第4話:聖水? いいえ、サイダーです
【第4話あらすじ】
猛暑の喉を潤すため、晶は重曹とクエン酸で「冷えた炭酸水」を錬成! その未知の刺激に感動するリナたちだが、ポチが放った盛大な「ゲップ」が、なぜか「体内の悪霊を追い出す奇跡」と勘違いされてしまい……?
「あー……。ダメだぁ」
『よろずや 結城』の店内で、リナがテーブルに突っ伏して呻いた。
手には木のコップが握られているが、中身は空だ。
「どうした。水分補給は大事だと言ったはずだぞ」
「水がぬるいんだよぉ……。井戸水も汲み置きしてるとすぐお湯になっちまう。こんな蒸し暑い日は、もっとこう、喉が痛くなるくらい冷たくて、シュワッとするような刺激的なヤツが飲みてぇんだよ……」
リナが贅沢な悩みを吐露する。
横にいるフローラも、扇子でパタパタと顔をあおぎながら、気だるげに同意した。
「そうですわね。王都の貴族が嗜むという、発泡性の高級葡萄酒……あれくらい爽快な飲み物があれば、このまとわりつくような暑さも耐えられるのですが」
(……炭酸、か)
カウンターの奥で帳簿をつけていた結城 晶の手が止まった。
晶自身も、この世界の「常温の水」や「気の抜けたエール」には飽き飽きしていたところだ。
前世、風呂上がりに飲んだ強炭酸の刺激。あの喉を焼き切るような爽快感が、無性に恋しい。
「……シュワッとするやつ、作ってやるよ」
「マジかアニキ!?」
リナがガバッと顔を上げた。
「ただし、ぬるい炭酸水なんて気の抜けたビール以下だ。まずは『冷却』からやるぞ」
晶は白衣を翻して立ち上がり、店の奥から調理器具を取り出した。
用意したのは、大きさの違う二つの鍋だ。
「アキラ、またご飯作るの?」
床で伸びていたポチが、気配を察知して尻尾を振る。
「飲み物だ。……さて、ここで使うのは、先日の実験で余ったこれだ」
晶が取り出したのは、あの「地竜の涙」だった。
「ひぃっ!? アニキ、まさか飲み物に糞尿を入れる気か!?」
リナがガタガタと震え上がる。
「入れるわけないだろ。……よく見てろ」
晶は大きい方の鍋に水を張り、そこに大量の尿素結晶を投入した。
「吸熱反応」。
水温が一気に下がり、鍋の表面が結露し始める。
そして、その氷水の中に、飲むための浄水が入った小さい方の鍋を浮かべた。
「直接混ぜず、外側から熱を奪う。これが『間接冷却』だ」
金属製の鍋は熱伝導率が高い。
外側の強烈なマイナスエネルギーにより、内側の飲み水は瞬く間にキンキンに冷えていく。
「な、なるほど……! 肥料に触れることなく、その冷気だけを抽出する……。これは結界魔術を応用した『断熱の氷棺』の儀式ですね!」
フローラが感心して頷く。
晶は無視して次の工程に移った。
「十分に冷えたな。……ここからが本番だ」
晶は小鍋の冷水に、砂糖を溶かし込む。
そして、小瓶から取り出した「二種類の白い粉」を構えた。
「それも肥料か?」
「いや。こっちはドワーフの鉱山で採れる『発泡石の粉末』。そしてこっちは、酸味のある果実を煮詰めて結晶化させた『黄酸の結晶』、要するに「クエン酸」だ」
どちらも、掃除や料理に使われるありふれた素材だ。
だが、この二つが出会う時、劇的な反応が起きる。
晶のアイスブルーの瞳が、分子レベルの結合を見据えた。
「……構成式展開。中和反応・ガス生成」
ヒュンッ。
晶の指先から、青白い光の粒子が溢れ出す。
炭酸ガス(CO2)の分子構造式が、幾何学模様となって鍋の上空に浮かび上がった。
「……反応開始!」
晶は二つの粉を同時に鍋へ投入した。
その瞬間。
シュワワワワワワワッ!!
