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第38話:夜の戦闘服? いいえ、浴衣です

魔王城せっけんこうじょう』の夜は、まとわりつくような湿気と熱気に支配されていた。


「もう! 我慢できないわ! 暑すぎるーっ!」


宿直室で、セシリアが悲鳴を上げた。


彼女は貴族仕様のフリル付きネグリジェの襟元を、バサバサと団扇であおいでいる。


「汗でレースが張り付いて気持ち悪いし、チクチクするし……。こんな蒸し風呂じゃ、お肌のゴールデンタイムが台無しよ!」


「贅沢言うなよ。あたいなんて革鎧だぞ?」


夜間警備担当のリナが、ボリボリと背中を掻きながら入ってくる。


防犯上、軽装とはいえ鎧を脱ぐわけにはいかず、その背中は汗疹あせも地獄だ。


「……同感だ。限界に近い」


工場長の結城 晶(ゆうき あきら)もまた、執務机でぐったりとしていた。


男装を維持するための「さらし」。


それが吸った汗が逃げ場を失い、胸元を高温多湿の亜熱帯気候に変えている。


このままでは、執筆どころか皮膚がふやけてしまう。


「風通しが良く、汗を吸い、締め付けのない服……。作るか」


晶は決意を込めて立ち上がった。


「えっ? 服を作るの? 社長、裁縫もできるんですか?」


「設計は私がやる。縫うのは……彼らだ」



翌日。工場の一角が、戦場のような縫製工場と化した。


「……見切った」


シュパパパパッ!!


元・暗殺者のクロウが、目にも止まらぬ速さで針を動かしている。


残像が見えるほどの運針。縫い目はミシンのように正確で、狂いがない。


「縫い目に隙がない……! これぞ神速の裁縫術!」


彼ら黒薔薇騎士団の手先の器用さは、こういう時にも遺憾なく発揮される。


晶が用意させたのは、吸水性と速乾性に優れた「木綿」の反物だ。


「いいか。この服の極意は『直線断ち』だ」


晶は黒板に設計図を描いた。


布を無駄に曲線で裁断せず、直線だけで構成されたシンプルなT字型。


体型を選ばず、帯一本で調整でき、脇の下(身八つ口)が開いているため通気性も抜群だ。


「名前は『浴衣ゆかた』。湯上がりや寝間着に使う、究極のリラックスウェアだ」


「へぇ……。構造は単純だけど、なんか粋だねぇ」


リナが感心して布を撫でる。


さらに晶は、染色にもこだわった。


「女性陣のは、虫除け効果のある『タデ藍(インディゴ)』で染める。目にも涼しい色だ」


「俺たちのはどうしますか、社長?」


「お前たちは……これだ」


晶は、制服の染色にも使った『鉄漿水かねみず』を指差した。


「黒ですか! さすが社長、わかってらっしゃる!」


ボルスたちが歓喜の声を上げる。彼らにとって黒は、忠誠の色だ。



その日の夕方。


完成した浴衣を全員で着て、工場の縁側で夕涼みをすることになった。


打ち水をされた石畳を、涼やかな風が吹き抜ける。


「わーい! 涼しいのだ! お腹も楽ちなのだー!」


ポチが下駄をカラコロと鳴らして走り回る。


彼女のは、足跡マークが散りばめられた特別仕様のミニ浴衣だ。


帯の代わりに兵児帯へこおびをふわふわに結んであり、愛らしさが爆発している。


「どうかしら? ……似合う?」


セシリアとフローラ、リナも姿を現した。


セシリアは藍色の生地に白百合の柄。


リナは活発な向日葵ひまわり柄。


そしてフローラは、白地に艶やかな撫子なでしこ柄だ。


「うわっ……」


晶は思わず目を逸らした。


風呂上がりの火照った肌。濡れた髪から滴る雫。


そして、うなじから帯へと続く、無防備でなだらかな曲線。


コルセットで締め上げたドレスとは違う、抜け感のある色気が凄まじい。


「皆様、素敵ですわ。……アキラ様も」


フローラが頬を染めて見つめる先には、漆黒の浴衣を粋に着流し、団扇うちわであおぐ晶の姿があった。


黒い生地が、透き通るような白い肌と鎖骨を際立たせ、その姿は完全に「深窓の美少年」だ。


だが、その後ろには――。


「「「押忍!!」」」


同じく黒い浴衣を着たボルスやクロウたちが、腕組みをして仁王立ちしていた。


黒地に銀の薔薇紋。懐手をして睨みを効かせるその姿は、どう見ても「極道の集会」か「武闘派浪人集団」である。


「ふぅ……。風が通って気持ちいいな」


晶が冷えた麦茶を飲んでくつろいでいると、工場の正門が開いた。


「ごめんあそばせ! 暑中見舞いに来ましてよ!」


上客のシャルロットだ。


どうやら、噂の「天界の雲(アイス)」を目当てに来たらしいのだが――。


カチャン。


彼女は、縁側でくつろぐ晶たちの姿を見て、扇子を取り落とした。


「な……な、なんですのその格好は……!?」


シャルロットの目が、フローラの胸元や、晶のチラリと覗く足首に釘付けになる。


「布地は一枚だけ……? しかも、帯を一本引けば全てが解ける構造……?」


シャルロットの脳内CPUが、貴族社会の常識でフル回転する。


(あえて防御力を捨て、隙を見せることで想像力を掻き立てる……。湯上がりの湿り気を帯びた肌と、隠しきれない艶……。これはただ涼むための服ではありませんわ!)


シャルロットは戦慄した。


「これは……殿方を確実に仕留めるために開発された、『夜の決戦装備ナイト・コンバット・ドレス』ですわね!?」


「は?」


晶がぽかんとする。


「恐ろしい……。アキラ様は『美』だけでなく『誘惑ハニトラ』の技術まで極めておられるとは……! 私のドレスなど、この『計算された無防備さ』の前では何の意味も成しませんわ!」


「いや、ただの寝間着なんだが……」


「素晴らしいわ! 私にも一着作ってくださいませ! 王都の夜会で流行らせましょう!」


シャルロットは聞く耳を持たず、強引にオーダーを通して帰っていった。


(……まあ、楽だからいいか)


晶は諦めて団扇を仰いだ。


鈴虫の鳴き声と、風鈴の音。


日本の夏のような風景の中で、黒い集団だけが異様な存在感を放っていた。


こうして、アステルの貴族女性たちの間で「セクシーなルームウェア」として浴衣が大流行し、後に王都の夜の社交界を席巻することになる。


晶の『静かな執筆生活』は、またしても『殺到する注文』によって遠のいてしまったのである。

第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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