第3話:災いの予感
ブゥン……
低い駆動音と共に、装置の隙間から銀色のカードがゆっくりと吐き出される。
晶は祈るような気持ちで――いや、もはや絶望に近い心持ちで、そこに刻まれた文字を確認した。
【名前】 ユウキ・アキラ
【種族】 人間
【職業】 ###### (文字化け)
【性別】 女
【称号】 永遠の平原
(ッ……!? 両方出てるじゃないかバカ野郎!!)
晶は心の中で絶叫した。
職業欄の文字化けなど、どうでもいい。
問題は下の二行だ。
性別バレ。これは晶がこの街で必死に積み上げてきた「クールなアニキ」としての地位の崩壊を意味する。
だが、それ以上に許せないのが称号だ。
永遠の平原。
このふざけた魔道具は、晶のささやかな胸(Aカップ)を、未来永劫成長しない不毛の大地だと認定しやがったのだ。
なんという高性能。なんという無慈悲。
「おっ、できたかアニキ! 見せてくれよ!」
リナが横からカードを覗き込もうとする。
見られたら終わる。
女だとバレる以前に、人としての尊厳が死ぬ!
晶は神速の動きでカードを鷲掴みにし、親指と人差し指で「性別欄」と「称号欄」を同時にプレスした。
「……だめだ」
晶の口から、地獄の底から響くような低い声が漏れた。
「えっ? なんでだいアニキ? なんでそんな変な持ち方して……」
「見るな」
晶は冷や汗を流しながら、必死にポーカーフェイスを作る。
今、晶の脳内CPUはフル稼働で言い訳を生成していた。
毒の解毒式を組んだ時よりも高速で。
「ここには……人の身では耐えられない『禁忌の情報』が記されている。お前のような一般人が見れば、精神が崩壊するかもしれない」
リナが息を呑む音が聞こえた。
足元では、ポチが不思議そうに首を傾げている。
「くんくん……? アキラ、なんか焦ってる匂いがするのだ。冷や汗の匂いなのだ」
「(しっ! 静かにしろポチ! 後でたっぷり肉をやるから!)」
晶の必死の形相を、リナは勝手に解釈した。
隠された性別……男でも女でもない、高次元の存在?
隠された称号……『魔神殺し』? それとも『世界を滅ぼす者』……?
「そ、そうだったのか……。アニキは、そんな業を背負って、人知れずあたいらを助けてくれてたんだな……」
リナの目から、ツーと涙が流れた。
晶は内心で突っ込む。
(なんでだよ)
「わかったぜアニキ……。あたい、一生聞かねえ! その指の下にある真実ごと、全部受け止めるぜ!」
「わふっ! ボクも受け止めるのだ! だから早くお肉よこすのだ!」
晶は深く安堵のため息をつきながら、カードをポケットの最奥部へとねじ込んだ。
二度と出さない。封印指定だ。
「……ああ、助かる。帰るぞ」
こうして、結城晶の伝説は幕を開けた。
目的は世界平和でも魔王討伐でもない。
ただ、科学の力でこの世界の不便さを解消し、静かで快適な「執筆環境」を手に入れたいだけなのに。
「アキラ〜、お腹すいたのだ〜。早く帰ってご飯にするのだ〜」
「アニキ! 今夜は宴会だな! 祝杯あげようぜ!」
「ふふっ。アキラ様の伝説の始まり……私がしっかりと記録書に残しておきますわ!」
……どうやら、静かな生活への道のりは、まだ少し遠そうである。
◇
「ふぅ……。とりあえず、最大の危機は去ったか」
晶が安堵のため息をつき、ギルドの重い扉を開けて外に出た、その瞬間だった。
ドロッ……。
「……ん?」
不快な湿気を帯びた生ぬるい風が、晶の頬を撫でた。
先ほどまで爽やかだったアステルの空気が、一変して「重く」なっている。
頭上を見上げれば、太陽がじりじりと殺意を持って石畳を焼き始めていた。
「はぁ……はぁ……。アキラ……なんか急に、息が苦しいのだ……」
足元で、ポチが急に元気をなくし、ぺたりと座り込んだ。
自慢の銀色の尻尾が、力なく地面に垂れ下がる。
「どうしたポチ。腹が減ったのか?」
「違うのだ……。空気が、重いのだ。……からだじゅうが暑いのだ……」
ポチが舌を出してぐったりとする。
晶の肌も、じっとりと嫌な汗を感じ始めていた。
それはただの「暑さ」ではない。晶の肌感覚が、異常な気圧配置と湿度の上昇を感知していた。
(……なんだ、このまとわりつくような熱気は。まるで、世界全体が『サウナ』に変わっていくような……)
晶は眉間にシワを寄せ、空を睨んだ。
だが、この時点ではまだ誰も気づいていない。
この街を、百年に一度と言われる『灼熱の超熱波』が襲おうとしていることに。
そしてそれが、晶の胸に巻かれた「さらし」にとって、ある意味ドラゴンよりも凶悪な敵となることを――彼女はまだ、知る由もなかった。




