第25話:雨乞い? いいえ、人工降雨です
交易都市アステルの空は、憎らしいほどに青く、乾ききっていた。
中央広場では、連日、国教である『聖光教会』の司祭たちが、祭壇を囲んで必死の形相で天に祈りを捧げていた。
「おお神よ! 慈悲の雨を! 迷える子羊たちに水をお与えください!」
しかし、太陽は無慈悲に照りつけ、大地を焦がすばかり。
「100年に一度の大干ばつ」。
川の水位は下がり、井戸は枯れ、農作物は全滅寸前だ。
民衆の目は死んでおり、いくら祈っても応えない教会に対して、失望の色が濃くなっていた。
「……全然降らねぇじゃねえか」
「神様なんて、俺たちを見捨てたんだ……」
そんな絶望が街を覆う中、郊外の『魔王城』もまた、創業以来の危機に瀕していた。
「社長、限界です……」
幹部のテオが、乾いた声で報告に来る。
「工場の用水路も干上がりました。洗浄用の水が確保できません。……本日をもって、製造ラインを停止します」
「……そうか」
結城 晶は、執務室でペンを置いた。
工場の停止は痛い。だが、それ以上に深刻なのは晶自身のコンディションだ。
暑すぎて思考がまとまらず、執筆に集中できない。このままでは、新刊を落とす。
「私の『執筆環境』を守るためだ。……雨を降らせるぞ」
「は? 雨……ですか? さっき教会が失敗してましたけど……」
「祈るからダメなんだ。……神が降らせないなら、私が引きずり下ろす」
晶は白衣を翻して立ち上がった。
その目は、締め切り前の作家のように血走っていた。
◇
工場の屋上。
そこには、空を睨むように異様な砲台が設置されていた。
かつてコンクリート注入に使った『ミスリル銀のタンク』を改造し、巨大な砲身を取り付けた「圧縮空気砲」だ。
「総員、対空戦闘用意!」
元・重戦士のボルスが吼える。
漆黒の制服を着た黒薔薇騎士団の面々が、汗だくになりながら砲台を固定している。彼らにとっても、この暑さは死活問題だ。
「社長、弾薬の装填、完了しました!」
元・暗殺者のクロウが、慎重に「銀色の粉末」が入った容器をセットする。
「中身はなんだ?」
「『ヨウ化銀』だ」
晶が解説する。
材料は二つ。
一つは、先日ルミナ国王との交渉で手に入れた採掘権を使って掘り出した「銀」。
もう一つは、以前クラーケン討伐の際に採取した「海藻」を焼き、その灰から抽出した『紫の海草石』――すなわち「ヨウ素」だ。
この二つを化学反応させて作った微粒子は、氷の結晶と構造が酷似している。
これを上空に散布することで、雲の中で氷の核となり、周囲の水蒸気を集めて強制的に雨粒を形成させる。
科学の雨乞い、『人工降雨』の種だ。
「テオ、風を読め! 上空3,000メートル、積乱雲の核を狙う!」
「はっ! 風魔法、探知モード……風向きよし! 湿気、充満しています!」
テオが杖を掲げ、見えない上空の風の道を可視化する。
工場の真上には、湿気を含んでいるのに雨にならない、じれったい雲が停滞していた。
「射角調整! 右へ2度、仰角45度!」
「オラァッ! 合わせたぜ!」
砲座についたボルスが、太い腕で砲身を強引に微調整し、発射レバーに手をかけた。
晶のアイスブルーの瞳が、風と雲の動き、そして計算式を重ね合わせる。
「……構成式展開。人工降雨核・拡散散布」
一瞬の静寂。
風が止まった、その瞬間。
「――今だ、撃てッ!!」
ドォォォォォォォン!!
晶の号令に合わせ、ボルスがレバーを引いた。
腹に響く砲声と共に、ミスリル砲から圧縮された空気弾が放たれた。
銀の種を含んだ砲弾は、音速を超えて空へと突き進み――。
パンッ!
遥か上空で炸裂し、目に見えない粒子を雲の中にばら撒いた。
「よし、散布確認。……おいポチ、危ないから下がってろと言っただろ」
晶が視線を落とすと、足元でポチが謎の動きを繰り返していた。
両手を挙げて、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「あーめ、あーめ、ふーれ、ふーれー! アキラのどかーん、あたーれー!」
「……何だそれは」
「雨乞いの舞なのだ! 神様に届くように踊ってるのだ!」
ポチは真剣な顔で、尻尾をブンブンと振り回している。
晶は呆れたように肩をすくめた。
(……神頼みはしない主義だが、まあ、賑やかしにはなるか)
晶は再び空へ向き直り、風魔法を使うテオに拡散の指示を出した。
その頃、砲撃の轟音は街の広場にも届いていた。
「な、なんだ今の音は!?」
「魔王城の方角だぞ! 賢者様が空を攻撃している!」
祈りを捧げていた司祭や民衆たちが、一斉に空を見上げる。
静寂。
照りつける太陽。
直後には、何の変化もないように見えた。
だが、数十分後。
ゴロゴロ……。
遠くで、獣の唸り声のような重低音が響いた。
白かった雲が、見る見るうちに灰色へ、そしてどす黒い鉛色へと変貌し、渦を巻き始める。
「く、雲の色が変わったぞ……!」
「風が……冷たくなってきた……」
そして。
ポツッ。
司祭の額に、冷たい雫が当たった。
ザーーーーーーーッ!!
