第40話:霊薬? いいえ、生ビールです
「……ダメだ。耐えられねぇ」
『魔王城』の中庭にて。
元・重戦士のボルスが、ジョッキをテーブルに叩きつけた。
テーブルには、先ほど完成したばかりの「ベーコンとチーズ」が並んでいる。
香ばしい煙の香りと、凝縮された肉の旨味、そして絶妙な塩気。
それは間違いなく、アステルで一番美味い食べ物だ。
だが、だからこそ問題だった。
「このベーコンを食うと、猛烈に喉が渇く! なのに、この酒はなんだ!?」
ボルスが飲んでいるのは、街の酒場で買ってきた一般的なエールだ。
常温で、炭酸が弱く、独特の酸味がある。
食事には合うが、脂っこい燻製を洗い流すような「キレ」がない。
「ぬるい……。甘ったるい……。燻製のインパクトに負けている……」
元・暗殺者のクロウも、不満げに杯を揺らす。
最高のツマミがあるのに、それに合う酒がない。これはある意味、拷問だった。
「社長! なんとかしてください! 俺の喉が『刺激』を求めて暴動を起こしそうです!」
(……まあ、そうなるわな)
結城 晶もまた、同じ渇きを感じていた。
風呂上がりの浴衣、そして燻製。
ここまで揃って、酒がないのは画竜点睛を欠く。
「……待ってろ。とっておきを出してやる」
晶は倉庫の奥にある「氷室」へと向かった。
そこには、以前の冷却実験以来、密かに仕込んでおいた樽が眠っている。
「通常のエールは常温で発酵させるが、こいつは違う。氷室の中で、5℃前後の低温でじっくりと発酵・熟成させた『下面発酵』だ」
低温で酵母を活動させることで、雑味が消え、クリアで爽快な味わいになる。
さらに、樽の中には高圧の炭酸ガスが封じ込められている。
晶は樽を中庭に運び出し、さらに以前(防犯砂利の回)出た廃ガラスを溶解して作った「透明なジョッキ」を人数分用意した。
「酒なのに……透明な器?」
「色は味の一部だ。見てろ」
晶は樽のコックをひねった。
シュワワワワ……!!
勢いよく注がれる液体は、透き通るような「黄金色」。
そして、その上にふんわりと乗る「純白の泡」。
泡と液体の比率は、黄金比の3対7。
冷気でジョッキの表面が曇り、水滴が垂れる。
見ただけで「冷たい」とわかるそのビジュアルに、男たちが息を呑んだ。
「飲め。これが『科学の味』だ」
晶が配ると、ボルスが震える手でジョッキを掴んだ。
冷たい。氷を持っているかのような冷気が、指先から伝わってくる。
「い、いただきます……!」
ボルスは大きく口を開け、黄金の液体を一気に喉へ流し込んだ。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……。
喉仏が激しく上下する。
冷たさと、強烈な炭酸の刺激が、食道を駆け抜けていく。
「――ッ!!」
ボルスがジョッキを置き、天を仰いで叫んだ。
「くぁぁぁぁぁーーーーっ!!!」
「ボ、ボルス!?」
「なんだこれはぁぁ! 痛い! 喉が痛いほど弾ける! なのに冷たくて、苦くて、最高に美味ぇぇぇ!!」
クロウとテオも続く。
「……ッ! この『キレ』……! 口の中の脂が、一瞬で洗い流されていく……!」
「黄金の液体に、純白の雲……。これはただの酒じゃない、『天使の涙』だ……!」
男たちが次々と昇天していく。
その様子を見ていたフローラが、うっとりと頬を染めた。
「シュワシュワと弾ける無数の気泡……。あれが体内の澱みを浄化しているのですわ。アキラ様は、お酒の中に『浄化魔法』を封入し、魂を洗う『黄金の霊薬』を作り出されたのですね……!」
(ただの生ビールだ)
晶も自分のジョッキを煽る。
キンキンに冷えたビールが、乾いた体に染み渡る。
すかさず、燻製ベーコンを齧る。
肉の脂と塩気が口に広がり、それをまたビールで流し込む。
「……完璧だ」
無限ループの完成だ。
「アキラ! ズルいのだ! ボクも飲むのだ!」
ポチが晶の服を引っ張る。
「お前は子供だから酒はダメだ」
「やだやだ! シュワシュワしたいのだー!」
「仕方ないな。……ほらよ」
晶は、サイダーの技術を応用し、リンゴ果汁を炭酸で割った「特製アップルタイザー」を渡した。
「わぁ! 金色なのだ! いただきまーす!」
ゴクゴク。
「ぷはぁーっ! お鼻がツンツンするのだ! これも魔法のお水なのだー!」
ポチも一緒に乾杯に参加し、工場の夜は更けていく。
「社長! おかわり!」
「燻製が足りねぇ! 肉を持ってこい!」
黒薔薇騎士団の宴会は、夜明けまで続いた。
翌日。
アステルの郊外に「魔王城に行けば、疲れを一瞬で吹き飛ばす『黄金の霊薬』が飲み放題らしい」という噂が流れ、ただでさえ高い工場の求人倍率が、さらに跳ね上がることになった。
(……まあ、従業員の福利厚生としては悪くないか)
二日酔いの頭を押さえつつ、晶は「飲みすぎ注意」の貼り紙を作るのだった。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




