第19話:聖典? いいえ、トリセツです
『魔王城』の応接室。
結城 晶は、完成したばかりの新商品をテーブルに並べ、深い眉間のシワを作っていた。
「……ダサい」
並んでいるのは、先日開発した『薔薇の雫』と『蜜の恵み』だ。
ガラス瓶の中で揺れるピンクと黄金色の液体は、宝石のように美しい。中身は最高級品だ。
だが、その表面に貼られた「ラベル」が全てを台無しにしていた。
「なんだよアニキ、上等じゃねえか。羊皮紙にインクで名前も書いたし、リボンまでつけたぞ?」
リナが不思議そうに言う。
そう、この世界の紙といえば「羊皮紙」だ。
黄ばんでいて、表面はゴワゴワしており、何より
「臭い。微かだが、獣脂の酸化した臭いがする」
晶はバッサリ切り捨てた。
せっかくのバラや蜂蜜の香りを、羊皮紙特有の獣臭さが邪魔している。
それに、見た目が古臭い魔法薬のようで、シャルロットが求める「洗練された美」からは程遠い。
「パッケージこそが商品の格を決める。シャルロットのような貴族相手なら尚更だ」
「じゃあどうすんだよ? 紙なんてこれしかねえぞ」
「ないなら作る。……『純白の紙』をな」
晶の目が、理系人間のそして作家の光を帯びた。
紙。それは知識の器であり、文化の礎。
そして何より、晶が最も渇望している「原稿用紙」の素材である。
◇
工場の中庭。
そこには、工場建設時の開墾作業で伐採された「木材」や、先日の社員旅行(蜂の巣討伐)で破壊した「トレント(魔木)の残骸」が山積みになっていた。
「総員、注目!」
晶の号令で、漆黒の制服に身を包んだ『黒薔薇騎士団』の面々が、直立不動で整列する。
「これより、『製紙作戦』を開始する。まずはその木材をチップ状に粉砕しろ」
「御意!!」
元・暗殺者のクロウが、二刀流で目にも止まらぬ速さで木材を切り刻む。
元・重戦士のボルスが、ウォーハンマーで豪快に叩き潰す。
あっという間に、木材は細かなチップと化した。
「次は『煮込み』だ」
晶は巨大な釜にチップを入れ、そこに石鹸製造で余っていた『強アルカリ廃液(苛性ソーダ)』を投入した。
「……構成式展開。化学パルプ化・リグニン除去」
グツグツと煮込むことで、木材の繊維を接着している成分を溶かし、純粋な繊維だけを取り出す工程だ。
数時間後。
釜の中には、ドロドロの茶色い粥のようなものが出来上がっていた。
「社長……。木が溶けて、泥になっちまいましたぜ?」
ボルスが不安そうに覗き込む。
「テオ、『電気』の準備はいいか?」
「はい! 高電圧装置、接続完了です!」
テオが指差す先には、以前クラーケン討伐で使用した魔石駆動式の発電機がセットされている。
晶が用意したのは、その電気装置と、塩水だ。
塩水を電気分解することで、次亜塩素酸ナトリウム――すなわち「強力な漂白剤」を生成する。
「……塩素漂白、注入」
晶が、生成された刺激臭のする水を、茶色いドロドロに投入した。
かき混ぜること数分。
「なっ……!?」
テオが眼鏡をずり落ちさせた。
汚かった茶色い泥が、見る見るうちに色を失い――「雪のような純白」へと変化したのだ。
「黒い木が……純白の泥に!? 穢れを祓う浄化の儀式ですか!?」
「すげぇ……! 光り輝いてやがる!」
騎士団たちがどよめく。
晶はその白い繊維を木枠のスクリーンに流し込み、均一に伸ばして、テオの風魔法で一気に乾燥させた。
完成したのは――。
「……紙、なのか? これが?」
リナが震える手で触れる。
表面はシルクのように滑らかで、色は雲のように白い。
獣臭さは皆無。インクも滲まない、最高級の「上質紙」だ。
「よし。これなら合格だ」
晶は早速、その紙をラベルサイズに切り出し、銀色のインクで『薔薇のロゴ』を印刷して瓶に貼り付けた。
その瞬間、古臭いポーションは、王都のデパートに並んでいてもおかしくない「超高級コスメ」へと変貌を遂げた。
「美しい。これぞ、アキラ様の美学の結晶……」
フローラがうっとりと瓶を見つめる。
「だが、まだ終わりじゃない。……テオ、これを書け」
晶は余った紙の束をテオに渡した。
「え? 何かの呪文ですか?」
「『取扱説明書』だ。使い方は正しく伝えないとな」
晶が口述し、達筆なテオがそれを書き記していく。
『目に入った場合は直ちに水で洗い流すこと』
『お肌に合わない場合は使用を中止すること』
『高温多湿を避けて保存すること』
現代日本では当たり前の注意書き(PL法対策)だ。
しかし、それを読んだテオとフローラが、涙を流して震え始めた。
「な、なんという慈愛……!」
テオが紙を押し頂く。
「『合わない場合は中止せよ』……? 売りつけた後は知らんぷりの商人たちが、決して口にしない言葉……! 使用者の身を案じ、引き際まで示してくださっている……」
「ええ……。真っ白な『神の紙』に記された、アキラ様の言葉……。これはただの説明書きではありません。民を導く『聖典』です!」
「おおお……! この紙そのものが、邪気を払うお守りになりますわ!」
(……ただの免責事項なんだが)
晶は呆れつつも、余った紙をこっそりと自分の懐に入れた。
これで、念願の「原稿用紙」が確保できたからだ。
その時。
ポチが、机の上に置いてあった晶の「試し書き(メモ)」を咥えて持ってきた。
「アキラ! これ、なーに? 難しそうなことが書いてあるのだ!」
それは、晶が紙の書き心地を試すために、無意識に走らせてしまった「次回作のプロット」だった。
『世界を滅ぼす黒き竜が目覚める』
『王都に隕石が落下し、文明はリセットされる』
それを見たフローラの顔色が、さっと青ざめた。
「ひぃっ……!?」
「どうしたフローラ?」
「こ、これは……未来の災厄……!? 真っ白な紙に記された、逃れられぬ滅びの予言……!」
フローラが泡を吹いて倒れかける。
「アキラ様は……『予言者』でもあらせられたのですね……! 世界の終わりさえも、その筆先一つで記述してしまうなんて……!」
「ち、違う! ただの創作だ! 小説だ!」
晶は慌ててポチからメモを奪い返すと、手元にあった『取扱説明書』の束の中に無造作にねじ込んだ。
「とにかく、それは見なかったことにしろ。いいな?」
「御意……! その予言、胸に刻みます!」
晶は強引に誤魔化して胸を撫で下ろしたが――この時、説明書の束に紛れ込ませたことが、後に王都での悲劇を招くことになるとは、知る由もなかった。
◇
数日後。
完璧にパッケージングされた50,000個の商品と、神々しい「トリセツ(聖典)」を携え、晶たちは王都の夜会へと向かう準備を整えていた。
「行くぞ。……カチコミだ」
「「「オオォォォッ!!」」」
漆黒の制服に身を包んだ騎士団が吼える。
荷台には、美しく輝く化粧品の山。
懐には、誰にも邪魔されずに小説を書くための「白紙」の束。
準備は万端だ。
次回、シャルロット主催の夜会にて、アステルの賢者が社交界を震撼させる。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




