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第20話:クーデター? いいえ、記念品贈呈です

大陸中央に位置する大国、ルミナ王国。


その首都である王都ルミナの一等地、アステル侯爵家の別邸にて。


今宵、社交界を賑わせる一大イベント――シャルロット嬢主催の大夜会が開かれていた。


シャンデリアの光の下、煌びやかなドレスや礼服に身を包んだ貴族たちが、優雅にグラスを傾けている。


平和で、退屈で、選民意識に満ちた夜だった。――その時までは。


「て、敵襲ぅぅぅーーッ!!」


悲鳴のような報告と共に、会場の扉衛兵が転がり込んできた。


「なんだ!? 何事だ!」


「く、黒い軍団です! 全身漆黒の重装歩兵と、暗殺者の集団が……正門を突破しました! 数はおよそ五十! 殺気が凄まじくて止められません!」


「なっ……!? 王都のど真ん中で軍事行動だと!? 反乱か!?」


会場がパニックに陥る。


その直後。重厚な大扉が、ギギギ……と音を立てて開かれた。


シュゥゥゥゥゥ……!!


扉の向こうから、冷たく白い霧が猛烈な勢いで流れ込んでくる。


床を這うように広がるその霧は、シャンデリアの光を乱反射し、この世のものとは思えない「魔界の瘴気」のような雰囲気を醸し出していた。


「ひぃぃッ! 毒ガスだ! 吸ったら死ぬぞ!」


貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


だが、それは毒ガスではない。


商品の保冷せんどほじと演出のために用意していた『固形二酸化炭素ドライアイス』にお湯をかけただけの、ただのスモークだ。


霧の中から、ザッ、ザッ、ザッ……と、一糸乱れぬ足音が響く。


現れたのは、揃いの制服に身を包んだ異様な集団――『黒薔薇騎士団』だった。


先頭を行くのは、巨漢のボルスと、鋭い眼光のクロウ。そして、不気味に眼鏡を光らせるテオ。


彼らは無言のまま会場に入場すると、壁際に整列し、全ての出入り口を警備のため封鎖した。


「か、囲まれた……!」


「終わりだ……皆殺しにされる……!」


完全なる制圧。


その中心を、結城 晶(ゆうき あきら)は胃の痛みをこらえながら歩いていた。


白衣を翻し、顔色一つ変えずに霧の中を進むその姿は、貴族たちの目には「魔軍を率いる氷の王」そのものに見えていたことだろう。


(……ただの納品だぞ。なんでこんな空気になってるんだ)


晶の後ろでは、黒い作業用つなぎを着たポチが、「わーい! 霧なのだ! 涼しいのだ!」とドライアイスの煙ではしゃいでいる。


唯一の癒やしだが、傍目には「瘴気を操る使い魔」にしか見えない。


「……シャルロット様。約束の品、お持ちしました」


晶が合図すると、騎士団たちが背負っていた木箱を一斉に降ろした。


ドン! という地響きが、貴族たちを震え上がらせる。


「まあ! 待っていましたわ!」


壇上のシャルロットだけが、嬉しそうに扇子を広げた。


「皆様、静粛になさいませ! これは私からの『贈り物』ですわ!」


シャルロットの言葉を合図に、黒薔薇騎士団が動き出した。


彼らは貴族たちの前に立ちはだかり、懐から「美しい小箱」と「白い紙」を取り出すと、無表情で突きつけた。


「……受け取れ」


クロウがドスの利いた声で囁く。


「ひっ、い、命だけは……!」


「あ? 命じゃねぇ。これだ。受け取るまで帰さんぞ」


ボルスが逃げようとする貴族の肩をガシッと掴む。


彼らにとっては「社長の最高傑作を配る名誉ある任務」なのだが、端から見れば「検問」か「脅迫」にしか見えない。


会場のあちこちで、半泣きの貴族たちが小箱を押し付けられている。


「な、なんなのだこれは……。毒か? 呪いのアイテムか?」


「開けたら爆発するんじゃ……」


誰もが恐怖で箱を開けようとしない。


せっかくの美しいパッケージも、漆黒の騎士団から渡されれば「不幸の手紙」だ。


「あら……。これでは私の威光が示せませんわね」


シャルロットが困ったように晶を見た。


「アキラ様? 皆様、使い方がわからなくて戸惑っていらっしゃるようですわ。……『実演』をお願いできますわよね?」


「……は?」


「まさか、このまま帰るおつもりじゃありませんわよね? 皆様が安心して使えるよう、証明していただきませんと」


シャルロットは扇子で口元を隠し、逃げ場のない笑顔を向けた。


このままでは「納品したのに使われず(けいやくふりこう)」という難癖をつけられかねない。


(……くそっ。帰りたいのに)


