表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/38

第19話:聖典? いいえ、トリセツです

魔王城せっけんこうじょう』の応接室。


結城 晶(ゆうき あきら)は、完成したばかりの新商品をテーブルに並べ、深い眉間のシワを作っていた。


「……ダサい」


並んでいるのは、先日開発した『薔薇の雫(化粧水)』と『蜜の恵み(シャンプー)』だ。


ガラス瓶の中で揺れるピンクと黄金色の液体は、宝石のように美しい。中身は最高級品だ。


だが、その表面に貼られた「ラベル」が全てを台無しにしていた。


「なんだよアニキ、上等じゃねえか。羊皮紙にインクで名前も書いたし、リボンまでつけたぞ?」


リナが不思議そうに言う。


そう、この世界の紙といえば「羊皮紙」だ。


黄ばんでいて、表面はゴワゴワしており、何より


「臭い。微かだが、獣脂の酸化した臭いがする」


晶はバッサリ切り捨てた。


せっかくのバラや蜂蜜の香りを、羊皮紙特有の獣臭さが邪魔している。


それに、見た目が古臭い魔法薬ポーションのようで、シャルロットが求める「洗練された美」からは程遠い。


「パッケージこそが商品のブランドを決める。シャルロットのような貴族相手なら尚更だ」


「じゃあどうすんだよ? 紙なんてこれしかねえぞ」

「ないなら作る。……『純白の紙』をな」


晶の目が、理系人間のそして作家の光を帯びた。


紙。それは知識の器であり、文化の礎。


そして何より、晶が最も渇望している「原稿用紙」の素材である。



工場の中庭。


そこには、工場建設時の開墾作業で伐採された「木材」や、先日の社員旅行(蜂の巣討伐)で破壊した「トレント(魔木)の残骸」が山積みになっていた。


「総員、注目!」


晶の号令で、漆黒の制服に身を包んだ『黒薔薇騎士団』の面々が、直立不動で整列する。


「これより、『製紙作戦』を開始する。まずはその木材をチップ状に粉砕しろ」


「御意!!」


元・暗殺者のクロウが、二刀流で目にも止まらぬ速さで木材を切り刻む。


元・重戦士のボルスが、ウォーハンマーで豪快に叩き潰す。


あっという間に、木材は細かなチップと化した。


「次は『煮込み』だ」


晶は巨大な釜にチップを入れ、そこに石鹸製造で余っていた『強アルカリ廃液(苛性ソーダ)』を投入した。


「……構成式展開。化学パルプ化ケミカル・パルピング・リグニン除去デリグニフィケーション


グツグツと煮込むことで、木材の繊維を接着している成分リグニンを溶かし、純粋な繊維セルロースだけを取り出す工程だ。


数時間後。


釜の中には、ドロドロの茶色い粥のようなものが出来上がっていた。


「社長……。木が溶けて、泥になっちまいましたぜ?」


ボルスが不安そうに覗き込む。


「テオ、『電気』の準備はいいか?」


「はい! 高電圧装置、接続完了です!」


テオが指差す先には、以前クラーケン討伐で使用した魔石駆動式の発電機がセットされている。


晶が用意したのは、その電気装置と、塩水だ。


塩水を電気分解することで、次亜塩素酸ナトリウム――すなわち「強力な漂白剤」を生成する。


「……塩素漂白クロライン・ブリーチング、注入」


晶が、生成された刺激臭のする水を、茶色いドロドロに投入した。


かき混ぜること数分。


「なっ……!?」


テオが眼鏡をずり落ちさせた。


汚かった茶色い泥が、見る見るうちに色を失い――「雪のような純白」へと変化したのだ。


「黒い木が……純白の泥に!? 穢れを祓う浄化の儀式ですか!?」


「すげぇ……! 光り輝いてやがる!」


騎士団たちがどよめく。


晶はその白い繊維を木枠のスクリーンに流し込み、均一に伸ばして、テオの風魔法で一気に乾燥させた。


完成したのは――。


「……紙、なのか? これが?」


