第20話:殴り込み? いいえ、納品です
『魔王城』の出荷スペースには、甘美な香りが充満していた。
積み上げられた木箱の山。
その中には、シャルロットから受注した「薔薇の石鹸」50,000個が収められている。
「ふぅ……。なんとか納期に間に合ったな」
結城 晶は、白衣の袖で額の汗を拭った。
不眠不休のフル稼働。従業員たちの「謎の忠誠心」がなければ達成不可能だっただろう。
だが、まだ終わりではない。
商品を無傷で、かつ最高の状態で納品して初めて、ミッションは完了する。
「社長。一つ懸念があります」
乾燥工程の責任者、眼鏡の魔法使いテオが進み出た。
「この石鹸、香りが命です。しかし、輸送中の湿気や乾燥、あるいは馬車の荷台の臭い移りで、せっかくの『薔薇の香り』が劣化してしまう恐れがあります」
「ああ。香気成分は揮発しやすい。……だから『個別包装』を行う」
「包装、ですか? 紙で包むのですか? 紙では隙間から香りが逃げますが……」
「紙じゃない。これを使う」
晶が取り出したのは、薄くて透明な『膜』だった。
以前スライムを作った際に発見した副産物――乾燥すると収縮する性質を持つ『感熱スライム膜』だ。
「見てろ。石鹸をこの膜で包んで……テオ、70度前後の温風を当てろ」
「は、はい! 温風!」
テオが杖を振り、絶妙な温度の風を送る。
熱風がフィルムに当たった、その瞬間。
キュッ。
「あ……!?」
ふわりとしていた透明な膜が、熱を受けた瞬間にギュッと縮み、石鹸の形状にピタリと密着した。
シワ一つなく、まるで最初からそうであったかのように、石鹸を第二の皮膚で覆い尽くす。
いわゆる「シュリンク包装」だ。
これなら空気を完全に遮断し、香りを閉じ込め、見た目にも美しいガラスのような光沢が出る。
「なっ……!? 膜が……勝手に縮んで一体化した!?」
テオが眼鏡をずり落ちさせる。
「空気を追い出し、外界と完全に遮断する……。これは、物質の時間をその瞬間に固定する『時間凍結の封印』……! 社長は時空魔術まで使いこなすのですか!」
「ただの熱収縮だ。高分子鎖が熱で元の長さに戻ろうとする力を利用している」
晶は淡々と解説するが、テオの耳には神の御言葉にしか聞こえていない。
「よし、全員でやるぞ。品質保持だ」
晶の号令一下、従業員たちが猛スピードでシュリンク包装を進めていく。
出来上がった石鹸は、薄い膜に包まれて宝石のようにツヤツヤと輝いていた。
◇
翌朝。いよいよ出荷の時。
「よし、荷馬車に積んだな。……リナ、護衛を頼めるか?」
晶がいつものようにリナに声をかけようとした、その時だった。
「お待ちください、社長!」
ズラリと整列したのは、工場の三幹部――クロウ、ボルス、テオを筆頭とする従業員たちだ。
彼らの姿を見て、晶は言葉を失った。
「……なんだ、その格好は」
元・暗殺者のクロウは、全身にナイフを仕込んだ漆黒の戦闘服。
元・重戦士のボルスは、全身傷だらけのフルプレートアーマーに、巨大なタワーシールド。
他の従業員たちも、かつての商売道具で完全武装し、殺気立っている。
もちろん統一感はない。ただひたすらに「ガラの悪い武装集団」だ。
「社長の作った『至高の宝物』を、リナ嬢だけに任せるなどありえません」
クロウがギラついた目で周囲を睨む。
「我々が護衛します。蟻一匹、石鹸には近づけさせません」
「うむ! この積み荷は俺たちの『希望』だ! 命に代えても守り抜く!」
ボルスが盾をガンと鳴らす。
その様子は、護衛というより、敵陣に突撃する前の決死隊、ガチのカチコミ部隊だ。
(……ただの石鹸運びなんだが)
晶は引きつった笑みを浮かべたが、彼らのやる気を削ぐのも悪い。
結局、荷馬車一台を数十人の武装集団が取り囲んで行進するという、どう見ても「盗賊団の襲撃」にしか見えない隊列が出発することになった。
◇
アステル郊外の街道。
案の定というか、お約束というか。森の影から、薄汚い男たちが現れた。
「ヒャッハー! 止まれ止まれぇ!」
「豪勢な荷馬車じゃねえか! 金目の物を置いてけぇ!」
噂を聞きつけた盗賊団だ。その数、およそ二十人。
リナが剣を抜こうとする。
「やれやれ、またかよ。アニキ、あたいが……」
「社長の『作品』に指一本触れさせるなぁぁぁッ!!」
リナが動くより早く、従業員たちが咆哮した。
「……え?」
盗賊のリーダーが間抜けな声を上げた瞬間。
ヒュンッ!
