表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/61

第37話:アイスクリームは天にも昇る味

「あづい……。もう、無理なのだ……」


魔王城せっけんこうじょう』の休憩所。


床には、銀色の毛玉――ポチが、熱で溶けたバターのように液状化して広がっていた。


「だらしねぇぞポチ。……と言いたいとこだが、こりゃキツイな」


リナもテーブルに突っ伏し、ぴくりとも動かない。


自慢の漆黒の鎧を脱ぎ捨て、黒いアンダーウェア姿になった黒薔薇騎士団の面々も、死んだ魚のような目で天井のファンを見上げている。


人工降雨で干ばつは去ったが、夏の本気はこれからだった。


ボイラーや蒸留器が稼働する工場内は、熱気が籠もり、サウナのような暑さになっている。


「社長……。この暑さでは、集中力が持ちません。検品ミスが出る前に、ラインを止めるべきかと……」


テオが眼鏡を曇らせ、ふらつきながら進言する。


士気の低下は生産性の低下に直結する。


工場長である結城 晶(ゆうき あきら)は、白衣の襟をパタパタさせながら決断を下した。


「……休憩だ。精をつけるぞ」


「精って言ってもよぉ。こんな暑い時に、熱い肉とか食いたくねえぞ?」


「肉じゃない。『冷菓デザート』だ」


晶は倉庫から、氷室の氷を木桶いっぱいに運ばせた。


さらに、近くの牧場から仕入れた『新鮮な牛乳』と『卵黄』、そして『氷蜜糖(アイス・シロップ)』を用意する。


「氷菓子か? かき氷なら、削ってる端から溶けちまうぞ」


「氷は食わん。……冷やすのに使うんだ」


晶は木桶の中に砕いた氷を敷き詰め、そこに大量の『塩』を投入した。


「はぁ? 塩なんか入れたら、しょっぱくなるだろ!?」


リナが驚くが、晶は無視してザクザクとかき混ぜる。


「『凝固点降下』だ。氷に塩を混ぜると、氷が溶けるスピードが加速し、その際に周囲の熱を強制的に奪う。」


ただの氷水なら0度止まりだが、塩を飽和するまで混ぜることで、その温度はマイナス20度近くまで急降下する。


現代の冷凍庫並みの寒気だ。


ピキピキ……ッ。


木桶の側面が白く凍りつき、冷気が可視化された白い霧となって溢れ出す。


「うわっ、冷たっ!? 桶の周りに霜が降りてるぞ!」


ボルスが桶に触れて悲鳴を上げる。


晶はその極寒の桶の中に、牛乳・卵・砂糖・バニラエッセンスもどきを混ぜたカスタード液入りの金属ボウルをセットした。


「ここからは体力勝負だ。ボルス、クロウ、テオ。交代でこのボウルの中身をかき混ぜろ」


「混ぜるだけでいいんですか?」


「ああ。ただし、空気を抱き込ませるように、素早く、絶え間なくな。結晶を砕き、滑らかにするんだ」


「御意!」


騎士団の連携プレーが始まった。


「フンッ! フンッ! フンッ!」


ボルスの剛腕が唸り、泡立て器が残像を残す。


パワーで強制的に撹拌かくはんされる液体は、冷気によって徐々に粘度を増していく。


「交代だ。……高速回転(ハイスピード・スピン)


クロウが目にも止まらぬ速さで引き継ぐ。


暗殺者の精密動作性が、微細な氷の粒さえも許さず、クリーム状に練り上げていく。


「温度管理はお任せを! 極寒の風(ブリザード・ブレス)!」


テオが桶の周囲に冷風を送り、吸熱反応をサポートする。


マイナス20度の冷気の中で、男たちの熱い筋肉と魔法が交錯する。


液体は空気を含んで膨らみ、ふんわりとした固形物へと変化していく。


「お、おおお……!? 固まってきたぞ!」


「液体が……白い雲になった!?」


仕上げに、香り付けのバニラエッセンスもどきを数滴。


甘い香りが爆発的に広がる。


完成したのは、真っ白で滑らかな「手作りバニラアイス」だ。


「完成だ。……食ってみろ」


晶が器に盛り付け、全員に配る。


ポチが一番に飛びついた。


「いただきまーす! ……あむっ」


スプーンを口に入れた瞬間。


ポチの動きが止まった。


ルビー色の瞳が、これ以上ないほど大きく見開かれる。


「…………!!」


「どうしたポチ? 冷たすぎたか?」


「あまーい! 冷たーい! ……ふわふわなのだ!」


ポチが叫んだ。


「氷なのにガリガリしないのだ! お口の中でトロ〜って消えちゃうのだ! これは『雲』なのだ! ボクは今、空を食べているのだー!」


「雲だと? 大げさな……パクッ」


リナも一口食べる。


「なっ……!? なんだこりゃあぁぁ!?」


リナがのけぞる。


「美味ぇぇぇ! 濃厚なミルクと卵の味がするのに、後味は氷みたいにさっぱりしてやがる! なんだこの滑らかさは!? 王様でも食ったことねぇんじゃないか!?」


「信じられません……」


フローラが、白いアイスをスプーンですくって震えている。


「氷魔法で凍らせただけでは、この食感は出せません……。これは氷の精霊が織りなす『天使の羽衣』……。雲を切り取り、甘露で味付けして地上に降ろすなんて……。アキラ様は、天空の食卓さえも再現されるのですね……」


(ただのアイスだっつの)


晶も一口食べる。


労働の後の糖分と冷たさが、脳みそに染み渡る。


やはり、夏はこれに限る。


「社長! おかわりを!」


「俺にもくれ! 体の中から力が湧いてくるようだ!」


黒薔薇騎士団の面々が、我先にと列を作る。


かつて戦場で血を浴びていた強面たちが、今は口の周りを白くして、少年のように目を輝かせている。


「わふーっ! おかわりなのだ! 樽ごと食べるのだー!」


ポチが空の器を差し出す。


「こら、腹を壊すぞ。一日一個までだ」


「ええ〜っ! ケチなのだー!」


その日以来、工場の休憩時間には「天界の雲(アイス)」が振る舞われるようになり、従業員の士気はカンストした。


さらに。


「あそこの工場で働けば、天界の食べ物が食べられるらしい」


という噂が街中に広まり、ただでさえ高い求人倍率が、さらに跳ね上がることになったのである。

第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援していただけると嬉しいです!


第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