次の瞬間、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨が、乾いた大地を叩いた。
「あ、雨だぁぁぁぁ!!」
「降った! 本当に降りやがった!」
民衆が歓喜の声を上げて踊り出す。
枯れかけた花が息を吹き返し、井戸に水が戻ってくる。
「ば、馬鹿な……!? 我々の祈りには応えなかったのに……!」
司祭が雨に打たれながら呆然と空を見上げる。
そこには、雨雲の下で黒い煙を上げる『魔王城』の砲台が、誇らしげに聳え立っていた。
◇
その光景を、アステル領主の館のバルコニーから目撃している人物がいた。
視察のために滞在していた、ルミナ国王である。
「信じられん……。空に向かって砲撃し、無理やり雨を降らせたというのか……?」
国王が震える手で雨を受ける。
それは恵みの雨だが、その発生方法はあまりに暴力的だ。
傍らに控えていた令嬢――シャルロットが、扇子で口元を隠して不敵に微笑んだ。
「ええ……。これは祈りや嘆願ではありませんわ陛下。『神への脅迫』ですわ」
シャルロットの瞳が、覇気を含んで輝く。
「教会は神に『お願い』をして、慈悲を待つだけ……。ですがアキラ様は違います。『雨を降らせないなら空ごと撃ち抜くぞ』と、天を脅して言うことを聞かせたのです」
シャルロットは雨に濡れるのも構わず、工場の方角へ熱っぽい視線を送った。
「無力な祈りの時代は終わりました。……これからは、天候さえも武力で支配する、アキラ様の時代ですわ……! なんて頼もしい支配者なのでしょう!」
街の広場では、誰かが叫んだ。
「教会の祈りより、賢者様の砲撃だーっ!」
「困った時は神様じゃない! 賢者様に頼め!」
民衆の信仰が、音を立てて崩れ、そして再構築されていく。
神への信仰から、「現人神」への狂信へと。
「……教会も形無しだな。もう、彼をこの国の『教皇』にしたほうが丸く収まるのではないか?」
国王の独り言は、激しい雷鳴にかき消された。
◇
一方、工場では。
「社長! 大変です!」
テオがバケツを持って走り回っていた。
「雨が強すぎて、工場の屋根から雨漏りが発生しました! 原料倉庫が水浸しになります!」
「降りすぎたか……。ちっ、計算ミスか施工不良だ」
晶は舌打ちをして、自らモップを持った。
「総員、雨漏り対策! 商品を守れ!」
「「「イエッサー!!」」」
外では「神を超えた存在」「救国の英雄」と崇められている最中、当の本人は工場の中で、必死に床の雑巾がけをしていた。
そんな騒ぎから少し離れた、工場の屋根のある渡り廊下。
晶は一人、雨上がりの空を見上げていた。
「アキラ、アキラ」
足元から声がして、黒いつなぎを着たポチがよじ登ってきた。
「おう。……中に入ってろと言っただろ」
「お空、泣き止んだのだ?」
ポチが空を指差す。
激しかった雨は小降りになり、雲の切れ間から一筋の光が差し込んでいた。
そして、工場の敷地にできた水たまりには、見事な虹がかかっていた。
「ああ、もう止むさ。……それにしても、お前のダンスはすごいな」
「えっ、ボク?」
「空が根負けして、雨を降らせたじゃないか。お前がさっきから『雨降れー』って騒がしく踊ってたからな」
晶は苦笑して、白衣のポケットから「黄金色の小袋」を取り出した。
以前、石鹸の包装に使った「透明フィルム」で、一口サイズに包まれた琥珀色の塊だ。
「『鼈甲飴』だ。執筆の糖分補給用に作っておいたんだが、やるよ」
「わぁ……! キラキラなのだ!」
ポチが包みを開けて口に含むと、幸せそうに頬を緩める。
晶も一つ、口に放り込んだ。
単純な砂糖の甘さと、少しのほろ苦さ。それが疲れた脳に染み渡る。
「……甘いか?」
「甘くて、ちょっと苦くて、美味しいのだ!」
ポチは飴を転がしながら、嬉しそうに尻尾を振った。
その無邪気な笑顔を見ながら、晶はふっと息を吐いた。
(……静かに暮らしたいだけなのに、なんでこうなるんだ)
晶の嘆きは、雨上がりの空に吸い込まれていった。
こうして、アステルを襲った大干ばつは、一人の理系作家のエゴと科学力によって唐突に終わりを告げた。
この日を境に、ルミナ王国の宗教観は激変し、「困った時は賢者に祈れ」という新しい教えが広まることになったのである。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




