第3話:死の呪文? いいえ、塩害です
【第3話あらすじ】
肥料の撒きすぎで裏庭がジャングル化! 絶望するリナを見かねた晶は、「即効性の除草剤」として大量の塩水を散布する。一瞬で植物を死滅させるその光景に「死の禁呪」と戦慄する一行だが、愛犬ポチだけは大歓喜で……?
「ぜぇ……はぁ……。もう、無理……腕が、ちぎれる……」
『よろずや 結城』の裏庭に、リナの荒い息遣いが響く。
剣の代わりに錆びた鎌を振るい続けた彼女の手は豆だらけになり、その表情は歴戦のボスモンスターと戦った後のように憔悴しきっていた。
だが、目の前の敵――「雑草」は、減るどころか増殖しているようにさえ見えた。
「なんでだよぉ! 刈っても刈っても、次から次へと生えてきやがる! アニキの撒いた肥料、効きすぎだろ!?」
「まあ、ドラゴンの排泄物は高純度尿素だからな。栄養価が規格外なんだろう」
店主の結城 晶は、軒先の木陰で冷えた麦茶を飲みながら、他人事のように言った。
昨日の「冷却パック実験」で裏庭に廃棄した尿素水。
それが引き起こした爆発的な植物成長は、裏庭を一夜にして「緑の魔境」へと変貌させていた。
「アニキぃ……。もう腕が上がらねえよ……。なんかこう、ドカンと一発で草を消し飛ばす魔法とかねえのかよ……」
リナが涙目で懇願する。
その横で、エプロン姿のフローラが悲痛な面持ちで胸の前で手を組んだ。
「いけませんわリナさん。草木もまた精霊の宿る生命。それを魔法で強引に消し去るなど、自然の摂理に反する行為……。そのような禁忌、慈悲深いアキラ様でもおいそれとは……」
「あるぞ」
「あるんですか!?」
晶は即答し、足元に置いてあった麻袋を持ち上げた。
ズシリと重いその袋には、真っ白な結晶がたっぷりと詰まっている。
「ちょ、アニキ。それ、昨日の肥料か? また撒く気か!?」
リナが警戒して後ずさる。
「違う。これは肥料の逆だ。植物から水分を強制的に奪い取り、細胞レベルで死滅させる『純白の粉末』だ」
「ひぃっ!? なにそのヤバそうな響き!」
晶は袋を開け、中身をバケツの水に大量投入した。
ザラザラ、ジャラジャラ。
常軌を逸した量を溶かし込んでいく。水底に溶け残りができるほどの飽和状態だ。
「こ、これは……」
フローラが青ざめた顔でバケツを覗き込む。
透明な液体に見えるが、底知れぬ重圧感がある。
「ただの水に見えますが……いえ、底知れぬ『渇き』を感じます。まるで、触れたもの全ての潤いを奪い尽くす、死の砂漠のような……」
「鋭いな。原理としてはその通りだ」
晶は淡々と混ぜ続ける。
作っているのは、ただの「超高濃度塩水」だ。
除草の民間療法として知られる「塩」。
植物細胞の水分を「浸透圧」で強制的に引き抜き、脱水症状で枯死させる荒療治だ。
ただし、土壌塩分濃度が上がりすぎて、その後しばらく何も生えなくなるため、現代日本ではあまり推奨されない「諸刃の剣」でもある。
(まあ、この裏庭なら別に何も生えなくていいだろ。どうせなら更地にして、増築用の資材置き場にでもするか)
晶は冷酷な判断を下し、白衣を翻して立ち上がった。
完成した特濃塩水を柄杓ですくう。
「下がれ。巻き込まれると肌がカピカピになるぞ」
「カピカピ!? やだ、あたいはまだ嫁入り前だぞ!」
リナとフローラが慌てて退避する。
晶はバケツを持ち上げ、ジャングルのような雑草地帯に向かって立った。
アイスブルーの瞳が、青々とした植物の細胞膜を見透かすように細められる。
「……構成式展開。細胞膜浸透圧・最大化」
ヒュンッ。
晶の周囲に、幾何学的な光の粒子――「立方体の結晶構造(NaCl)」の幻影が舞い上がる。
それはバケツの中の塩水と共鳴し、凶悪なまでの脱水能力を付与していく。
「……全細胞脱水!!」
バシャアァァァッ!!
