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第25話:雨乞い? いいえ、人工降雨です

交易都市アステルの空は、憎らしいほどに青く、乾ききっていた。


中央広場では、連日、国教である『聖光教会』の司祭たちが、祭壇を囲んで必死の形相で天に祈りを捧げていた。


「おお神よ! 慈悲の雨を! 迷える子羊たちに水をお与えください!」


しかし、太陽は無慈悲に照りつけ、大地を焦がすばかり。


「100年に一度の大干ばつ」。


川の水位は下がり、井戸は枯れ、農作物は全滅寸前だ。


民衆の目は死んでおり、いくら祈っても応えない教会に対して、失望の色が濃くなっていた。


「……全然降らねぇじゃねえか」


「神様なんて、俺たちを見捨てたんだ……」


そんな絶望が街を覆う中、郊外の『魔王城せっけんこうじょう』もまた、創業以来の危機に瀕していた。


「社長、限界です……」


幹部のテオが、乾いた声で報告に来る。


「工場の用水路も干上がりました。洗浄用の水が確保できません。……本日をもって、製造ラインを停止します」


「……そうか」


結城 晶(ゆうき あきら)は、執務室でペンを置いた。


工場の停止は痛い。だが、それ以上に深刻なのは晶自身のコンディションだ。


暑すぎて思考がまとまらず、執筆に集中できない。このままでは、新刊を落とす。


「私の『執筆環境』を守るためだ。……雨を降らせるぞ」


「は? 雨……ですか? さっき教会が失敗してましたけど……」


「祈るからダメなんだ。……神が降らせないなら、私が引きずり下ろす」


晶は白衣を翻して立ち上がった。


その目は、締め切り前の作家のように血走っていた。



工場の屋上。


そこには、空を睨むように異様な砲台が設置されていた。


かつてコンクリート注入に使った『ミスリル銀のタンク』を改造し、巨大な砲身を取り付けた「圧縮空気砲」だ。


「総員、対空戦闘用意!」


元・重戦士のボルスが吼える。


漆黒の制服を着た黒薔薇騎士団の面々が、汗だくになりながら砲台を固定している。彼らにとっても、この暑さは死活問題だ。


「社長、弾薬の装填、完了しました!」


元・暗殺者のクロウが、慎重に「銀色の粉末」が入った容器をセットする。


「中身はなんだ?」


「『ヨウ化銀』だ」


晶が解説する。


材料は二つ。


一つは、先日ルミナ国王との交渉で手に入れた採掘権を使って掘り出した「銀」。


もう一つは、以前クラーケン討伐の際に採取した「海藻」を焼き、その灰から抽出した『紫の海草石ヴァイオレット・ソルト』――すなわち「ヨウ素」だ。


この二つを化学反応させて作った微粒子は、氷の結晶と構造が酷似している。


これを上空に散布することで、雲の中で氷のシードとなり、周囲の水蒸気を集めて強制的に雨粒を形成させる。


科学の雨乞い、『人工降雨』の種だ。


「テオ、風を読め! 上空3,000メートル、積乱雲の核を狙う!」


「はっ! 風魔法、探知ソナーモード……風向きよし! 湿気、充満しています!」


テオが杖を掲げ、見えない上空の風の道を可視化する。


工場の真上には、湿気を含んでいるのに雨にならない、じれったい雲が停滞していた。


「射角調整! 右へ2度、仰角45度!」


「オラァッ! 合わせたぜ!」


砲座についたボルスが、太い腕で砲身を強引に微調整し、発射レバーに手をかけた。


晶のアイスブルーの瞳が、風と雲の動き、そして計算式を重ね合わせる。


「……構成式展開。人工降雨核・拡散散布アーティフィシャル・レイン・シーディング


一瞬の静寂。


風が止まった、その瞬間。


「――今だ、撃てッ!!」


ドォォォォォォォン!!


晶の号令に合わせ、ボルスがレバーを引いた。


腹に響く砲声と共に、ミスリル砲から圧縮された空気弾が放たれた。


銀の種を含んだ砲弾は、音速を超えて空へと突き進み――。


パンッ!


遥か上空で炸裂し、目に見えない粒子を雲の中にばら撒いた。


「よし、散布確認。……おいポチ、危ないから下がってろと言っただろ」


晶が視線を落とすと、足元でポチが謎の動きを繰り返していた。


両手を挙げて、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「あーめ、あーめ、ふーれ、ふーれー! アキラのどかーん、あたーれー!」


「……何だそれは」


「雨乞いの舞なのだ! 神様に届くように踊ってるのだ!」


ポチは真剣な顔で、尻尾をブンブンと振り回している。


晶は呆れたように肩をすくめた。


(……神頼みはしない主義だが、まあ、賑やかしにはなるか)


晶は再び空へ向き直り、風魔法を使うテオに拡散の指示を出した。


その頃、砲撃の轟音は街の広場にも届いていた。


「な、なんだ今の音は!?」


「魔王城の方角だぞ! 賢者様が空を攻撃している!」


祈りを捧げていた司祭や民衆たちが、一斉に空を見上げる。


静寂。


照りつける太陽。


直後には、何の変化もないように見えた。


だが、数十分後。


ゴロゴロ……。


遠くで、獣の唸り声のような重低音が響いた。


白かった雲が、見る見るうちに灰色へ、そしてどす黒い鉛色へと変貌し、渦を巻き始める。


「く、雲の色が変わったぞ……!」


「風が……冷たくなってきた……」


そして。


ポツッ。


司祭の額に、冷たい雫が当たった。


ザーーーーーーーッ!!


