第26話:邪神像? いいえ、銅像です
アステルの街に恵みの雨が降ってから数日後。
街はかつてない復興景気に沸いていた。
「アキラ様! どうぞこちらへ!」
領主代行のシャルロットにエスコートされ、結城 晶は中央広場の特設ステージに立たされていた。
広場を埋め尽くす群衆。鳴り止まない歓声。
ルミナ国王も貴賓席でニコニコと手を振っている。
「……帰りたい」
晶は白衣のポケットに手を突っ込み、死んだ魚のような目をしていた。
今日は「雨乞い成功記念・大感謝式典」らしいが、目立つことが何より嫌いな晶にとっては、公開処刑以外の何物でもない。
「アキラ、いい匂いなのだ! 屋台がいっぱいなのだ!」
足元では、ポチが尻尾をブンブン振って、焼き鳥の屋台をガン見している。
この場の緊張感など微塵も感じていない平和な姿に、晶は少しだけ癒やされた。
「皆様! 我らが救世主、賢者アキラ様に永遠の感謝を込めて! ……除幕!」
シャルロットが高らかに宣言し、広場の中央に聳え立つ巨大な物体を覆っていた白い布が引かれた。
バサッ。
太陽の光を反射し、成金趣味全開の黄金色の輝きが周囲を圧する。
現れたのは、高さ5メートルを超える巨大な「銅像」だった。
「…………は?」
晶が絶句する。
その像は、白衣のようなローブを翻し、右手に聖杯を高々と掲げ、左手には分厚い紙束を大事そうに抱えている。
顔立ちは晶に似ているが、実物より2割増しで美化され、背中にはなぜか放射状の金属パーツまで背負っている。
そして足元には、凶悪な牙を剥き出しにした巨大な狼――美化された神獣フェンリルが、地獄の番犬の如く鎮座していた。
「……なんだあれは」
「私が監修しました!」
隣でフローラが胸を張った。
「アキラ様の神性を形にすると、こうなりましたの! 特にあの慈悲深くも冷徹な表情……。何度もリテイクを出した自信作ですわ!」
「誰が慈悲深いだ。どう見ても世界を滅ぼす『邪神像』だろ」
「あ! あのワンちゃん、強そうなのだ! ボクもあんなふうになりたいのだ!」
ポチが自分の像だとは気づかずに、目を輝かせて見上げている。
実物のポチは、晶の足にまとわりついて「ねぇねぇ」とスリスリ頬ずりをしている可愛い駄犬だというのに、像のフェンリルは完全にラスボスの風格だ。
「即刻撤去しろ! 恥ずかしすぎて死ぬ!」
晶が抗議するが、市民たちの熱狂にかき消された。
「ありがたやー!」「拝めば雨が降るぞ!」と、早くも賽銭を投げ込む者まで現れる始末だ。
◇
その日の深夜。
人っ子一人いない広場に、怪しい人影があった。
晶と、眠い目をこすりながらついてきたポチだ。
「ふわぁ……。アキラ、お散歩? ここで爪研ぎしていい?」
「そこらへんの木でやっとけ。……私は『仕事』だ」
晶は銅像を見上げ、ニヤリと笑った。
撤去してくれないなら、価値を下げてやるまでだ。
汚らしく錆びてしまえば、縁起が悪いと言って片付けられるに違いない。
晶が取り出したのは、霧吹きに入った液体だ。
以前、「酢」と「塩」を混ぜ合わせた特製液である。
「……構成式展開。強制緑青化処理」
シュッシュッ。
晶は液体を銅像全体にたっぷりと吹きかけた。
銅は、酸や塩分に触れると化学反応を起こし、表面に「緑青」と呼ばれる青緑色のサビを発生させる。
「通常なら数十年かかる経年変化だが……この薬剤を触媒とし、記述魔法で『反応速度』を極限まで高めれば、話は別だ」
晶の指先から放たれた青白い光が、薬剤と混ざり合い、銅像の表面を包み込む。
魔法と科学のハイブリッドによる、強制的な時間加速、風化の術が発動する。
「これでよし。明日の朝には、ボロボロの青カビまみれだ」
「アキラ、楽しそうなのだ。ボクもかけるのだー!」
ポチが真似をして、銅像の足元のフェンリル像に持っていた水筒の水をジョボジョボとかけようとする。
「やめろバカ! 色ムラができるだろ!」
晶はポチを小脇に抱え、満足げに帰路についた。
◇
翌朝。
「な、なんだこれはぁぁぁッ!?」
広場から悲鳴のような歓声が聞こえ、晶は「計画通り」とほくそ笑んで宿の窓を開けた。
しかし、そこに広がっていたのは予想外の光景だった。
金ピカで成金趣味だった銅像は、一夜にして「深く、荘厳な青緑色」に変色していた。
汚いサビではない。
芸術的なムラと深みを帯びたその色は、まるで「数千年の時を経てそこに立ち続ける古代遺跡」のような、圧倒的な重厚感と神秘性を放っていたのだ。
「見ろ! 一晩で千年の時を経たような色に!」
「賢者様は『時間』さえも操り、この像に歴史という重みを与えたのだ!」
市民たちが感動で震えている。
朝日を浴びて輝く緑青は、黄金よりも遥かに神々しく、アステルの街並みに馴染んでいた。
「青緑は豊穣と守護の色……。アキラ様は、この像を街の『守り神』に昇華させたのですわ……!」
フローラが涙ぐんで拝み始めた。
賽銭箱の前には、昨日以上の長蛇の列ができている。
(……なんでそうなる)
晶は膝から崩れ落ちた。
嫌がらせのつもりが、逆にアンティーク感を上げてしまったのだ。
「わーい! アキラの像、緑色でカッコいいのだ! お野菜みたいで美味しそうなのだ!」
ポチが晶の背中に飛び乗ってじゃれついてくる。
その無邪気な重みだけが、今の晶には救いだった。
「……もう知らん。好きにしろ」
晶はふて寝を決め込んだ。
こうして、アステルの広場には「一夜にして千年の時を超えた賢者の像」が鎮座することになり、後にルミナ王国を訪れる観光客にとって最大のパワースポットとして親しまれることになったのである。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




