第21話:迎撃? いいえ、抽出です
晶たちがいるルミナ王国。
その隣国、軍事大国マカバリ・ヤシオ帝国。
◇
その玉座の間にて、皇帝は重々しく報告書を読み上げていた。
「……ほう。隣国ルミナの辺境、アステル領に『救国の賢者』が現れたと?」
「ハッ。その者は『黒き軍団』を率い、未来を予知し、失われた古代技術を操るとの噂。さらに、彼が作り出す『魔法の石鹸』は、莫大な富を生み出しております」
「面白い。……欲しいな」
皇帝の目が、侵略者の色を帯びて光る。
技術も、金も、人材も、全て奪うのがマカバリ流の覇道だ。
「行け、帝国最強の暗殺部隊『影狼』よ。その賢者を拉致せよ。拒めば技術を奪い、城を焼き払え」
「御意」
闇に溶けるように、数名の精鋭たちが姿を消した。
◇
数日後の深夜。
交易都市アステル郊外の『魔王城』に、人影が忍び寄っていた。
『影狼』の隊長は、月明かりに照らされたその異様な建物を見て、息を呑んだ。
「な、なんだあの城は……」
継ぎ目のない灰色の岩で覆われた巨躯。窓には鉄格子。
正門には、漆黒の鎧を着た黒薔薇騎士団が、殺気を撒き散らしながら巡回している。
それは工場というより、「難攻不落の要塞」だった。
「正面突破は不可能だ。……裏口から侵入するぞ」
隊長はハンドサインを送り、手下たちと共に死角となる裏庭へと回り込んだ。
そこには、誰もいない静寂な空間が広がっている。
地面には、白い砂利が敷き詰められているだけだ。
「フン、ザルだな。音もなく歩く我らに、砂利など無意味」
隊長はニヤリと笑い、体重を感じさせない「忍び足」で砂利の上に足を置いた。
その瞬間。
キィィィッ!!
「なっ!?」
砂利が、まるでガラスを爪で引っ掻いたような、甲高く不快な音を立てたのだ。
慌てて足を上げ、別の場所に置く。
キュウゥゥン!!
「バ、バカな!? 気配を殺しているのに、なぜ音が鳴る!?」
これは、晶が泥棒よけに撒いておいた『防犯砂利』だ。
ガラスの製造過程で出た廃材を発泡させて作った軽石状の砂利で、踏むと粒子同士が擦れ合い、70デシベル以上の大きな音が出るように設計されている。
物理的な摩擦音であるため、忍び足の技術など通用しない。
「くそっ! まさかこの砂利……踏んだ者の『魂の波長』を感知して悲鳴を上げる『死霊の床』か!?」
「隊長! 見つかる前に突入しましょう!」
動揺した彼らは、近くにあった「排気口」の下へと走った。
ここなら音も聞こえないはずだ。
その時。
工場内では、結城 晶とテオが夜なべ作業をしていた。
「社長、煮詰まってきました!」
「よし。シャルロットからの追加注文……アステル侯爵のための『薬用発毛剤』だ。薬効成分を逃すな」
鍋の中で煮えたぎっているのは、大量の『激辛唐辛子』と、生姜、そして高濃度アルコールだ。
トウガラシに含まれるカプサイシンが血行を促進し、毛根を活性化させる。
「……成分抽出、加速」
晶が火力を上げる。
煮沸によってトウガラシの細胞壁が壊れ、強烈な刺激成分が揮発して蒸気となる。
「目が痛いです社長! 換気扇、最大にします!」
「ああ、排気しろ」
ブォォォォォン……!!
