第18話:魔王城? いいえ、古代コンクリートです
「……無理だ。諦めてくれ、旦那」
現場監督のドワーフ、ガンテツが設計図を地面に叩きつけ、匙を投げた。
目の前には、先日晶が振動装置で作り出した広大な更地――『永遠の平原』が広がっている。
土地は完璧だ。だが、そこに建てる「建物」の規格が異常すぎた。
「この図面……デカすぎるぞ。こんな巨大な石造りの工場、石を切り出して積み上げるだけで半年はかかる。来月の稼働なんて夢のまた夢だ」
ドワーフの職人たちが、「無茶だ」「神様でも連れてこないと無理だ」と口々にぼやく。
石積み建築は、堅牢だが時間がかかる。それがこの世界の常識だ。
「石は積まない。……『流し込む』んだ」
結城 晶は、白衣のポケットに手を突っ込んだまま平然と言い放った。
「流し込む? 泥遊びじゃねえんだぞ。泥で作った家なんて、雨が降れば崩れちまう」
「泥じゃない。数千年の時を耐え抜く『人造岩石』だ」
晶は、資材置き場に用意させた山のような材料を指差した。
川から採取した砂利と砂。
火起こしにも使った『生石灰』。
そして、新たな素材である灰色の粉末――火山地帯で採掘される『火龍の灰』だ。
「この『火龍の灰』と『生石灰』を水で混ぜると、化学反応で結合し、岩そのものへと硬化する性質がある」
いわゆる「ローマン・コンクリート」の原理だ。
かつて古代の大帝国が水道橋や神殿の建設に用いたこの技術は、二千年経っても崩れないほどの強度を誇る。
「へぇ……。理屈はわからねえが、そんな便利な泥があるのか。だが旦那、それをどうやって高い壁の上まで運ぶんだ? バケツリレーじゃ日が暮れるぞ」
ガンテツが鼻を鳴らす。
コンクリートは重い。それを巨大な工場の壁の高さまで人力で上げるのは、石を積むのと同じくらい重労働だ。
「運ばない。……『注入』する」
晶は背負っていた荷物をドサリと下ろした。
それはかつて、店の盗賊撃退で活躍した、あの『ミスリルのタンク』(空間拡張機能付与済)だった。
「こいつを使う。……リナ、あれを持ってこい」
「げっ、あのアニキ特製のヌルヌル液かよ! まだ残ってたのか!」
リナが嫌そうな顔で小瓶を渡す。
中身は、スライムから抽出した『高粘度スライム油』だ。
晶は、調合したコンクリートの元(セメント、砂利、水)の中に、このスライム油を数滴垂らした。
アイスブルーの瞳が、混合物の中の粒子挙動を見極める。
「……構成式展開。粒子間摩擦低減」
晶の指先から、青白い光の粒子がこぼれ落ちる。
それはコンクリートの粒子の間に滑り込み、潤滑油のように膜を作るイメージだ。
「いいか。通常、コンクリートはドロドロで重いが、このスライム油を混ぜることで粒子間の摩擦が極限まで減り、水のようにサラサラになる」
現代で言う「高性能AE減水剤」(流動化剤)の役割だ。
これさえあれば、重いポンプ車がなくても、細いホースの中をスルスルと圧送できる。
「準備完了だ。ガンテツ、型枠の準備はいいか?」
「お、おう。言われた通りに囲ってあるが……本当に大丈夫なのか?」
晶はサラサラになった大量のコンクリートを、空間拡張されたミスリルタンクに次々と飲み込ませた。
そして、タンクから伸びる太いホースを構え、加圧レバーを握る。
「……加圧注入、開始」
プシュァァァァァッ!!
勢いよくホースから吐き出されたのは、灰色の液体だ。
それはまるで生き物のように、木枠の中へと流れ込み、隅々まで満たしていく。
「なっ!? 石が……石が水みたいに流れていくぞ!?」
ドワーフたちが目を剥く。
重い石を運ぶ必要はない。晶が歩き回り、ホースで「ジャーッ」と流し込むだけ。
3Dプリンターのような速度で、壁が次々と形成されていく。
「すげぇ……! 見る見るうちに壁ができあがっていくぞ!」
「アニキ! これなら今日中に終わるんじゃねえか!?」
リナが歓声を上げる。
だが、フローラの反応は違った。彼女はその場に崩れ落ち、灰色の濁流を見上げて祈り始めた。
「信じられません……。泥より出でて、堅牢なる城壁を成す……」
フローラの瞳には、ドロドロの液体が一瞬にして強固な城壁へと変貌する様が、神の奇跡として映っていた。
「これは、一夜にして城を築き上げたという伝説の魔法『城塞創造』……! アキラ様は、国を守る守護神としての力もお持ちなのですね……!」
(ただの土木工事だっ!)
晶は無心でホースを操り続けた。
灰色の液体は、型枠の中で水和反応を起こし、熱を発しながら急速に硬化していく。
◇
数時間後。
日が暮れる頃には、広大な敷地に巨大な「灰色の箱」が出現していた。
型枠を外すと、そこには継ぎ目のない、一枚岩の頑丈な壁が現れる。
装飾の一切ない、無機質で圧倒的な存在感。
「か、硬ってぇ! ハンマーで叩いても傷ひとつ付かねえぞ!」
ガンテツが試験的に壁を叩き、その強度に戦慄する。
石積みよりも遥かに強固で、隙間がないため気密性も抜群だ。
「完成だ。これなら、盗賊が来ても壊せないだろう」
晶は満足げにタンクを下ろした。
窓には鉄格子、入り口には分厚い鉄扉。
防犯と機密保持を最優先した結果、その見た目は「工場」というより――。
「……なんか、『魔王城』っぽくねぇか?」
リナがポツリと呟いた。
森の中に突如現れた、灰色の巨躯。
夕闇に沈むその姿は、確かに世界を滅ぼす魔王の居城のような威圧感を放っている。
「かっこいいのだ! 悪の組織のアジトみたいなのだ!」
ポチが無邪気にはしゃぎ、まだ乾ききっていない入り口の床の上をトテトテと走った。
「あ」
「あっ」
ポチの足跡が、くっきりとコンクリートに残ってしまった。
急速硬化が始まっているため、もう消すことはできない。
「こらポチ! まだ固まってないと言っただろ!」
「わふっ!? 足が抜けないのだ! アキラ助けるのだー!」
ポチがジタバタともがく。
「……チッ。施工不良だ」
晶が舌打ちをしてポチを引き抜くが、フローラはやはり感動していた。
「おぉ……。神獣様の足跡が刻まれた聖なる床……。これは『聖獣の封印』として、未来永劫崇められることでしょう……」
(ただの欠陥工事だっつの)
こうして、アステル郊外の森に、突如として「魔王城」が出現した。
その異様な外観と、一晩で建ったという事実は、街の人々を震え上がらせ、
「あそこにはヤバい賢者が住んでいる」
という噂を決定的なものにしたのであるが、それは別の話。
あとは、ここで働く「生贄(従業員)」を集めるだけだ。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




