第34話:地獄への道? いいえ、アスファルトです
「……進めませんわ」
アステル侯爵家の令嬢、シャルロットが扇子で口元を覆い、憂鬱そうに溜息をついた。
彼女の乗る豪華な馬車が、工場のかなり手前で立ち往生している。
車輪の半分が、粘り気のある泥に飲み込まれていた。
「ぬかるみが酷すぎて、これ以上は車輪が取られてしまいます。せっかくの『薔薇の石鹸』を受け取りに来ましたのに……」
「申し訳ありません、お嬢様」
出迎えた結城 晶は、泥だらけのブーツを見下ろして頭を下げた。
原因は明白だ。先日、晶がぶっ放した「人工降雨」である。
干ばつは解消されたが、乾ききっていた土壌に猛烈な雨が降ったことで、工場へと続く未舗装の獣道は、底なしの沼地と化していた。
「これじゃあ、物流もままならないな」
晶は白衣の裾を払いながら、思考を巡らせる。
物流の停止は、工場の死を意味する。
それに、せっかくの快適な引きこもりライフも、外出するたびに泥にまみれていては台無しだ。
「……舗装するか」
「舗装? 石畳を敷くのかい? それだと石切りだけで数ヶ月はかかるぞ」
現場監督のドワーフ、ガンテツが呆れたように首を振る。
「石は敷かない。……『塗る』んだ」
晶はシャルロットに向き直った。
「お嬢様、少し時間をいただけますか? 工事を行いますので、あちらの木陰でお待ちください」
「工事? この泥沼をどうにかできるのですか?」
「ええ。科学魔法の力で」
晶はフローラに目配せし、即席のティーセットを用意させた。
シャルロットは半信半疑ながらも、優雅にパラソルを開いて見物することにした。
◇
「総員、配置につけ! 道路建設を開始する!」
晶の号令一下、黒薔薇騎士団が動き出した。
まずは「路盤」作りだ。
「テオ! 泥の水分を飛ばせ!」
「はい! 温風・乾燥!」
テオが風魔法で泥道を乾燥させる。
そこに、ボルスたちが大量の「砕石」を敷き詰めていく。
「オラァァァッ!!」
ボルスが巨大な「円柱形の石」を鎖で引きずりながら突進する。
人間ロードローラーによる「転圧」だ。
砕石が地面に食い込み、カチカチに締め固められた強固な土台が出来上がる。
「よし、路盤完成。……次は本番だ」
晶は資材置き場からあるものを運ばせた。
ドワーフの鉱山から安値で引き取った、ドロドロとした黒い粘液が入った樽の山だ。
「げぇっ……! 旦那、まさか『燃える黒泥』を使う気か!?」
ガンテツが鼻をつまんで後ずさる。
鉱山の奥深くから湧き出る、厄介な泥。
火をつけると黒煙を上げて燃え続け、一度服につくと二度と取れない。
この世界では「呪われた泥」として忌み嫌われる産業廃棄物だ。
「こいつは臭いし、扱いにくいゴミだぞ!」
「燃やすんじゃない。『煮る』んだ」
晶は巨大な鉄釜を用意させ、そこに「黒泥」と、大量の「砂利」、そしてつなぎとなる「石灰の粉」を投入した。
下から火を焚き、グツグツと煮込む。
「うっ……! く、臭い……!」
乾燥担当のテオが涙目になる。
硫黄とタールが混じったような、鼻が曲がる悪臭が立ち込める。
「まるで……腐った魂を地獄の業火で煮詰めているようだ……」
「いい出汁(?)が出てるな。……施工開始だ!」
晶のアイスブルーの瞳が、釜の中の混合物の粘度を見極める。
「……構成式展開。加熱混合・転圧舗装」
晶の合図で、黒薔薇騎士団たちが動いた。
熱々の黒いドロドロを、固めた路盤の上にぶちまける。
ジュウゥゥ……!
それを、屈強な男たちがトンボのような道具で手早く平らにならしていく。
「仕上げだ! ボルス、もう一回だ!」
「任せろぉぉぉッ!!」
再び人間ロードローラーが走り抜ける。
ズズズズズ……ッ!!
