第37話:アイスクリームは天にも昇る味
「あづい……。もう、無理なのだ……」
『魔王城』の休憩所。
床には、銀色の毛玉――ポチが、熱で溶けたバターのように液状化して広がっていた。
「だらしねぇぞポチ。……と言いたいとこだが、こりゃキツイな」
リナもテーブルに突っ伏し、ぴくりとも動かない。
自慢の漆黒の鎧を脱ぎ捨て、黒いアンダーウェア姿になった黒薔薇騎士団の面々も、死んだ魚のような目で天井のファンを見上げている。
人工降雨で干ばつは去ったが、夏の本気はこれからだった。
ボイラーや蒸留器が稼働する工場内は、熱気が籠もり、サウナのような暑さになっている。
「社長……。この暑さでは、集中力が持ちません。検品ミスが出る前に、ラインを止めるべきかと……」
テオが眼鏡を曇らせ、ふらつきながら進言する。
士気の低下は生産性の低下に直結する。
工場長である結城 晶は、白衣の襟をパタパタさせながら決断を下した。
「……休憩だ。精をつけるぞ」
「精って言ってもよぉ。こんな暑い時に、熱い肉とか食いたくねえぞ?」
「肉じゃない。『冷菓』だ」
晶は倉庫から、氷室の氷を木桶いっぱいに運ばせた。
さらに、近くの牧場から仕入れた『新鮮な牛乳』と『卵黄』、そして『氷蜜糖』を用意する。
「氷菓子か? かき氷なら、削ってる端から溶けちまうぞ」
「氷は食わん。……冷やすのに使うんだ」
晶は木桶の中に砕いた氷を敷き詰め、そこに大量の『塩』を投入した。
「はぁ? 塩なんか入れたら、しょっぱくなるだろ!?」
リナが驚くが、晶は無視してザクザクとかき混ぜる。
「『凝固点降下』だ。氷に塩を混ぜると、氷が溶けるスピードが加速し、その際に周囲の熱を強制的に奪う。」
ただの氷水なら0度止まりだが、塩を飽和するまで混ぜることで、その温度はマイナス20度近くまで急降下する。
現代の冷凍庫並みの寒気だ。
ピキピキ……ッ。
木桶の側面が白く凍りつき、冷気が可視化された白い霧となって溢れ出す。
「うわっ、冷たっ!? 桶の周りに霜が降りてるぞ!」
ボルスが桶に触れて悲鳴を上げる。
晶はその極寒の桶の中に、牛乳・卵・砂糖・バニラエッセンスもどきを混ぜたカスタード液入りの金属ボウルをセットした。
「ここからは体力勝負だ。ボルス、クロウ、テオ。交代でこのボウルの中身をかき混ぜろ」
「混ぜるだけでいいんですか?」
「ああ。ただし、空気を抱き込ませるように、素早く、絶え間なくな。結晶を砕き、滑らかにするんだ」
「御意!」
騎士団の連携プレーが始まった。
「フンッ! フンッ! フンッ!」
ボルスの剛腕が唸り、泡立て器が残像を残す。
パワーで強制的に撹拌される液体は、冷気によって徐々に粘度を増していく。
「交代だ。……高速回転」
クロウが目にも止まらぬ速さで引き継ぐ。
暗殺者の精密動作性が、微細な氷の粒さえも許さず、クリーム状に練り上げていく。
「温度管理はお任せを! 極寒の風!」
テオが桶の周囲に冷風を送り、吸熱反応をサポートする。
マイナス20度の冷気の中で、男たちの熱い筋肉と魔法が交錯する。
液体は空気を含んで膨らみ、ふんわりとした固形物へと変化していく。
「お、おおお……!? 固まってきたぞ!」
「液体が……白い雲になった!?」
仕上げに、香り付けのバニラエッセンスもどきを数滴。
甘い香りが爆発的に広がる。
完成したのは、真っ白で滑らかな「手作りバニラアイス」だ。
「完成だ。……食ってみろ」
晶が器に盛り付け、全員に配る。
ポチが一番に飛びついた。
「いただきまーす! ……あむっ」
スプーンを口に入れた瞬間。
ポチの動きが止まった。
ルビー色の瞳が、これ以上ないほど大きく見開かれる。
「…………!!」
「どうしたポチ? 冷たすぎたか?」
「あまーい! 冷たーい! ……ふわふわなのだ!」
ポチが叫んだ。
「氷なのにガリガリしないのだ! お口の中でトロ〜って消えちゃうのだ! これは『雲』なのだ! ボクは今、空を食べているのだー!」
「雲だと? 大げさな……パクッ」
リナも一口食べる。
「なっ……!? なんだこりゃあぁぁ!?」
リナがのけぞる。
「美味ぇぇぇ! 濃厚なミルクと卵の味がするのに、後味は氷みたいにさっぱりしてやがる! なんだこの滑らかさは!? 王様でも食ったことねぇんじゃないか!?」
「信じられません……」
フローラが、白いアイスをスプーンですくって震えている。
「氷魔法で凍らせただけでは、この食感は出せません……。これは氷の精霊が織りなす『天使の羽衣』……。雲を切り取り、甘露で味付けして地上に降ろすなんて……。アキラ様は、天空の食卓さえも再現されるのですね……」
(ただのアイスだっつの)
晶も一口食べる。
労働の後の糖分と冷たさが、脳みそに染み渡る。
やはり、夏はこれに限る。
「社長! おかわりを!」
「俺にもくれ! 体の中から力が湧いてくるようだ!」
黒薔薇騎士団の面々が、我先にと列を作る。
かつて戦場で血を浴びていた強面たちが、今は口の周りを白くして、少年のように目を輝かせている。
「わふーっ! おかわりなのだ! 樽ごと食べるのだー!」
ポチが空の器を差し出す。
「こら、腹を壊すぞ。一日一個までだ」
「ええ〜っ! ケチなのだー!」
その日以来、工場の休憩時間には「天界の雲」が振る舞われるようになり、従業員の士気はカンストした。
さらに。
「あそこの工場で働けば、天界の食べ物が食べられるらしい」
という噂が街中に広まり、ただでさえ高い求人倍率が、さらに跳ね上がることになったのである。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