次の瞬間、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨が、乾いた大地を叩いた。


「あ、雨だぁぁぁぁ!!」


「降った! 本当に降りやがった!」


民衆が歓喜の声を上げて踊り出す。


枯れかけた花が息を吹き返し、井戸に水が戻ってくる。


「ば、馬鹿な……!? 我々の祈りには応えなかったのに……!」


司祭が雨に打たれながら呆然と空を見上げる。


そこには、雨雲の下で黒い煙を上げる『魔王城』の砲台が、誇らしげに聳え立っていた。



その光景を、アステル領主の館のバルコニーから目撃している人物がいた。


視察のために滞在していた、ルミナ国王である。


「信じられん……。空に向かって砲撃し、無理やり雨を降らせたというのか……?」


国王が震える手で雨を受ける。


それは恵みの雨だが、その発生方法はあまりに暴力的だ。


傍らに控えていた令嬢――シャルロットが、扇子で口元を隠して不敵に微笑んだ。


「ええ……。これは祈りや嘆願ではありませんわ陛下。『神への脅迫』ですわ」


シャルロットの瞳が、覇気を含んで輝く。


「教会は神に『お願い』をして、慈悲を待つだけ……。ですがアキラ様は違います。『雨を降らせないなら空ごと撃ち抜くぞ』と、天を脅して言うことを聞かせたのです」


シャルロットは雨に濡れるのも構わず、工場の方角へ熱っぽい視線を送った。


「無力な祈りの時代は終わりました。……これからは、天候さえも武力で支配する、アキラ様の時代ですわ……! なんて頼もしい支配者なのでしょう!」


街の広場では、誰かが叫んだ。


「教会の祈りより、賢者様の砲撃だーっ!」


「困った時は神様じゃない! 賢者様に頼め!」


民衆の信仰が、音を立てて崩れ、そして再構築されていく。


神への信仰から、「現人神アキラ」への狂信へと。


「……教会も形無しだな。もう、彼をこの国の『教皇』にしたほうが丸く収まるのではないか?」


国王の独り言は、激しい雷鳴にかき消された。



一方、工場では。


「社長! 大変です!」


テオがバケツを持って走り回っていた。


「雨が強すぎて、工場の屋根から雨漏りが発生しました! 原料倉庫が水浸しになります!」


「降りすぎたか……。ちっ、計算ミスか施工不良だ」


晶は舌打ちをして、自らモップを持った。


「総員、雨漏り対策! 商品を守れ!」


「「「イエッサー!!」」」


外では「神を超えた存在」「救国の英雄」と崇められている最中、当の本人は工場の中で、必死に床の雑巾がけをしていた。


そんな騒ぎから少し離れた、工場の屋根のある渡り廊下。


晶は一人、雨上がりの空を見上げていた。


「アキラ、アキラ」


足元から声がして、黒いつなぎを着たポチがよじ登ってきた。


「おう。……中に入ってろと言っただろ」


「お空、泣き止んだのだ?」


ポチが空を指差す。


激しかった雨は小降りになり、雲の切れ間から一筋の光が差し込んでいた。


そして、工場の敷地にできた水たまりには、見事な虹がかかっていた。


「ああ、もう止むさ。……それにしても、お前のダンスはすごいな」


「えっ、ボク?」


「空が根負けして、雨を降らせたじゃないか。お前がさっきから『雨降れー』って騒がしく踊ってたからな」


晶は苦笑して、白衣のポケットから「黄金色の小袋」を取り出した。


以前、石鹸の包装に使った「透明フィルム」で、一口サイズに包まれた琥珀色の塊だ。


「『鼈甲飴(べっこうアメ)』だ。執筆の糖分補給用に作っておいたんだが、やるよ」


「わぁ……! キラキラなのだ!」


ポチが包みを開けて口に含むと、幸せそうに頬を緩める。


晶も一つ、口に放り込んだ。


単純な砂糖の甘さと、少しのほろ苦さ。それが疲れた脳に染み渡る。


「……甘いか?」


「甘くて、ちょっと苦くて、美味しいのだ!」


ポチは飴を転がしながら、嬉しそうに尻尾を振った。


その無邪気な笑顔を見ながら、晶はふっと息を吐いた。


(……静かに暮らしたいだけなのに、なんでこうなるんだ)


晶の嘆きは、雨上がりの空に吸い込まれていった。


こうして、アステルを襲った大干ばつは、一人の理系作家のエゴと科学力によって唐突に終わりを告げた。


この日を境に、ルミナ王国の宗教観は激変し、「困った時は賢者に祈れ」という新しい教えが広まることになったのである。


第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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