第22話:印籠? いいえ、メダルです
ルミナ王国の隣国、マカバリ・ヤシオ帝国が「無条件降伏」を申し出たというニュースは、瞬く間に王都ルミナを駆け巡った。
しかも、その理由が「辺境の賢者が怖すぎるから」だという。
その震源地である『魔王城』の応接室では、歴史的な会談(?)が行われていた。
「け、賢者様……! どうか、どうかお納めください……!」
帝国の外交官が、額を床に擦り付けんばかりの勢いで土下座している。
彼が震える手で差し出したのは、重厚なビロードの布に包まれた「献上品」だ。
布が開かれると、そこには銀白色に輝くインゴットが山と積まれていた。
銀ではない。それよりも重く、鈍い輝きを放つ希少金属。
「ほぅ……。これは」
結城 晶の目が、アイスブルーの光を帯びて釘付けになった。
「我が国の至宝、『白金』でございます……! これで何卒、我が国の存続をお許しください……!」
外交官が涙声で懇願する。
帝国にとって、これは国家存亡をかけた命乞いの貢物だ。
だが、晶の脳内では全く別の計算が弾き出されていた。
(プラチナ……! 最高の『触媒』じゃないか!)
白金は、化学反応を促進させる触媒として極めて優秀なレアメタルだ。
前世では高価すぎて実験でもケチって使っていたが、これだけの量があれば、様々な化学合成が可能になる。
排ガス浄化、燃料電池、そして何より――冬の必需品「ハクキンカイロ」が作れる。
「……いいだろう。受け取ろう」
「あ、ありがとうございますぅぅぅ!」
晶が軽く頷くだけで、外交官が泣いて喜ぶ。
晶にとってはただの「実験資材の受け取り」だが、彼らにとっては「死刑回避」の宣告に等しい。
その時。
工場の外がにわかに騒がしくなった。
「アニキ! やべぇぞ! 今度は『ルミナ王家』の紋章が入った馬車が来た!」
リナが飛び込んでくる。
現れたのは、なんとルミナ国王その人だった。
お忍びと言いつつ、近衛兵を従えているのでバレバレだ。
「おお! でかしたぞ賢者アキラよ!」
国王は入ってくるなり、晶の手を両手で握りしめた。
「兵を一人も損なわず、あのマカバリ帝国を属国にするとは! 余は感動した! まさに救国の英雄だ!」
「はぁ。どうも」
晶は温度のない声で返した。握手が痛い。
「褒美を取らす! 貴殿に『公爵位』を授爵し、王都ルミナの『一等地』を与えよう! これからは余の側近として、国政に参加してくれ!」
国王の提案に、その場にいた全員が息を呑んだ。
一介の商人が、いきなり公爵。しかも王都の土地付き。
破格どころではない。国を半分やるに近い待遇だ。
だが、晶は即答した。
「いりません」
「……は?」
「爵位とか、管理が面倒なんで。王都の土地も、うるさいからいりません」
時が止まった。
帝国の外交官は「こいつ、王の申し出を断りやがった……!?」と戦慄し、国王は「欲がないにも程がある……!」と驚愕している。
「そ、そうか……。では、何を望む? 金か? 名誉か?」
「実利をください」
晶はニヤリと笑い、あらかじめ用意していた書類を突きつけた。
「まず、当店に対する『永年免税特権』。それから、この工場周辺の『地下資源採掘権』を独占させてください」
「えっ? そ、それだけでいいのか?」
国王が拍子抜けした声を出す。
公爵位に比べれば、「税金免除」と「田舎の採掘権」など、ゴミのようなものだ。
(ククク……。税金タダが一番デカイんだよ。それに、この山の地下にはレアメタルが眠ってる)
晶の商魂たくましい計算など露知らず、国王は焦った。
これでは恩を売ったことにならない。賢者を繋ぎ止めるには弱すぎる。
「むぅ……。しかしだ、アキラよ。国の救世主が『無位無冠』では、対外的な示しがつかん。他国の貴族に舐められるぞ?」
「舐められる分には構いませんが」
