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第1話:神獣? いいえ、駄犬です

来年と予告していました新シリーズ。

フライングでスタートです!

ちなみに、冒頭の王と皇帝がひれ伏すシーンは、第1章の最終話で出てきます。

つまり、第1章完結保証です笑

挿絵(By みてみん)


「賢者の真の姿……? なんと美しい……」


月明かりの下、大国の皇帝が剣を捨て、その場に跪いた。


「我々は……女神を『公爵』などという人間の枠に押し込めようとしていたのか……! なんたる不敬……!」


「女神よ! どうか、どうか我らをお導きください!」


ガシャッ、ガシャン!


王と皇帝がひれ伏し、それに続いて数千の兵士たちが一斉に平伏する。


工場の庭が、巨大な信仰の場と化した。


「……風呂上がりにこれかよ」


湯上がりのビールを片手に、晶は深いため息をついたが、もう止める気も起きなかった。



これは、静かに暮らしたいだけの理系出身ラノベ作家が、うっかり世界をリセットしかけ、いつの間にか「救国の賢者(女神)」として崇められてしまうまでの、不本意なサクセスストーリーである。


──────


「……重い」


交易都市、アステル。


夏の湿気を帯びた熱気が、石造りの街並みにまとわりつく昼下がり。


路地裏にひっそりと店を構える『よろずや 結城ユウキ


その店内で、店主の結城 晶(ゆうき あきら)は、自身の右足にのしかかる「質量の塊」に溜息をついた。


「むにゃ……アキラぁ……いい匂いするのだ……くんくん」


晶の革ブーツの上に顎を乗せ、幸せそうに寝息を立てているのは、銀色の髪をした幼女だ。


年齢は十歳ほどだろうか。晶が作ったブカブカのデニムつなぎを着ているが、その頭頂部にはピーンと立った三角形の獣耳。


そしてお尻の方では、彼女の身長ほどもある巨大でふさふさとした銀色の尻尾が、床の埃を払うモップのようにパタパタと動いている。


ポチ。


以前、雪の降る森で出会った、狼獣人の少女だ。


今ではすっかり野生を忘れ、こうして空調も効いていない店内で、晶の体温で涼を取る『よろずやの看板娘(兼・駄犬)』に収まっている。


「……おいポチ。足が痺れてきた。どいてくれ。血流が悪くなる」


「んん〜……やだ。アキラの足、ひんやりして気持ちいいのだ……ここがボクの特等席なのだ……」


ポチは言うことを聞くどころか、さらにギュッと晶の脚に抱きついた。


その瞬間、ふわりと香る獣特有の日向のような匂いと、最高級の毛皮シルクにも勝る尻尾の感触。


……正直、悪くはない。


だが、晶は眉間のシワを深め、自身の胸元へと視線を落とした。


そこには、ファンタジー世界特有の革のベルトと、その上から羽織った「白衣」。


そして何より、男装用のさらしによって物理的に圧縮され、完全なるAカップ(へいげん)と化した胸部があった。


(……足も重いが、胸も苦しい。さらしをきつく巻きすぎたか。これでは肺活量が低下し、脳への酸素供給に支障が出るな)


結城 晶。


端正な顔立ちと、知的なアイスブルーの瞳を持ち、こちらの世界では「クールな美青年」として通っているが、その中身は日本からの転移者、ライトノベル作家として活動していた、元・理系女子リケジョである。


彼女がこの世界で生き抜くために選んだ戦略は二つ。


一つは、前世の知識を活かした「科学的アプローチ」。


そしてもう一つは、性別を偽る「男装」だ。


なぜ男装しているのか?


身を守るため?


いや、理由はもっと合理的だ。


(女として生きれば「胸が残念」とイジられるリスクがあるが、クールなイケメンとして振る舞えば、市場のオバちゃんからトマトをオマケしてもらえる……。利益率が段違いなのだ)


そう、全ては生活防衛と、ささやかなコンプレックス隠蔽のためである。


その時、店番を手伝っていた大家の娘、フローラが、カウンターの隅で頬を染めて身悶えした。


「はぁ……尊いですわ……。気難しい孤高の賢者様と、彼にだけ心を許し、その身を捧げる伝説の神獣フェンリル……。まるで古代神話の1ページのよう……」


フローラの視線が、晶とポチの間を行ったり来たりしている。


彼女の脳内フィルターを通すと、今の「足が痺れてイラついている店主と駄犬」という構図が、「種族を超えた禁断の絆」に変換されているらしい。


(……相変わらず、彼女の妄想力ほんやくりょくはバグっているな)


晶が呆れてゴーグルの位置を直した、その時だった。


バンッ!!


