第24話:魔法対決? いいえ、避難訓練です
その日、『魔王城』の上空に、一人の魔女が現れた。
「見つけたわよ! ここね、神聖な魔法を冒涜する『インチキ賢者』のアジトは!」
空飛ぶほうきに跨り、風になびく黒髪のツインテール。
知的な眼鏡の奥で瞳を光らせているのは、王立魔導院の天才研究員、セシリア・オルコットだ。
彼女は、最近ルミナ王国を騒がせている「黒き賢者」の噂を聞きつけ、その化けの皮を剥ぐためにやってきたのだ。
「いくわよ! 強行査察よ!」
セシリアは急降下し、工場の中庭に着地……しようとして、ほうきのバランスを崩した。
「きゃっ!?」
ズザーッ!
盛大に砂煙を上げて不時着する。
地面を転がり、黒いローブが土まみれになる。
「い、痛たた……。い、いいのよこれくらい! 着地も計算通りなんだから!」
誰にともなく言い訳しながら立ち上がると、目の前に黒ずくめの男が立っていた。
「……セシリア先輩? 何やってるんですか?」
「あら、テオじゃない! 探したわよ!」
工場の幹部、テオだった。
かつて同じ魔導院にいた後輩だ。
セシリアはビシッと杖を突きつける。
「貴方、こんな怪しい場所で何をしているの! 『科学』だなんてインチキに騙されて……。目を覚ましなさい! 私がその賢者とやらを論破してあげるわ!」
「いや、社長はすごいですよ? 僕たちの魔法理論なんて足元にも及びません」
「なんですってぇ!? 王立魔導院の首席だった私より上だと言うの!?」
セシリアのプライドに火がついた。
そこへ、騒ぎを聞きつけた結城 晶が姿を現す。
「なんだ、騒々しい。……テオ、知り合いか?」
「あ、社長。僕の先輩で……」
「貴方が賢者ね! 勝負よ! 私の『爆炎魔法』と、貴方のインチキ科学、どっちが上か見せてあげるわ!」
セシリアは聞く耳を持たず、身の丈ほどの杖を構えた。
先端に紅蓮の魔力が収束していく。
「おい待て。工場で火を使うな。引火するぞ」
晶が止めるのも聞かず、セシリアは詠唱を始めた。
「偉大なる炎の精霊よ……我に力を……きゃっ!?」
その時、足元の小石に躓いた。
ドジっ子属性が発動したのだ。
「あっ……魔力制御が……!」
杖の先から、未完成の炎の塊がポロリとこぼれ落ちた。
落ちた先は、運悪く「廃材置き場」。乾燥した木くずや、油の染みた布が山積みになっている場所だった。
ボッ!!!
「あ」
一瞬で燃え広がる。
乾燥した季節と風も相まって、火の粉が舞い上がり、隣の資材倉庫に迫る。
「う、嘘でしょ!? か、火事が!?」
セシリアがパニックになる。
「わ、私が消すわ! 水よ! 水魔法で……!」
「やめろバカ! 油火災に水をかけたら爆発するぞ!」
晶がセシリアを突き飛ばした。
油が燃えている時に水をかければ、水蒸気爆発を起こして火のついた油を撒き散らすことになる。
「総員、消火配置! 『化学泡消火』用意!」
晶の号令と共に、待機していた黒薔薇騎士団が動いた。
背負っていたミスリルタンクのノズルを構え、一斉に炎へ向ける。
「放て!」
プシュァァァァァッ!!
ノズルから噴射されたのは、水ではない。
まるで生クリームのように濃密で、雪のように白い「大量の泡」だった。
タンクの中で「炭酸水素ナトリウム」と「硫酸アルミニウム」、そして「石鹸液」を混合させることで、二酸化炭素のガスを含んだ泡を発生させる。
この泡が燃焼物を覆い尽くし、酸素を遮断・窒息消火するのだ。
「な、なによこれぇぇ!? 水じゃない……泡!? 白い粘液が炎を食べているわ!」
セシリアが目を剥く。
泡は生き物のように炎を飲み込み、またたく間に鎮火させてしまった。
現場には、雪原のような泡の山だけが残された。
「……鎮火完了」
晶が残心を解く。
その光景を見ていたフローラが、震える声で解説を加えた。
「信じられません……。荒れ狂う獄炎を、白き龍の吐息で飲み込むなんて……。これは水魔法の頂点『白龍咆哮』……! アキラ様は災害さえも躾けてしまうのですね!」
「さすが社長……。先輩のドジすら想定内だったんですね!」
テオも感動している。
(……ただの泡消火剤だ)
晶はため息をつき、煤と泡でドロドロになったセシリアの元へ歩み寄った。
「さて……」
「ひぃっ!?」
セシリアが後ずさる。
ボルスたちに取り押さえられ、彼女は完全に逃げ場を失っていた。
「放火未遂に、資材の焼失。……弁償してもらおうか」
晶が冷徹に損害額(金貨98枚)を提示する。
「そ、そんな大金、研究員の給料じゃ払えないわよ……! 分割払いにしてくれない!?」
「金がないなら仕方ない」
晶は冷ややかな目で、セシリアの体をじろりと見下ろした。
(……サイズはMくらいか? 作業着の予備、あったかな)
「――なら、『身体』で払ってもらおうか」
「ッ……!?」
セシリアの思考が停止した。
顔が一瞬で茹でダコのように真っ赤になる。
(か、身体でって……つまり、そういうこと!? 私の純潔を奪って、慰み者にする気なのね!? くっ……でも、悪いのは私だし……大賢者の顔はイケメンだし……いやいや、何を考えてるの私!)
相手は国をも動かす大賢者。
逆らえば何をされるかわからない。
「くっ、好きにしなさい! ……で、でも、手加減してよね……!」
セシリアが涙目で、震える手で服のボタンに手をかけた、その時だった。
バサッ。
晶が無慈悲に投げつけたのは、「モップ」と「作業着」だった。
「え?」
「何寝言言ってるんだ。『労働』だ。今日からここのトイレ掃除はお前だ」
「……は?」
セシリアがぽかんとする。
「弁済が終わるまで帰さんぞ。テオ、こいつに仕事を教え込め」
「はい! よろしくお願いします、セシリア先輩!」
「ちょ、ちょっと待って! 私、王立魔導院のエリートなのよ!? トイレ掃除なんて……!」
「嫌なら牢屋に行くか?」
「やります! やらせてください!」
そこへ、騒ぎを聞きつけたポチがトテトテと走ってきた。
状況を理解したのか、ポチはニコニコしながらセシリアに近づき、とどめの一言を放った。
「お姉ちゃん、トイレ臭いのは嫌だから、ピカピカにするのだ! がんばれなのだー!」
「うぅぅ……! 犬にまで応援されたぁぁぁ!」
膝から崩れ落ちるセシリアの横で、晶がポチの頭を撫でた。
「よく言った、ポチ。ご褒美だ」
晶は懐から、マヨネーズをたっぷり塗った干し肉を取り出し、ポチの口元に差し出した。
「わふーっ! おやつなのだ! アキラ大好きなのだー!」
ポチが嬉しそうに尻尾を振って食らいつく。
その平和な光景と、絶望する新入り清掃員の対比が、工場の新たな日常となるのだった。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