強力な換気ファンが回り、カプサイシン濃度MAXの真っ赤な蒸気を、屋外のダクトへと吐き出した。
その直下にいた密偵たちを、悲劇が襲った。
「グアァァァァッ!?」
隊長が顔を押さえてのたうち回る。
「め、目がぁぁぁ! 喉が焼けるぅぅぅ!」
部下たちも次々と倒れ伏す。
高濃度のカプサイシン蒸気。それは現代で言うところの「催涙ガス」そのものだ。
粘膜という粘膜が灼熱の痛みに襲われ、呼吸すらままならない。
「ど、毒ガスだ……! しかも、我々の位置を正確に感知して『迎撃』してきただと!?」
「なんて高度な防衛システムだ……!」
彼らは知る由もない。
それが攻撃ですらなく、ただの「おっさんの発毛剤作りの余りカス(排気)」であることを。
涙と鼻水でグチャグチャになりながら、彼らは這いつくばって逃げようとした。
だが、その前方に、巨大な影が立ちはだかる。
夜の見回りをしていたポチだ。
「くんくん……。なんか辛そうな匂いがするのだ!」
ポチが嬉しそうに尻尾を振った、その瞬間。
彼女の背後から、銀色の魔力が陽炎のように立ち昇った。
それは瞬く間に凝縮し、「巨大な銀狼の幻影」を形成する。
幻影は月光を背負い、紅蓮の瞳で密偵たちを見下ろしていた。
「あそぼ! ボクと遊ぶのだー!」
ポチは無邪気に笑って、軽くじゃれつくつもりで地面を蹴った。
ドォォォォォォン!!
爆音と共に地面が陥没する。
ただの「じゃれつき」が、音速を超えた砲弾となって密偵たちに迫る。
「ひぃぃッ! 出たぁぁぁ! 伝説の神獣フェンリルだぁぁ!!」
「貴様らの魂を喰らってやる」と言わんばかりの大口に見える幻影と、物理的に殺しに来ている衝撃波。
「ギャアァァァァッ!!」
恐怖で泡を吹いた密偵たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
いや、吹き飛ばされて星になった者もいたかもしれない。
「あれ? 逃げちゃったのだ。つまんないのだ」
ポチが不思議そうに首を傾げると、背後のオーラも霧散した。
◇
数日後。
マカバリ・ヤシオ帝国、玉座の間。
「へ、陛下……。あそこは、人の住む場所ではありません……!」
命からがら逃げ帰った隊長が、ガタガタと震えながら報告する。
「侵入者の魂を感知して泣き叫ぶ大地……。姿なき猛毒のガス……。そして城を守護する銀色の神獣……。あれは、難攻不落の魔要塞です……!」
「なんと……。帝国最強の手練れである其方らが、城壁に指一本触れることさえできず、赤子のようにあしらわれるとは……」
皇帝は玉座の肘掛けを握りしめ、戦慄した。
アステルの賢者、恐るべし。
こちらの戦力が「通用しない」のではない。「認識さえされていない(害虫扱い)」のだ。
「……あんな規格外の賢者を従えるルミナ王国と争うなど、正気の沙汰ではない」
皇帝は脂汗を流しながら、重臣たちに告げた。
「あのような怪物を手駒にする国と事を構えてみろ。こちらの命がいくつあっても足りんわ……!」
「では、陛下……まさか……」
「うむ。……直ちに外交官を派遣せよ!」
皇帝は生存のための唯一の決断を下した。
「恭順の意を示し、速やかに降伏を申し出るのだ! 貢物を山ほど持たせろ! 機嫌を損ねれば、明日にでもこの国は滅びるぞ!」
マカバリ帝国の覇道は挫かれるどころか、勝手に「下僕」へと成り下がった。
◇
翌朝。
工場の裏庭で、晶は地面に落ちているものを拾い上げた。
「ん? なんだこれ。短剣? こっちは……黒い覆面か?」
さらに、焼け焦げたような跡や、地面がクレーター状に陥没している箇所がある。
「……タヌキか? 畑を荒らしに来た害獣が、防犯砂利に驚いて暴れたのか」
晶は首を傾げた。
最近、貴重な薬草を植えたばかりだ。荒らされてはたまらない。
「警備を強化しよう。……次は『高電圧柵』でも設置しておくか」
晶が物騒な独り言を呟いたことで、魔王城の要塞化はさらに加速することが確定した。
その数日後。
マカバリ帝国の外交官が、顔面蒼白で工場を訪れることになる。
彼らは山のような「貢物」を献上し、震える声でこう言ったのだ。
「け、賢者様……! 我が国がルミナ王国に降伏することを、お許しいただけますでしょうか……ッ!?」
晶が「はぁ!? 知らんがな、王様の所へ行けよ!」と素っ頓狂な声を上げるのだが――それはまた、別の話である。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