静かだった水面が、突如として猛烈に泡立ち始めた。
鍋の底から無数の気泡が湧き上がり、パチパチと弾ける音が響く。
それはまるで、見えない精霊たちが水面でダンスを踊っているかのようだった。
「うおっ!? 水が沸騰したぞ!?」
リナがのけぞる。
「いえ、湯気が出ていません! 冷たいまま沸き立っていますわ!?」
フローラが目を丸くする。
火にかけてもいない冷水が、激しく暴れ回る光景。
それは異世界の人々にとって、異常事態以外の何物でもなかった。
「静かなる水が、何かに呼応して踊り狂っている……。これは水の精霊たちが喜びの舞を踊っているのですわ! アキラ様、この水に一体どんな魔法を!?」
「ただの化学反応だ。ガスが発生してるだけだから、早く飲まないと気が抜けるぞ」
晶は手際よく透明なガラスのコップに注ぎ分け、三人に差し出した。
液体の中で、キラキラと気泡が立ち上り、涼しげな音を立てている。
「ど、毒じゃねえよな……? いただきます!」
リナがおそるおそる口をつけ、一気に煽る。
「んぐっ、んぐっ……っかぁーっ!!」
リナがカッと目を見開いた。
「なんだこれ!? 喉がチクチクする! 痛てぇけど、すげぇ冷たくて気持ちいい! なんだこの爽快感は!?」
「まあ、なんて刺激的な……。お口の中で、小さな精霊たちがパチパチと一斉攻撃してきますわ……!」
フローラも頬を染めて感動している。
砂糖の甘みと黄酸結晶の酸味、そして発泡石由来の微かな塩気が、汗をかいた体に染み渡る。
いわゆる「手作りレモンサイダー」の味だ。
「ボクも! ボクも飲むのだ!」
ポチが待ちきれずにコップを奪い取り、ゴクゴクと一気飲みした。
「んぷっ! ……あわあわ! お口がびっくりしてるのだ! でも甘くて美味しいのだー!」
ポチは空になったコップを掲げて満面の笑みを浮かべた。
だが、急いで炭酸を胃に流し込んだ代償は、すぐにやってきた。
ポチの顔色が、すっと真顔になる。
「……んぐっ」
「ポチ?」
「……げっぷぅ」
ケロロロロ……。
ポチの小さな口から、カエルの鳴き声のような、可愛らしくも長いゲップが放たれた。
体内から押し出されたガスが、音となって響く。
店内が一瞬、静まり返る。
「はうっ!?」
ポチが慌てて両手で口を押さえ、顔を真っ赤にして縮こまった。
乙女(?)としてあるまじき失態。
しかし、フローラの反応は違った。
彼女は胸の前で手を組み、涙ぐみながらポチを見つめていた。
「おお……! なんという奇跡……!」
「え? 奇跡?」
晶が眉をひそめる。
「見ましたか、今のを! ポチちゃんの体から、ドス黒い『澱み』が音を立てて吐き出されました! あれこそ、体内に巣食う悪しき霊が浄化された証!」
フローラはキラキラした目で、晶の作った炭酸水を指差した。
「この聖なる水は、口の中で弾ける精霊の力で邪気を洗い流し、外へと追い出す……まさに『退魔の聖水』だったのですね! さすがアキラ様、教会も裸足で逃げ出す御業ですわ!」
「すげぇ! 飲むだけで除霊ができるのかよ! これ教会に売ればボロ儲けだぞアニキ!」
リナまで興奮し始めた。
(……ただの生理現象なんだが)
晶は深い溜息をついた。
炭酸ガスが逆流しただけの現象が、まさか「悪霊退散」と解釈されるとは。
「アキラ、アキラ! もう一杯飲むのだ! もっと飲んで、もっとキレイになるのだ!」
ポチがコップを突き出してくる。
どうやら「ゲップ=悪いものが出た=スッキリした」と体感的に納得したらしい。
「はいはい。あんまり飲むと、今度はお腹が膨れて晩飯が入らなくなるぞ」
「それは困るのだ! お肉の場所は空けておくのだ!」
ポチは慌ててコップを引っ込めた。
夕暮れ時の『よろずや 結城』。
涼やかな炭酸の音と、ポチの可愛らしいゲップ(除霊)の音が、平和に響き渡るのだった。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




