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第35話:聖なる灯り? いいえ、蓄光石です

深夜の『魔王城せっけんこうじょう』に、悲鳴が響き渡った。


「きゃぁぁぁっ!!」


ガシャーン!


何かが盛大に倒れる音。


宿直室で執筆中だった結城 晶(ゆうき あきら)は、ペンを置いてため息をついた。


「……今度はなんだ」


現場に向かうと、トイレの前の廊下で、元エリート研究員(せいそうがかり)のセシリア・オルコットがひっくり返っていた。


足元には、転倒した拍子に撒き散らしたモップとバケツが転がっている。


「い、痛たた……。もう! 暗すぎるのよこの工場!」


セシリアが涙目で抗議する。


「油を扱う工場で『松明ほのお』は危なくて使えないし、魔石ランプは高価すぎて数が足りないし……。トイレに行くだけで命がけじゃない!」


「確かに。夜間警備の効率も悪いな」


晶は頷いた。


工場は24時間体制ではないが、発酵タンクの温度管理などで夜勤が発生する。


それに、先日舗装した真っ黒なアスファルト道路は、夜になると闇に溶け込んでしまい、足元が見えなくて危険だ。


「火を使わず、魔力も消費せず、朝まで光り続ける照明……。作るか」


「はぁ? そんな都合のいい道具、あるわけないでしょ?」


「あるさ。……材料は、裏山にある」



翌日。


晶は、ルミナ国王から得た採掘権を行使し、鉱山から大量の石を運ばせた。


薄暗い場所でぼんやりと光る、緑色の苔が生えたような石だ。


「これは『光る苔石(ルミナス・ストーン)』だな」


「ただの石ころじゃないですか。微かに光ってますけど、照明にするには暗すぎますよ」


テオが石をつつく。


これは硫化亜鉛を含んだ鉱石だ。このままでは暗いが、手を加えれば化ける。


「こいつを粉砕して、不純物を取り除く。そこに……これだ」


晶が取り出したのは、小瓶に入ったキラキラした粉末。


以前、人工降雨の実験で作った残りの『銀の粉』だ。


「銀を混ぜて、高温で焼き上げる。すると、光を蓄える性質が劇的に強化される」


いわゆる「活性化剤」の添加だ。


さらに晶は、出来上がった発光パウダーを、スライム作りに使った『粘液樹の樹液』と混ぜ合わせた。


完成したのは、ドロリとした「乳白色のペンキ」だ。


「アキラ、これなーに? トロトロして美味しそうなのだ!」


「食うなよ。これは『光るペンキ』だ」


「光る!? お星様みたいになるのだ!?」


ポチの目が輝く。


彼女は黒い作業用つなぎの背中を晶に向けた。


「アキラ! ボクも光りたいのだ! 背中の『薔薇マーク』を塗ってほしいのだ!」


「はいはい。じっとしてろよ」


晶はポチのつなぎの背中に刺繍された「銀の薔薇」の上から、蓄光塗料を丁寧に塗り重ねた。


ついでに、従業員たちが持つガラス瓶の内側にも塗りたくり、「簡易ランタン」を大量生産した。


「よし、塗るぞ」


晶の指示で、黒薔薇騎士団じゅうぎょういんたちがハケを手に取った。


工場内の廊下の壁、階段の段差。


そして外に出て、真っ黒なアスファルト道路の両端に、長く白いラインを引いていく。



そして、日没。


太陽が沈み、あたりが完全な闇に包まれた時――その現象は起きた。


「お、おおおお……ッ!?」


見回りのボルスが唸り声を上げた。


昼間の太陽光をたっぷり吸い込んだ塗料が、一斉に励起れいきし、光を放ち始めたのだ。


ボゥゥゥゥ…………。


その色は、幽霊のように蒼白く、どこか幻想的な「青緑色」。


工場の壁が、床が、淡い光のラインで浮かび上がる。


そして外を見れば、森の闇を切り裂くように、青白い「光の道」がどこまでも続いていた。


「すげぇ……! 火がないのに燃えてるぞ!」


「熱くない……。冷たい光だ……」


従業員たちが、ガラス瓶のランタンを掲げて驚愕する。


その光景を見て、フローラが胸の前で手を組んだ。


「まあ……! 地上に天の川が降りてきたようですわ……!」


フローラの瞳に、青い光が映り込む。


「星の光を地上に留め、石に封じ込める……。これは失われた星空の魔法『星光の欠片スターライト・フラグメント』……! アキラ様は、夜の闇さえもご自身の庭に変えてしまうのですね!」


(……ただの蓄光塗料なんだけどな)


晶は心の中で訂正しつつ、満足げに頷いた。


これで夜間の移動も安全だし、魔石代も要らない。


しかし、問題はその「見え方」だった。


「異常なし! 次のエリアへ向かう!」


漆黒の装備に身を包んだ黒薔薇騎士団が、青白く揺らめくランタンを提げ、光る道路を一列になって行進している。


そしてその先頭には――。


「わーい! ボクも光ってるのだ! ピカピカなのだー!」


真っ黒なつなぎを着たポチが走っていた。


闇夜の中、つなぎの黒色は風景に溶け込み、背中に塗られた「青白く光る薔薇の紋章」だけが、空中に浮いてユラユラと動いているように見える。


その姿は、遠くから見れば完全に――。


「ひぃぃッ! で、出たぁぁぁ!」


工場の資材を狙って忍び込んだ泥棒が、その光景を見て腰を抜かした。


「ひ、人魂だ! 青白い魂の塊が、列をなして歩いている!」


闇夜に浮かぶ無数の青い火の玉。それを統率する黒い影たち。


そして、先頭を走る「光る鬼火を背負ったナニカ」。


それはまさに、冥府から蘇った死者たちの行進、『百鬼夜行』そのものだった。


「助けてくれぇぇ! 魂を持ってかれるぅぅ!」


泥棒は悲鳴を上げ、泡を吹いて気絶した。


「……防犯効果もバッチリだな」


晶は倒れた泥棒を見下ろし、冷ややかに呟いた。

ポチは泥棒の顔を覗き込み、「この人、なんで寝てるのだ?」と不思議そうに尻尾を振っていた。



一方、工場の中。


「わぁ、明るいわ! これならトイレも怖くないわね!」


セシリアが喜んでトイレの鏡の前に立った。

しかし。


「ギャァァァァッ!!」


凄まじい悲鳴が響き渡った。


「ど、どうしたセシリア!?」


晶たちが駆けつけると、セシリアがへたり込んでいた。


「か、鏡に……鏡に、死人が映ったのよぉぉぉ!」


「……あー」


晶は鏡を見た。


青白い蓄光の光は、人間の肌を土気色に見せ、唇を紫色に見せてしまう。


鏡に映っていたのは、青白く発光する部屋の中で、死人のような顔色をした自分自身だったのだ。


「……ドンマイ」


「慰めになってないわよバカァ!」


こうして、『魔王城』は「夜な夜な死者の魂が集う場所」として、アステル最恐の心霊スポットに認定されることになった。


ポチだけは「ボク、お星様なのだ!」と気に入って、毎晩光りながら走り回っていたという。


第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援していただけると嬉しいです!


第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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