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第12話:悪役令嬢? いいえ、神客です

『よろずや 結城』が新商品「薔薇の石鹸」を世に送り出してから、数日が過ぎた。


アステルの街は、奇妙な熱気に包まれていた。


「路地裏の店に、若返りの秘薬があるらしい」


「王都の錬金術師も裸足で逃げ出す、香りの宝石があるらしい」


そんな噂が貴族街を駆け巡り、ついに「本丸」が動いた。



「……うるさいな」


その日、店主の結城 晶(ゆうき あきら)は、表の騒がしさに眉をひそめた。


路地裏には似つかわしくない、重厚な車輪の音と、複数の蹄の音が石畳を叩いている。


「アニキ! やべぇぞ! 店の前にすげぇ馬車が止まった!」


リナが血相を変えて飛び込んでくる。


直後、店のドアが優雅に、しかし有無を言わせぬ勢いで開かれた。


カランカラン……。


「ごめんあそばせ!」


入ってきたのは、一言で言えば「黄金の嵐」だった。


煌びやかな金髪は見事な縦ロールを描き、身に纏った深紅のドレスは、この店の年間売上よりも高価なシルク製だ。


手には孔雀の羽の扇子。背後には、屈強な黒服の護衛を二人従えている。


シャルロット・ヴァン・アステル。


この街の領主の娘であり、王都の社交界でもその名を轟かせる、正真正銘の「お嬢様」だ。


「……いらっしゃいませ」


晶は努めて平坦に言った。面倒ごとの予感が、警報のように脳内で鳴り響いている。


「貴方が店主ね? 噂は聞いているわ。『薔薇の吐息』……そして幻の『箱庭の宝石』を作ったのは貴方?」


シャルロットが扇子で口元を隠し、品定めするように晶を見る。


その視線は鋭いが、どこか熱っぽい。獲物を見つけた肉食獣の目だ。


「そうだと言ったら?」


「単刀直入に言いますわ。――あるだけ全部いただきましてよ!」


シャルロットが指を鳴らすと、護衛が革袋をカウンターにドサリと置いた。


ジャラリ、と重い音がする。中身はすべて金貨だ。


「おぉ……! なんという財力……! これが『持てる者』の行使する力……!」


フローラがカウンターの隅で震えている。


「全部と言われても、在庫はこれだけだ」


晶は棚を指差した。


そこには、昨日作ったばかりの『薔薇の吐息(金貨1枚)』が10個ほどと、例の『箱庭の宝石(白金貨1枚)』が1個だけ鎮座している。


「まあ! 本当に……本当に透き通っていますわ……!」


シャルロットが『箱庭の宝石』に駆け寄り、食い入るように見つめる。


不純物を極限まで取り除いた透明石鹸の中に、一輪の月光花が封じ込められている。


「美しい……。王家の宝物庫にあるダイヤよりも、遥かに神秘的ですわ。中に咲く花が、まるで時を止めたかのように……」


彼女はうっとりと吐息を漏らし、即座に断言した。


「買いますわ。白金貨一枚? 安すぎますけれど、言い値で結構よ」


「まいどあり」


晶があっさり会計しようとすると、シャルロットが扇子を閉じた。


バチッ、という音が響く。


「それで、ここからが本題ですわ」


「……まだあるのか?」


「来月、王都で私の派閥主催の『大夜会』がありますの。そこで、私の威光を示すために、参加者全員に『薔薇の石鹸』を配りたくてよ」


シャルロットは、悪戯っぽく、しかし逃げ場のない笑顔で告げた。


「数は5,0000個。……用意できますわよね?」


店内が凍りついた。


「ご、ごまん……っ!?」


リナが白目を剥く。


50,000個。金額にして金貨50,000枚(約5億G)。


個人商店の売上ではない。弱小貴族なら年間予算レベルの金額だ


「無理だ」


晶は即答した。


「私は一人でやっている。そんな数は作れない」


「あら? 作れないなら、作れるようにすればよろしいのではなくて?」


シャルロットは扇子で晶の胸元(エターナル・フラット)をツンとつついた。


「お金なら前金で払いましてよ? 土地が必要なら、アステル家の名義で郊外の土地を用意させますわ。人手が足りないなら、募集をかければいい」


彼女は「拒否権などない」と言わんばかりのオーラを放っている。


いや、正確には「貴方の才能を、こんな路地裏に埋もれさせておくのは世界の損失ですわ」という、彼女なりの強引なリスペクトだった。


(……参ったな)


晶は頭を抱えた。


断れば、領主権限で店を潰されかねない。


それに、土地と資金の提供は、晶の悲願である「静かな書斎」を手に入れるための最短ルートでもあった。


「……土地は、静かな場所を用意してもらえるんだな?」


「ええ。森の近くの、広大な土地を約束しましょう」


「……わかった。受けよう」


「よろしくてよ! オホホホホ!」


シャルロットは高笑いと共に、前金としての金貨の山を残して嵐のように去っていった。


残されたのは、呆然とするリナとフローラ。


そして、目を輝かせるポチ。


「アキラ! 今のキラキラのお金で、お肉が一生分買えるのだ!?」


「ああ……。肉も買えるが、それ以上に買わなきゃいけないものがある」


晶は遠い目をした。


「……工場こうじょうを建てるぞ」


「へ?」


「50,000個だぞ。手作業でやっていたら、期日に間に合わない!ライン生産体制を整えるしかない」


晶の脳内で、設計図が高速で組み上がっていく。

必要なのは、大量の材料。広い土地。


そして何より――「文句を言わずに働く大量の人員」だ。


「リナ、求人票を書くぞ」


「お、おう! 給料はどうすんだ? さすがに金貨50,000枚も入るなら、弾むんだろ?」


「バカ言え。設備投資に金がかかるんだ。人件費は極限まで削る」


晶の目が、マッドサイエンティスト特有の冷徹な光を帯びた。


カネじゃない。『モノ』で釣るんだ」


こうして、アステルの街を揺るがす狂気の求人――「日給=銅貨1枚、ボーナス=石鹸現物支給」という求人票が、ギルドに張り出されることになるのである。


第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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