リナが震える手で触れる。


表面はシルクのように滑らかで、色は雲のように白い。


獣臭さは皆無。インクも滲まない、最高級の「上質紙」だ。


「よし。これなら合格だ」


晶は早速、その紙をラベルサイズに切り出し、銀色のインクで『薔薇のロゴ』を印刷ステンシルして瓶に貼り付けた。


その瞬間、古臭いポーションは、王都のデパートに並んでいてもおかしくない「超高級コスメ」へと変貌を遂げた。


「美しい。これぞ、アキラ様の美学の結晶……」


フローラがうっとりと瓶を見つめる。


「だが、まだ終わりじゃない。……テオ、これを書け」


晶は余った紙の束をテオに渡した。


「え? 何かの呪文ですか?」


「『取扱説明書トリセツ』だ。使い方は正しく伝えないとな」


晶が口述し、達筆なテオがそれを書き記していく。


『目に入った場合は直ちに水で洗い流すこと』


『お肌に合わない場合は使用を中止すること』


『高温多湿を避けて保存すること』


現代日本では当たり前の注意書き(PL法対策)だ。

しかし、それを読んだテオとフローラが、涙を流して震え始めた。


「な、なんという慈愛……!」


テオが紙を押し頂く。


「『合わない場合は中止せよ』……? 売りつけた後は知らんぷりの商人たちが、決して口にしない言葉……! 使用者の身を案じ、引き際まで示してくださっている……」


「ええ……。真っ白な『神の紙』に記された、アキラ様の言葉……。これはただの説明書きではありません。民を導く『聖典』です!」


「おおお……! この紙そのものが、邪気を払うお守りになりますわ!」


(……ただの免責事項なんだが)


晶は呆れつつも、余った紙をこっそりと自分の懐に入れた。


これで、念願の「原稿用紙」が確保できたからだ。


その時。


ポチが、机の上に置いてあった晶の「試し書き(メモ)」を咥えて持ってきた。


「アキラ! これ、なーに? 難しそうなことが書いてあるのだ!」


それは、晶が紙の書き心地を試すために、無意識に走らせてしまった「次回作のプロット」だった。


『世界を滅ぼす黒き竜が目覚める』


『王都に隕石が落下し、文明はリセットされる』


それを見たフローラの顔色が、さっと青ざめた。


「ひぃっ……!?」


「どうしたフローラ?」


「こ、これは……未来の災厄……!? 真っ白な紙に記された、逃れられぬ滅びの予言……!」


フローラが泡を吹いて倒れかける。


「アキラ様は……『予言者』でもあらせられたのですね……! 世界の終わりさえも、その筆先一つで記述してしまうなんて……!」


「ち、違う! ただの創作だ! 小説だ!」


晶は慌ててポチからメモを奪い返すと、手元にあった『取扱説明書』の束の中に無造作にねじ込んだ。


「とにかく、それは見なかったことにしろ。いいな?」


「御意……! その予言、胸に刻みます!」


晶は強引に誤魔化して胸を撫で下ろしたが――この時、説明書の束に紛れ込ませたことが、後に王都での悲劇を招くことになるとは、知る由もなかった。



数日後。


完璧にパッケージングされた50,000個の商品と、神々しい「トリセツ(聖典)」を携え、晶たちは王都の夜会へと向かう準備を整えていた。


「行くぞ。……カチコミだ」


「「「オオォォォッ!!」」」


漆黒の制服に身を包んだ騎士団が吼える。


荷台には、美しく輝く化粧品の山。


懐には、誰にも邪魔されずに小説を書くための「白紙」の束。


準備は万端だ。


次回、シャルロット主催の夜会にて、アステルの賢者が社交界を震撼させる。


第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援していただけると嬉しいです!


第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