第11.5話:聖体? いいえ、マヨネーズせんべいです
『よろずや 結城』の台所で、結城 晶は頭を抱えていた。
目の前には、ボウルになみなみと入った黄色い液体――大量の卵黄がある。
「……やりすぎたか」
先日、透明な高級石鹸を作る際、石鹸液の透明度を極限まで高めるための「清澄剤(吸着剤)」として、大量の卵白を使用した。
その結果、当然のごとく卵黄だけが余ってしまったのだ。
冷蔵庫のないこの世界で、生卵の黄身を放置すればすぐに腐る。だが、捨てるのはもったいない精神が許さない。
「アキラ、それなーに? 飲んでいい?」
足元でポチが舌なめずりをしている。
「生で飲むな、腹を壊すぞ。……保存食に加工する」
晶は決断した。
卵黄、酢、植物油、そして塩。これらを乳化させれば、あれができる。
「……構成式展開。強制乳化」
晶が泡立て器を高速回転させる。
分離していた油と酢が、卵黄に含まれるレシチン(界面活性剤)の働きで結びつき、トロリとしたクリーム色へと変化していく。
酸味とコクの黄金比率、「マヨネーズ」の完成だ。
だが、これだけあっても舐めるわけにはいかない。つける野菜も今は品切れ中だ。
「……焼くか」
晶は保存食の棚から「小麦粉」と「芋の粉」を取り出した。
水で溶いて薄く焼き、乾燥させることで、日持ちのする「せんべい」を作る。
しかも今回は、生地に直接マヨネーズをたっぷりと練り込むことにした。
「塗るだけだと手が汚れるし、保存性も落ちる。……生地と一体化させれば、いつでもどこでも食べられる『完全栄養食』になる」
晶は粉とマヨネーズ、そして少量の干しエビの粉末を混ぜ合わせ、薄く伸ばして鉄板で焼いた。
ジュウウウウ……。
香ばしい匂いが台所に充満する。
マヨネーズの油分で揚げ焼き状態になった生地は、水分が飛んでサクサクになり、黄金色に輝き始めた。
「完成だ。……『特製マヨせん』」
「わぁ……! キラキラしてるのだ! 太陽さんみたいなのだ!」
ポチが目を輝かせて飛びつく。
晶は焼きたての一枚をポチに渡した。
「熱いから気をつけろよ」
「ふー、ふー……はむっ!」
パリッ!
軽快な音が響く。
「……んん〜っ!!」
ポチが頬を押さえて身悶えした。
「サクサクなのだ! なのに、噛むとジュワッて酸っぱいのが出てくるのだ! お口の中が幸せなのだー!」
練り込まれたマヨネーズのコクと酸味が、噛むたびに染み出してくる。デンプンの軽やかな食感と相まって、無限に食べられる悪魔的な味だ。
「よかったな。これなら日持ちもするから、ポケットに入れておけばいつでも食べられるぞ」
「わーい! ボクの常備食なのだ! 宝物なのだー!」
ポチが黄金色のせんべいを両手で掲げ、崇めるように見つめている。
その時、匂いを嗅ぎつけたフローラが台所に入ってきた。
「まあ、いい香り……。アキラ様、何を……」
フローラの視線が、ポチの掲げる黄金の円盤に釘付けになった。
窓から差し込む西日が、せんべいを後光のように照らしている。
「こ、これは……」
フローラが息を呑む。
「太陽の如き輝きを放つ、黄金の円盤……。それを神獣様が恭しく捧げ持っている……。これぞ神の肉体を取り込む儀式、『黄金の聖体』の拝領……!」
「ただのお菓子だ」
晶が訂正するが、フローラの耳には届いていない。
「素晴らしいですわ……! 食べるだけで太陽の加護が得られる奇跡の糧……! アキラ様、私にも一枚、いえ、一片だけでもお恵みください!」
「……はいはい。好きなだけ食え」
晶は呆れつつ、山盛りのマヨせんを差し出した。
「パリッ……! あぁ……! 酸味という名の試練の後に、濃厚な慈悲が訪れます……! 尊い……!」
フローラが涙を流して感動している。
結局、この「黄金の聖体」の噂はすぐに広まり、後日、教会の司祭までもが「その製法をご教授願いたい」と訪ねてくることになるのだが、それはまた別の話である。
こうして、ポチのポケットには常にこの「マヨせん」が常備されることになり、事あるごとにポリポリとかじっては、周囲に飯テロを仕掛けることになるのだった。
第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!
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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。




