第39話:儀式? いいえ、燻製です
アステルの夏は、残酷なまでに暑かった。
『魔王城』の食料庫では、悲劇が起きていた。
「アキラぁ……。お肉が……変な匂いがするのだ……」
ポチが涙目で訴える。
彼女の鼻先にあるのは、ほんの少し色が変わり始めた豚肉だ。
氷室は既に、アイスクリーム用材料と、シャルロットへの献上品で満杯だった。あふれた食材は、この猛暑で瞬く間に傷んでしまう。
「食べられないのだ……。勿体ないのだ……」
「仕方ない。……常温でも腐らないように『加工』するか」
結城 晶は、白衣の袖をまくった。
食材の廃棄は、貧乏学生出身の晶の「もったいない精神」が許さない。
「加工? 干し肉にするんですか? この湿気じゃカビますよ?」
テオが心配そうに言う。
「干すんじゃない。『いぶす』んだ」
晶は中庭に指示を飛ばした。
「ボルス! 製紙作戦で出た、『木材チップ』の残りはどこだ?」
「へい! 廃材置き場に山積みになってやすぜ!」
「それだ。全部持ってこい」
あれは、ただの木材ではない。
以前伐採した「魔木」のチップだ。
魔力を帯びた木材は、燃やすと独特の甘い香気を含んだ煙を出す。
これぞ異世界版のサクラやヒッコリー、すなわち最高級の『香木』だ。
晶は巨大な木箱を組み立て、その中に塩漬けにした豚肉、チーズ、そして煮玉子を吊るした。
下段にトレントのチップを敷き詰め、火をつける。
「……構成式展開。燻煙加工・殺菌コーティング」
チップが不完全燃焼を始め、木箱の中からモクモクと白煙が立ち上る。
煙に含まれるフェノール類やアルデヒド類が、食材の水分を抜き、殺菌し、表面をコーティングする。
これぞ、人類最古の保存技術――燻製だ。
しかし、その光景はあまりに異様だった。
時刻は深夜。
工場のあちこちに塗られた「蓄光塗料」が、幽霊のように青白く発光し、中庭を照らし出している。
その中心には、煙を吐き出す不気味な箱と、それを囲む漆黒の装束の男たち。
「……おい、見たか?」
夜勤のテオが、隣にいたフローラに耳打ちする。
「社長、肉を煙攻めにしてますよ……。水分を強制的に抜き去っている……」
「ええ……。あれはただの調理ではありませんわ」
フローラが戦慄の表情で、揺らめく煙を見つめる。
「魂の抜けた肉体に、煙の精気を吹き込み、腐敗という自然の摂理を拒絶させる……。あれは古代の禁呪、『死体保存の儀式』ですわ……!」
「なっ!? 死体保存……ミイラ作りですか!?」
「死してなお、肉体を現世に留めるとは……。社長は死者の王の力もお持ちだったのか……」
元・暗殺者のクロウが、畏怖の念を込めて呟く。
彼らの勘違いによって、ただのベーコン作りが「不死の軍団生成実験」へと格上げされていく。
◇
翌朝。
「完成だ」
晶が木箱の扉を開けた。
ブワッ……!
あふれ出る香ばしい煙。
その奥から現れたのは――。
「おお……! 黄金色だ……!」
ボルスが喉を鳴らす。
赤茶けた生肉は、艶やかな「飴色」に変わり、脂が宝石のように輝いている。
チーズも卵も、煙の魔法にかかり、深い色合いを帯びていた。
「食ってみろ」
晶がナイフで切り分け、ボルスに差し出す。
ボルスは恐る恐る、「蘇った肉」を口に運んだ。
ガリッ。ジュワッ。
「……ッ!?」
ボルスの動きが止まる。
表面はカリッと香ばしく、中は凝縮された肉の旨味が爆発する。
鼻に抜けるスモーキーな香り。噛むたびに溢れ出る脂の甘み。
「う、うめぇぇぇッ!! なんだこの深みは! 生の時より何倍も美味くなってやがる!」
「本当ですか!? ……んぐっ! 美味しい! チーズも濃厚になっています!」
テオもクロウも、夢中で貪り食う。
保存食どころではない。これは至高の「珍味」だ。
「わふーっ! アキラ! ボクも食べるのだ! お肉お肉ーっ!」
ポチが尻尾をブンブン振って飛びついてくる。
晶はベーコンの端切れを放ってやった。
「はぐっ! ……ん〜っ! 美味しいのだ! 大人の味がするのだー!」
ポチが満面の笑みを浮かべる。
だが、次の瞬間。
「……でも、なんか喉が渇くのだ。お水ー!」
ポチが水桶に走る。
そう、燻製は塩分が強く、水分が抜けているため、強烈に喉が渇くのだ。
「はぁ……。水じゃねえんだよなぁ」
ボルスが切なそうに天を仰いだ。
「この塩気と香り……猛烈に『酒』が欲しくなる味だ! しかも、ぬるいエールじゃダメだ! もっとガツンとくる、冷たくてキレのある酒が……!」
「ああ……。喉をシュワッと洗い流したい……」
従業員たちが、見えない「幻の酒」を求めて悶え始める。
最高のツマミが完成してしまったせいで、既存の酒では満足できない体になってしまったのだ。
(……確かに、これにはビールだな)
晶も無性に飲みたくなってきた。
風呂上がりの浴衣、そして燻製。
ここまで揃って、酒がないのは画竜点睛を欠く。
「……作るか。『ラガービール』を」
晶の言葉に、男たちの目が野獣のように光った。
こうして、黒薔薇騎士団と晶の魂の渇きを潤すため、至高の「黄金の霊薬」の開発が、工場の最優先事項として決定したのである。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