晶が無慈悲に塩水をぶちまけた。
液体が雑草にかかった、その瞬間だった。
この異世界の雑草が塩分に弱かったのか、それともドラゴンの肥料で急成長した反動か。
メリメリ、ミシミシ……。
耳障りな音が響いた。
青々としていた葉が、見る見るうちに水分を失い、茶色く変色し、縮れていく。
細胞内の水分が外側の塩分濃度に引かれ、体外へと絞り出されていくのだ。
「ひぃっ……! 草が……悲鳴を上げている……!」
リナが耳を塞ぐ。
数分もしないうちに、生命力に溢れていた緑のジャングルは、茶色く乾いた「死の荒野」へと変貌した。
地面には白く塩が浮き出し、霜が降りたように輝いている。
「す、すげぇ……! 一瞬で枯れやがった……!」
リナが口をあんぐりと開ける。
フローラはその場に崩れ落ち、震える声で祈りを捧げ始めた。
「あぁ……なんという御業……。これは古代語魔法に伝わる『塩の柱』の呪い……! かつて栄華を誇った背徳の都を一晩で滅ぼし、草一本生えぬ不毛の大地へと変えたという伝説の禁呪を、アキラ様は行使されたのですわ!」
(……ただの塩害なんだけどな)
晶は心の中でツッコミを入れつつ、空になったバケツを置いた。
「塩を撒くと作物が育たなくなる」というのは、古代カルタゴの時代から伝わる焦土戦術だ。あながち間違いではない。
「ふぅ……。これで草むしりからは解放されるだろう」
「さすがアニキ! 一生ついていくぜ!」
リナが諸手を挙げて喜ぶ。
これで平和な日常が戻ってくる――そう思った時だった。
「くんくん……。むっ!?」
店の中から、銀色の毛玉が弾丸のように飛び出してきた。
お昼寝から目覚めたポチだ。
ピーンと立った三角耳が、獲物を探知してレーダーのように動いている。
「な、なにかいい匂いがするのだ! 昨日のオシッコ臭いのとは違う、もっと食欲をそそる匂いなのだ!」
ポチは一直線に、枯れ果てた「死の荒野」へと駆け寄っていく。
「おいポチ、やめろ! そこは死の世界だぞ!」
「入ったらミイラになりますわよ!?」
リナとフローラが止めるのも聞かず、ポチは塩の結晶で白くなった地面に鼻を近づけ――。
ペロリ。
「ああっ!? ポチちゃん!?」
フローラが悲鳴を上げる。
「死の呪い」に汚染された大地を舐めるなど、自殺行為に等しい。
即座に毒が回り、泡を吹いて倒れる――誰もがそう思った。
しかし。
「……んまーい♡」
ポチは巨大な尻尾をブンブン振って、恍惚の表情を浮かべた。
「しょっぱい! ちょうどいい塩加減なのだ! アキラ、これ美味しいのだー!」
ペロペロペロペロ!
ポチは一心不乱に、塩まみれの地面を舐め始めた。
獣人にとって、塩分は貴重な栄養源だ。
彼女にとってここは死の大地ではなく、巨大な「岩塩プレート」だったのだ。
「は……?」
リナとフローラが固まる。
「お、美味しい……? 死の呪いじゃなかったのか……?」
「いや、ポチ。地面を舐めるな。行儀が悪い」
晶がポチの首根っこを掴んで持ち上げる。
ポチは手足をバタつかせながら抗議した。
「離すのだアキラ! そこには無限に塩があるのだ! 昨日の干し肉につけて食べたいのだー!」
「……そうか。じゃあ今日の晩飯は、塩を振った肉にするか」
「わふっ! 本当か!? アキラ愛してるのだー!」
現金な犬である。
晶はポチを抱え、呆気にとられる二人を振り返った。
「そういうわけだ。……ちなみにこの場所は、今後一年は『草一本生えない不毛の地』になるから、そのつもりで」
「ひぃっ……! やっぱり呪いじゃねーか!」
リナのツッコミが、乾いた裏庭に虚しく響いた。
こうして『よろずや 結城』の裏庭は、雑草の悩みから解放されると同時に、家庭菜園の夢も絶たれ、代わりにポチ専用の「おやつ場(塩なめ場)」として活用されることになったのだった。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




