機回避のヒントを与えてくれたのだ……! なんという深謀遠慮……!」
「陛下! 読んでください! 第五章に『防火帯の構築』と『竜の嫌う香草』についての記述があります!」
「これだ! これが対策だ! 直ちに全軍に通達! 予言書に従い、対竜装備と防火準備を整えよ!」
◇
一方、アステルの街では。
「おい、読んだか? あの本」
「ああ。すげぇリアルだったな……。まるで本当に見てきたみたいだ」
晶の本は、その面白さと安さも相まって、爆発的なベストセラーとなっていた。
しかし、読者たちの反応は、晶の予想とは少し違っていた。
「アニキ、大変だ! 追加注文が止まらねぇ!」
リナが悲鳴を上げて工場に飛び込んでくる。
「やった! 大ヒットか!」
「ヒットっていうか……みんな『防災グッズ』として買っていきやがるぞ?」
「は?」
晶は読者カード(感想文)を手に取った。
『震えが止まりません。避難経路を確保しました』
『神に祈ります。この本が作り話でありますように』
「……なんでだ? あとがきに『※この物語は作り話です』って書いただろ?」
「みんな言ってるぜ。賢者様が使う『フィクション』って言葉は、古代語で『回避不可能な運命』って意味だってな」
「言葉の意味が変わってる!?」
晶が頭を抱えていると、王都の方角から早馬が駆け込んできた。
「伝令! 王都近郊の山岳地帯にて、大規模な山火事が発生!」
「なっ!? 本当に!?」
「しかし! 騎士団が『予言書』に従って事前に防火帯を作っていたため、延焼は食い止められました! 人的被害はゼロです!」
伝令兵が晶の前で跪き、涙ながらに感謝を述べた。
「さらに、火事に驚いて地底から魔物が現れましたが、本に書かれていた弱点を突いて即座に討伐! 国王陛下より、賢者アキラ様に最大の感謝をとのことです!」
「…………」
晶は遠い目をした。
たまたまだ。山火事なんてよくあることだ。
だが、タイミングが良すぎた。
「さすが社長……。小説という形で未来を変えるとは……。やはり貴方は神の化身……」
テオとボルスが拝み始める。
(……ただのエンタメ小説だったのに)
こうして、晶のデビュー作は「国家認定の予言書」として歴史に残るベストセラーとなり、晶は「予言者」としての地位を不動のものにしてしまった。
おかげで次回作へのプレッシャーで、晶の胃に穴が空きそうになるのだが、それはまた別の話である。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




