第19話:奴隷契約? いいえ、神求人です
「……暴動か?」
一夜にして出現した巨大工場『魔王城(仮)』の正門前で、結城 晶は立ち尽くしていた。
視界を埋め尽くすのは、人、人、人。
アステルの住人が全員集まったのではないかと思うほどの、凄まじい大群衆が押し寄せていたのだ。
「おい、押すな! 俺が先だ!」
「どきなさい! わたくしが先ですのよ!」
「俺を見ろ! この筋肉を見ろぉぉぉ!」
殺気立った怒号が飛び交い、警備の衛兵たちが必死に列を整理している。
その熱気は、夏の暑さをさらに数度押し上げていた。
「アニキ、これ……全員、面接希望者か?」
リナが青ざめた顔で呟く。
「まさかな。条件を見たか? 『日当:銅貨一枚』だぞ?」
晶は白衣のポケットに手を入れ、冷ややかな目で群衆を見た。
「依頼にあぶれた冒険者や、その日暮らしの労働者が、『何もしないよりはマシだ』と渋々来るくらいを想定していたんだ」
そう、晶はターゲットを明確に絞っていた。
スキルも職もない、労働市場のあぶれ者たち。彼らを「銅貨一枚」で買い叩き、文句を言わせずに単純作業員として使う。
常識外れの安値であることは承知の上。あくまで「足元を見た」価格設定のつもりだった。
だが、その認識こそが「非常識」だったのだ。
「甘いぜアニキ。みんな、『アレ』狙いなんだよ」
リナが指差した先。
工場の入り口には、見本として積まれた『規格外の石鹸』が山のように置かれていた。
製造過程で少し気泡が入ったり、角が欠けたりした失敗作だ。
「あぁ……! 麗しの薔薇の石鹸……!」
「あれが……一日に一個もらえるだと……!?」
「市場価格は金貨一枚! つまり、日当換算1万G……!?」
「王宮騎士団長より給料が高いぞ! 神職場だ!」
群衆の目は血走っていた。
晶にとっては「産業廃棄物」でも、彼らにとっては「金塊」以上の価値がある。
ざっくりとしたイメージで言えば、「日当100円だけど、毎日、最新のiPhone(箱潰れ品)が現物支給されるバイト」のようなものだ。
これでは底辺労働者どころか、転売目的の没落貴族やエリート層が来たって不思議ではない。
「……計算違いだ。これじゃ全員は雇えない」
晶は頭を抱えた。
今回の大量生産において、素人が作業すれば不良品率は10%を下らないだろう。
日産数千個なら、毎日数百個の「B級品」が出る計算だ。
それを配るだけで労働力が確保できるなら安いものだと思ったのだが……。
「選抜するぞ。……ポチ、入場制限をかけろ」
「わかったのだ! 通りたければボクをモフるのだ!」
「違う、威嚇しろ」
ポチが門番として立ち塞がり、神獣(?)のオーラで雑魚を振るい落とす中、アステル史上最も過酷な就職試験――通称『石鹸戦争』の幕が切って落された。
◇
工場の食堂。
晶は机に頬杖をつき、入室してきた男を値踏みした。
「次」
全身黒ずくめで、目つきが鋭い男が入ってきた。
ただならぬ殺気を纏っている。足音もしない。
「……元・暗殺者ギルド、『影縫い』のクロウだ」
男は短剣を取り出し、指先でクルクルと回した。
その動きは早すぎて、刃が銀色の円盤に見える。
「俺の指先は、一秒間に十回の突きを繰り出せる。人の急所を正確に穿つことしかできん不器用な男だが……雇うか?」
「採用。その指で石鹸の『箱詰め』をやれ」
「……は?」
「一秒間に十個詰めろ。コンマ一ミリのズレも許さん。お前の動体視力と指先の精密動作性は、梱包マシーンとして最適だ」
「殺しの技術を……梱包に……?」
クロウが呆然とする。
「次」
現れたのは、扉の上枠に頭をぶつけるほどの巨漢。
全身傷だらけの元・重戦士だ。
「ガハハ! 俺様は『剛腕』のボルス! ドラゴンの爪撃も、この肉体ひとつで防いでみせるぜ! だが、平和な街じゃこの力を持て余してな……」
「採用。その筋肉で『出荷用木箱(100kg)』の運搬をやれ」
「……え?」
「フォークリフト代わりだ。腰を壊すなよ」
「次」
現れたのは、分厚い眼鏡をかけた気弱そうな青年。
オドオドと視線を泳がせている。
「あ、あの……僕はテオと言います……。王立魔導院を追放された落ちこぼれで……」
テオは自信なさげに縮こまった。