晶は観念した。


黒薔薇騎士団ぶかたちが怖がらせた責任は、上司が取るしかない。


「……ポチ、出番だ」


「わふっ? おやつ?」


「違う。お風呂だ」


晶は壇上に『たらい』を用意させ、テオに温水魔法を使わせた。


「お集まりの皆様。これはアステル侯爵家からの贈り物、『純潔の聖石(せっけん)』と『蜜の恵み(シャンプー)』です。毒ではありません」


晶が淡々と説明する中、ポチがシャンプーを泡立てる。


「ふわあぁぁ……! イイ匂いなのだ〜!」


モコモコと膨れ上がる真っ白な泡。


会場に広がる濃厚な蜂蜜とバラの香り。


ポチがその泡で銀色の髪を洗うと、照明を反射してキラキラと輝き始めた。


「まあ……! なんて美しい泡……!」


「あの香り……本物の薔薇のようですわ!」


恐怖に凍りついていた貴族の奥様方が、その光景に釘付けになる。


美への渇望が、恐怖を上書きした瞬間だった。


「使い方は、そちらの『紙』に書いてあります」


晶が指差すと、貴族たちが恐る恐る手元の紙に目を落とした。


先日開発したばかりの、純白の「取扱説明書トリセツ」だ。


「な、なんだこの物質は……!? 羊皮紙ではない、雪のように白く、絹のように滑らかだ……!」


「文字が……銀色に輝いている……」


さらに、そこに書かれた「使用上の注意(PL法対策)」を読んだ一人が、震える声で叫んだ。


「『肌に合わない時は使用を中止せよ』……だと!?」


会場がどよめいた。


「一回売れば終わりの商人たちが、決して口にしない言葉……! 使用者の身を案じ、引き際まで示してくださっている……!」


「なんて慈悲深い……。これはただの説明書きではない、『聖女の福音書』だわ!」


「おおお……! この紙そのものが、邪気を払う聖遺物なのだ!」


誤解が誤解を呼び、会場は一転して熱狂の渦に包まれた。


黒薔薇騎士団を見る目も、「恐怖の対象」から「聖遺物を守る守護騎士」へと変わっていく。


その騒ぎを聞きつけ、会場の奥から一人の老人が現れた。


豪華な王冠を被った、この国の主権者――ルミナ国王だ。


「騒がしいな。……む? なんだこれは」


国王は、足元に落ちていた一枚の「メモ用紙」を拾い上げた。


それは、晶が取扱説明書を取り出した際に、うっかり一緒に落としてしまった「次回作のプロット」だった。


『王都ルミナ炎上』


『黒き竜の目覚めにより、文明はリセットされる』


それを読んだ国王の顔色が、さっと青ざめた。


「こ、これは……未来の災厄……!? 黒き軍団を率いるこの男は、ただの商人ではない……」


国王が晶を見つめ、戦慄する。


「自ら『魔王軍』のような姿を演じ、我々に危機感を与え……そしてこの予言書を託しに来たのか……! なんという深謀遠慮……!」


「えっ? いや、それはただの創作で……」


晶が否定しようとした瞬間、シャルロットが食い気味に乗っかった。


「そうですわ陛下! 彼こそがアステル領が見出した『救国の賢者』! その名はアキラ・ユウキ!」


「なっ!?」


「おお! 賢者アキラよ! その警告、しかと受け取ったぞ!」


国王が勝手に納得し、会場中から割れんばかりの拍手が巻き起こる。


(……終わった)


晶は遠い目をした。


これ以上ここにいたら、宮廷魔導師に任命されかねない。


「……撤収だ! ずらかるぞ!」


「御意!!」


黒薔薇騎士団は神速で撤収作業を完了し、ドライアイスの残り(えんまく)と共に風のように去っていった。


翌日。


王都ルミナ中の掲示板に、「黒き賢者(よげんしゃ)を探せ。情報提供者には金貨を与える」というお触れが出回った。


「アニキ……。あたいら、指名手配されてないか?」


「……気のせいだ。帰るぞ、全力で」


晶は馬車の中で頭を抱えた。


ただ石鹸を納品しに来ただけなのに、なぜか「国の運命を握る予言者」として追われる身となってしまったのだから。


こうして、『よろずや 結城』の名は、ルミナ王国の歴史に、色々な意味で深く刻まれることになったのである。

第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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