「余が困るのだ! ……そうだ、ならば『名誉公爵』というのはどうだ?」
「名誉?」
「うむ。領地も持たず、部下も持たず、国政への参加義務も一切ない。ただ『王家に連なる最高位の権威』だけを持つ称号だ」
国王は懐から、ルミナ王家の紋章が刻まれた黄金のメダル――『王家の証』を取り出した。
「これを持っていれば、国内のあらゆる施設を顔パスで通れるし、生意気な下級貴族や役人が難癖をつけてきても、これを見せるだけで黙らせることができるぞ?」
「ほう……」
晶の目が光った。
義務なし、管理なし。あるのは「雑魚避け」としての絶対的な効力のみ。
それはつまり、面倒な検問や、くだらない権力争いをスルーできる「最強のパスポート」ということだ。
「……いいですね、それ。便利そうだ」
「だろう!? 受け取ってくれるか!?」
「ええ。『水戸黄門の印籠』として使わせてもらいます」
「ミト……? よくわからんが、交渉成立だな!」
晶はあっさりと『名誉公爵』の位とメダルを受け取った。
「では、お近づきの印に『お土産』を差し上げましょう」
晶は作業台に向かった。
「ボルス、倉庫から『真鍮』の板を持ってこい」
「へい! 帝国の『白金』じゃなくていいんですか?」
「バカ言え。白金は触媒だ。ケースなんかに使ったら、罰が当たる」
晶は真鍮の板を加工し、手のひらサイズの金属ケースを作成した。
そして、その蓋の裏にある綿状の火口に、ほんの微量の白金を染み込ませる。
タンクの中には、燃料となる液体を注いだ。
「中身はなんですか? 水?」
「『再蒸留した高濃度アルコール』だ。ドワーフの火酒をさらに精製して、水分を極限まで飛ばしてある」
「……構成式展開。|白金触媒燃焼・低温維持《プラチナ・キャタリティック・ステイ・ウォーム》」
火をつけるのではない。
気化したアルコールが、白金に触れることで酸化熱を出し続ける化学反応だ。
いわゆる『白金懐炉』である。
「はい、どうぞ」
「あつっ!? なんだこれは!?」
火も煙もないのに、熱を発し続ける金属の箱。
それを受け取った国王と外交官は、またしても腰を抜かした。
「熱い……! まるで太陽の欠片を握っているようだ……」
「魔力も込めずに、熱を生み出し続けるとは……!? これぞ『賢者の石』の亜種では!?」
「ただの触媒反応です。……冬の公務にお使いください」
「やはり、彼をルミナの枠に収めておくのは不可能か……」
国王は悟った。
この男を縛り付ければ、国が壊れる。
『名誉職』という緩い首輪をつけて、恩を売っておくのが最善の策だと。
「帝国の『属国化』の件も、即座に承認する! マカバリ帝国は、今後ルミナの兄弟国として、共に賢者アキラを敬うべし!」
「ははーっ! 仰せのままに!」
帝国の外交官も平伏する。
(……よし。これで冬の寒さ対策もバッチリだし、税金もタダ。おまけに印籠もゲットだ)
晶は満足げに頷いた。
手元には、自分用のカイロと、大量のプラチナ。そして「名誉公爵」のメダル。
完璧な勝利だ。
「アキラ、その箱あったかいのだ! ボクの服の中に入れるのだ!」
「こらポチ、低温火傷するぞ。タオルに包んでからな」
世界を動かした会談の横で、ポチと晶はのんきにカイロの取り合いをしていた。
こうして、ルミナ王国とマカバリ帝国の間に歴史的な「平和条約」が結ばれた。
そして、その中心には『よろずや 結城』の存在があることが、国際的な常識となったのである。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、
ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援していただけると嬉しいです!
第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