「攻撃魔法が一切使えなくて……。使えるのは、風を起こして洗濯物を乾かすような、地味な生活魔法だけで……」
「採用! 君こそエースだ! 『乾燥工程』の責任者を任せる!」
「ひぇっ!? エ、エースですか!?」
「石鹸の品質は乾燥で決まる。一定の風量と湿度を保ち続ける君の魔法制御力は、最新鋭のドライヤーに匹敵する」
こうして、晶の容赦ない「適材適所(スキル転用)」により、選りすぐりの精鋭たちが採用された。
暗殺者の指先は梱包速度を倍加させ、重戦士の怪力は搬送機となり、落ちこぼれ魔導師の風魔法は空調設備として酷使されることになった。
◇
数日後。
工場内は、異様な熱気に包まれていた。
「オラァッ! 箱持ってこい! 筋肉が唸るぜぇぇ!」
ボルスが数百キロの荷物を軽々と担ぎ上げ、恍惚の表情を浮かべている。
「戦場ではただ傷つくだけだったこの剛腕が……ここでは『生産』という喜びに満ちている! 破壊ではなく創造のために汗を流す……これぞ俺が求めていた戦いだ!」
「フッ……。俺の梱包速度についてこれるか……? 残像が見えるだろう?」
クロウの手が高速で動き、次々と石鹸が箱に収まっていく。
その動きは、まさに神業。
「人を殺めるためだけの技術だと思っていたが……まさか『美』を届けるために昇華されるとはな。……悪くない」
「乾燥完了! 湿度よし! 次のロットお願いします!」
テオが眼鏡を光らせ、風魔法を精密に制御している。
「すごい……! 社長の指示通りの温度と風量で乾かすと、石鹸の結晶が美しく整列する……! これこそが僕が求めていた魔法の真理だ!」
元・はぐれ者たちが、銅貨一枚のために死に物狂いで働いている。
いや、もはや金ではない。彼らは「働く喜び」と「居場所」を与えてくれた晶に対し、狂信的な忠誠を誓い始めていた。
二階の通路からその光景を見下ろしていたフローラが、感動に打ち震えた。
「素晴らしいですわ……」
フローラは胸の前で手を組み、涙ぐむ。
「見てください、アキラ様。かつては血に塗れた暗殺者や、社会から弾き出された者たちが……貴方様の下で、汗を流して働く喜びに目覚めているのです」
彼女の瞳には、薄汚れた工場が輝く神殿のように映っていた。
「富める者たるアキラ様が、その富の元たる石鹸を、労働の対価として民に分配する……。これぞ『神の施し』。この工場は、ただの作業場ではありません。迷える魂を更生させるための『修道院』なのですわ!」
(……いや、ただのライン工場なんだけどなぁ)
晶は複雑な表情で眼下を見つめた。
彼らの働きぶりは完璧だ。完璧すぎて、ブラック企業経営者としての罪悪感が少しだけ芽生えそうになるほどに。
「社長! 本日のノルマ、達成しました!」
作業員たちが、泥と汗にまみれた顔で整列する。
その目は、餌を待つ忠犬のようにキラキラと輝いていた。
特に、最前列に並んだクロウ、ボルス、テオの三人は、もはや親衛隊のような面構えだ。
「……ああ、ご苦労。約束のモノだ」
晶は、木箱から『B級品の石鹸』を取り出し、一人ひとりに手渡した。
少し角が欠けているだけの、薔薇の香りの石鹸。
「おぉ……! これが……これが……!」
クロウが、石鹸を震える手で握りしめ、男泣きした。
「人を殺めてきたこの汚れた手が……こいつで洗えば、綺麗になる気がするんだ……」
「俺もだ……。田舎の母ちゃんに送ってやるんだ……」
ボルスも目頭を押さえている。
テオに至っては、石鹸を頭上に掲げて拝んでいた。
「ありがてぇ……! 社長、一生ついていきます!」
「貴族しか手に入れられない宝物をタダでくれるなんて……! あんたは神だ!」
「わふーっ! みんな幸せそうなのだ! アキラはすごいのだ!」
ポチもつられて尻尾を振っている。
(原価、ほぼタダなんだよなぁ…)
晶はそっと視線を逸らした。
こうして、アステル郊外の石鹸工場、通称『魔王城』は、従業員満足度ナンバーワンの「神の職場」として、その名を歴史に刻むことになった。
ただし、その実態は、「高スペック人材を低賃金で酷使する、世界一効率的な搾取構造」そのものであった。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