ボルスの怪力と石の重みによって、黒い混合物が路盤に押し固められ、一体化していく。
冷えると同時に硬化し、そこには従来の「土の道」とは似ても似つかない、異質な光景が出現した。
◇
数時間後。
アステル郊外の森の中に、「定規で引いたような真っ黒な帯」が出現していた。
継ぎ目がなく、光を吸い込むような漆黒の道。
それが森を切り裂き、『魔王城』の正門まで一直線に続いている。
木陰で紅茶を飲んでいたシャルロットが、カップを置いて立ち上がった。
「まあ……! なんて真っ直ぐで平らな……! まるで黒曜石の板を敷き詰めたようですわ!まさに永遠の平原!」
不意に立ち上がったシャルロットの胸が跳ねたのを晶は見逃さなかった。
「……ッ」
晶の肩もビクリと跳ねた。
悪気のない「平ら」という言葉が、鋭利な刃物となって晶の胸に突き刺さる。
(……永遠の平原……? いや、道路の話だ。落ち着け私、被害妄想だ)
晶が内心の動揺を必死に押し殺していると、足元からパリパリという音が聞こえた。
「んむっ、んむっ……。アキラ、どうしたのだ? 泣いているのだ?」
見下ろすと、ポチがマヨネーズせんべいにかじりつきながら、不思議そうに晶を見上げていた。
口の周りには食べカスがついている。
「……なんでもない。アスファルトの煙が目に染みただけだ」
「ふーん? 悲しいなら、半分あげるのだ」
ポチが食べかけのせんべいを差し出してくる。
その無邪気すぎる優しさが、今は逆に痛かった。
「お気遣いどうも。では、お嬢様、どうぞ」
晶はポチの頭を撫でて誤魔化し、シャルロットに恭しく手を差し伸べた。
馬車は泥から引き上げられ、黒い道の上に移動されていた。
「ありがとうございます。……では、試させていただきますわ」
シャルロットが馬車に乗り込み、御者が鞭を入れる。
車輪が回り出す。
「なっ……!? なんだこれは!?」
御者が驚愕の声を上げた。
いつもならガタゴトと激しい振動が伝わるはずが、今はまるで氷の上を滑っているかのように静かだ。
車輪が吸い付くように回り、音もなく進んでいく。
「まあ……! なんて静かなの……!」
車内では、シャルロットが再び紅茶を手に取っていた。
カップの水面は、鏡のように凪いでいる。一滴もこぼれない。
「魔法の絨毯のようですわ……! これなら、移動中も優雅に過ごせます!」
馬車は滑るように走り去り、あっという間に見えなくなった。
見送ったフローラが、完成した黒い道を見て、うっとりと頬を染めた。
「大地を黒く塗り潰し、凹凸という概念を消し去る……。これぞ『冥府の参道』……。選ばれし者のみが通れる、王の道ですわ!」
(ただのアスファルト舗装だ)
晶は心の中で訂正しつつ、満足げに頷いた。
これで物流は回復した。
黒くて熱を吸収しやすいので、冬場の雪解けも早いはずだ。
「ん? なんだこれ」
晶は、まだ完全に冷え切っていない道路の端に、奇妙な凹みを見つけた。
点々と続く、小さな足跡。
「あ! アキラ! ここはボクの道なのだ! なわばりなのだー!」
ポチが駆け寄ってくる。
その足元は、制服として支給された「子供サイズの安全靴」だ。
どうやら、固まる前にはしゃいで走り回ったらしい。
道路には、永遠に消えない「小さな靴跡」が刻まれてしまっていた。
「……こらポチ、道路に穴を開けるな」
「えへへ、スタンプ楽しかったのだ!」
「はぁ……。まあいい、滑り止めになるか」
晶は苦笑して、ポチの頭をくしゃりと撫でた。
こうして完成した『冥府の参道』は、その恐ろしい見た目とは裏腹に、「大陸で一番乗り心地が良い道」として、貴族たちのドライブコースや、商人たちの憧れのルートとして親しまれることになった。
ただし、道の端っこに点々と続く「小さな子供の足跡」だけは
「魔王城へ生贄として連れ去られた、子供の霊の足跡に違いない……」
という新たな怪談を生み出し、旅人たちに恐れられ続けるのであった。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