「グアァッ!?」
クロウが投げた数本のナイフが、盗賊たちの武器だけを正確に弾き飛ばし、服を背後の木に縫い付けた。
神速の『影縫い』。
「オラァァァッ!!」
ズドォォォン!!
ボルスがタワーシールドを構えたまま突進し、盗賊の半数をボーリングのピンのように吹き飛ばした。
重戦車のごとき『盾突撃』。
「荷物に埃がかかるだろうが! 消えろ!」
テオが杖を振るうと、突風が発生し、残った盗賊たちを木の葉のように空の彼方へさらい去った。
戦闘時間、わずか十秒。
完全なる蹂躙だった。
「……」
リナが剣を中途半端に抜いたまま固まっている。
「あたいの出番……」
「すごいのだ! みんな強いのだ! アキラの部下は最強なのだー!」
荷台の上でポチが無邪気に拍手している。
晶は遠い目をした。
(……こいつら、石鹸工場の作業員で雇ったはず……だよな??)
◇
「て、敵襲ぅぅぅ!?」
領主アステル家の屋敷前で、門番の兵士が悲鳴を上げた。
無理もない。
殺気立った武装集団が、一直線に向かってきているのだから。
「ひぃっ!? く、来るな! ここは領主様の館だぞ!?」
「静まれ! 納品だ!」
晶が前に出て、ようやく騒ぎが収まった。
従業員たちは、殺気を霧散させると、今度は赤子を扱うような手つきで、うやうやしく木箱を降ろし始めた。
そのギャップが逆に怖い。
屋敷の応接間。
シャルロットが、届いた石鹸を手に取って感嘆の声を上げた。
「まあ……! なんて美しい光沢……!」
彼女が驚いたのは、石鹸そのものよりも、その「包装」だった。
透明な膜がシワ一つなく密着し、香りを閉じ込めている。
「一つ一つが『透明な膜』で封印されていますわ! これなら、いつまでも開けたての香りが楽しめます!」
「ええ。これぞ『時間凍結の封印』……。アキラ様の配慮は、時空さえも支配する神の領域ですわ」
隣でフローラが解説(?)を加える。
シャルロットは、窓の外に整列している従業員をチラリと見た。
(私兵団…?)
「それに……あの精強な騎士団。王宮の近衛兵よりも殺気立っていますわね。これほどの『軍隊』と『技術』を持つ貴方……やはり、ただのよろず屋ではありませんわね?」
シャルロットの瞳が、怪しく光る。
彼女の中で、晶の評価が「有能な職人」から「国を動かしうる傑物」へとランクアップした瞬間だった。
(……ただのバイト達なんだが)
晶が否定しようとした時、シャルロットが扇子を開いた。
「素晴らしいわ! これなら王都でも大成功間違いなしね! ……ところでアキラ様?」
「……なんだ、嫌な予感がするが」
「貴族の女性にとって、美しさは髪と肌で決まりますの」
シャルロットは悪戯っぽく微笑んだ。
「石鹸があるなら、当然『髪を艶やかに洗うもの』や、『肌を潤す水』も必要ですわよね? ……来月までに」
(今度はシャンプーと化粧水も作れ…だと!?)
晶は天を仰いだ。
工場の拡張と、テオたちとの新たな開発地獄が確定した瞬間だった。
(……帰りたい)
晶の切実な願いをよそに、アステル家からの帰り道、ポチと従業員たちは「次の任務だ!」「気合入れるぞ!」と勝手に盛り上がっていた。
こうして、アステルの街に「謎の戦闘集団」が誕生し、その悪名は瞬く間に周辺諸国へと轟くことになったのである。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




