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第36話:効率10倍?晶の筆記具革命

魔王城せっけんこうじょう』の最上階にある執務室。


そこは、結城 晶(ゆうき あきら)にとっての聖域・書斎だ。


ガリッ……。


静寂な部屋に、硬質な音が響く。


晶は苛立ちを隠そうともせず、手に持っていた羽ペンをインク壺に乱暴に突っ込んだ。


「……チッ。またインク切れか」


羊皮紙の上には、書きかけの原稿が広がっている。


だが、思考が乗ってきた瞬間にインクが尽き、補充の動作で集中力フローが断ち切られる。


おまけに、ボタリと垂れたインクの雫が、苦労して書いた行を黒く塗りつぶした。


「遅い。思考の速度に、道具がついてこれない」


転移前の職業がライトノベル作家だった晶にとって、筆記具の性能は死活問題だ。


アイディアはナマモノだ。


その思考を素早く文字に書き留めておかなければ、その創造性はすぐに消えてなくなってしまうからだ。


この世界の羽ペンは風情があるが、実用性は最悪だ。インク保持量は少なく、ペン先はすぐに摩耗する。


「やむを得ん、作るか。『万年筆』を」


晶は汚れたペンを放り投げ、白衣を翻して立ち上がった。



晶は工房に籠もった。


材料は、これまでの冒険と生産活動で手に入れた「余り物」たちだ。


「まずは心臓部、ペン先だ」


取り出したのは、高圧タンクの製造過程で出た『ミスリル』の端材。


ミスリルは錆びず、適度な弾力があり、インク馴染みも良い。万年筆の素材としては、ゴールド以上の最高級品だ。


晶はミスリルを薄く延ばし、その先端に、以前『採掘権』を行使して鉱山から安く仕入れておいた『アダマンタイト』の粉末を溶着させた。


これが、紙との摩擦に耐えうる強靭なペンポイントになる。


そして、最も重要な工程。


晶は拡大鏡を覗き込み、極細の工具を構えた。


「……構成式展開。毛細管現象・流路形成キャピラリー・アクション・チャネル


ペン先の中心に、髪の毛一本分ほどの「スリット」を入れる。


この微細な隙間が、インクを重力と表面張力で吸い寄せ、紙に触れた瞬間だけ適量を供給する。


インク壺に浸す必要はなく、タンクが空になるまで永遠に書き続けられる魔法の機構だ。


「次はインクだ。普通のすすインクじゃ詰まる」


晶が用意したのは、黒染めの工程で使った『黒樫の瘤』(タンニン源)と、鉄クズ、そして粘り気を出すための『粘液樹の樹液(ガム・シロップ)』だ。


これらを化学反応させると、最初は鮮やかな「青色」をしているが、紙に書いて空気に触れると酸化して「漆黒」に変化し、紙に定着する特殊なインクができる。


古典的だが最強の保存性を持つ「没食子もっしょくしインク」、通称ブルーブラックだ。


「ボディは……これにするか」


晶は、蓄光塗料の材料である『光る苔石(ルミナス・ストーン)』を削り出し、半透明の軸を作った。


インクの残量が透けて見えるうえに、暗い場所でも手元が青白く光る。


無駄にゲーミング仕様だが、深夜執筆のテンションは上がるはずだ。


「完成だ。……名付けて『魔導万年筆』だ!」



試し書きの時間だ。


晶は製紙作戦で作った、真っ白な「上質紙」を広げた。


青白く発光するペンを構え、紙に走らせる。


サアァァァ……。


紙の上を滑るような、極上の書き味。


カリカリとした抵抗感スクラッチは皆無だ。


インクはファウンテンの如く途切れることなく溢れ出し、思考をそのまま文字へと変換していく。


「……これだ。この感覚だ」


晶の脳内で、止まっていた物語が堰を切ってあふれ出した。


手が勝手に動く。ゾーンに入った作家を止めるものは何もない。


そこへ。


「ごめんあそばせ! アキラ様、追加の『薔薇の雫』の発注に……」


上客であるシャルロットが、護衛を引き連れて執務室に入ってきた。


だが、彼女はその光景を見て、言葉を失った。


「な……なんですの、あれは……!?」


薄暗い部屋で、青白く光る「杖」を握る晶。


その手元から、信じられない速度で文字が生成されている。


インク壺には一度も触れていない。なのに、文字は無限に紡がれていく。


「青い……? いえ、黒く変わっていきますわ!」


シャルロットが驚愕する。


書かれた直後の文字は、透き通るような「青色」。


だが、数秒後には空気に触れて、歴史を刻み込むような「漆黒」へと変色しているのだ。


同行していたフローラが、震える声で解説を始めた。


「あれはただの筆記具ではありません……。使用者の脳内にある『知恵』と『魔力』を直接吸い上げ、青き魔力水インクへと変換し、世界に物理的に固定、黒色化しているのです……!」


「知識を……インクに変えていると!?」


「ええ。インク切れなどありえません。アキラ様の知恵が尽きぬ限り、あの杖は言葉を紡ぎ続けるでしょう。あれこそは伝説の神器、『叡智の杖(ワイズマン・ロッド)』に違いありません!」


「す、素晴らしい……!」


シャルロットの目が、宝石を見た時以上に輝いた。


彼女は領主の代行として、日々膨大な書類仕事に忙殺されている。


インクをつける手間がなく、スラスラと書けるあの杖があれば、仕事の効率は何倍になるだろうか。


「アキラ様!!」


「うおっ!?」


執筆に没頭していた晶は、背後からガバッと抱きつかれてペンを滑らせた。


原稿に青い線が走る。


「そ、その杖! 『叡智の杖』を私に譲ってくださいませ! 言い値で買いますわ!」


「は? いや、これは私の趣味で作った試作品で……」


「金貨100枚じゃ足りなくて? ならば鉱山の権利をもう一つ……」


(……また作るの面倒だけど、背に腹は代えられないか)


晶は、新たな鉱山の採掘権と引き換えに、完成したばかりの万年筆を手放した。



数日後。


王都ルミナの文官や宰相たちの間で、一本の「ペン」が奪い合いになっていた。


「これを持つだけで、仕事が三倍速くなるらしいぞ!」


「使うと賢者様の知恵が乗り移るそうだ!」


「文字の色が変わる瞬間、未来が確定するらしい!」


ただの万年筆なのだが、「持つだけで賢くなれる」という尾ひれがつき、ルミナ王国の新たな名産品となってしまったのだ。


一方、工場では。


「アキラ! 遊ぶのだ! ペンばっかりいじってズルいのだ!」


「こらポチ、インクに触るな! 落ちないぞ!」


量産型の万年筆を調整していた晶の元に、ポチが突撃してきた。


インク壺が倒れ、ポチの手が真っ青に染まる。


「わーい! ボクの手も青くて黒いのだ! 闇の力なのだー!」


インクまみれになったポチが、晶の真っ白な原稿用紙に「小さな手形」をペタペタと押し始めた。


青から黒へと変わっていく手形を見ながら、晶は天井を仰いだ。


「……私の執筆環境が整う日は、いつになるんだ」


結局、晶が静かに執筆できる日は、まだまだ遠そうである。

第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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