静寂を破り、店のドアが乱暴に開かれた。


ポチが「わふっ!?」と驚いて飛び起き、尻尾がボッと膨らむ。


「アニキィィィッ!! た、大変だぁッ!!」


飛び込んできたのは、常連の冒険者、リナだ。


挿絵(By みてみん)


小柄で健康的な褐色肌を持つ双剣使いの彼女が、今日は顔面蒼白で、背中に倍近い体躯の大男を背負っている。


「ど、どうしたリナ。騒々しい」


「仲間が……! ガイルがダンジョンで『呪い』にやられた! 教会のポーションも効かねえんだ! 頼むアニキ、助けてくれぇッ!」


リナが男を床にドサリと降ろす。


ガイルと呼ばれた重戦士は、白目を剥いて激しく痙攣していた。顔色は土気色で、口からは泡を吹いている。


晶は白衣を翻し、滑り込むように男のそばへ膝をついた。


即座に首筋に指を当て、脈を取り、瞼を裏返す。


(……脈拍微弱。瞳孔収縮。チアノーゼ反応あり。……そしてこの、特有の甘い異臭)


晶の脳内データベースが高速で検索をかける。


診断を下そうとした、その時。


横からポチが鼻をヒクつかせ、ガイルの口元に顔を近づけた。


「くんくん……! うわっ、くさっ!?」


ポチが耳を伏せて飛び退いた。


「こいつ、口の中から『腐ったアーモンド』の匂いがするのだ! ビリビリして、喉が焼けるような嫌な匂いなのだ!」


その言葉に、晶のアイスブルーの瞳が鋭く光った。


アーモンド臭。ある種の毒物が持つ、決定的なシグナル。


ポチの超感覚センサーが、晶の推測を「確信」へと変えた。


「……でかしたぞ、ポチ。大手柄だ」


「えへへ、褒められたのだ!」


「リナ、こいつは呪いじゃない。ダンジョンに生えている『青い未熟な木の実』でもかじったんだろう?」


「えっ!? な、なんで分かるんだアニキ! 確かにガイルのやつ、休憩中に腹減ったって変な実を食ってたけど……」


「未熟な果物の種子には、『アミグダリン』が含まれている。こいつはそれを大量摂取し、胃酸で分解されて発生した毒ガスによって、細胞レベルで呼吸ができなくなっているんだ」


専門的に言えば「シアン化物中毒」。


回復薬ポーションは傷を塞ぐだけで、化学物質の分解まではできない。


「あちゃあ……。ガイルのやつ、意地汚いからな……」


リナがバツが悪そうに頭をかく。


この世界の人間は科学知識がないため、原因不明の急死はすぐに「呪い」だの「祟り」だのと片付けられる。


だが、原因てきが「物質」なら、「化学」で殴れる。


「フローラ、水を持ってこい。ポチ、お前は私の鞄から『青い小瓶』を出せ」


「わかったのだ! 任務なのだ!」


晶はガイルの胸元に右手をかざした。


集中する。


彼の体内を巡る毒素の構造式を脳裏に描き出し、それを無害化するための対抗式を構築する。


その姿は、端から見れば「無詠唱で儀式を行う大魔導師」そのものだが、彼女が脳内で行っているのは、理系特有の「記述コーディング」作業だ。


晶の唇が、小さく動いた。


「……構成式展開。酸素供給阻害要因除去デトキシケーション・シアン……」


ヒュンッ。


挿絵(By みてみん)


晶の指先から、青白い光の粒子が溢れ出した。


それは魔法陣のような円形ではなく、複雑な亀の甲羅のような図形(ベンゼン環)と、元素記号の羅列となって空中に浮かび上がる。


「な、なんだこれ!? 文字が……光って回ってる!?」


リナが目を丸くする。


「……硫黄化合物・結合ニュートラライズ・インジェクション……反応開始!」


カッ、と店内に閃光が走る。


晶が記述した化学反応式が、現実世界に強制執行コンパイルされる。


男の体内にある猛毒のシアン成分を、解毒剤の成分とガッチリ結合させ、無害な水溶性物質へと書き換えていく。


数秒後。


ガイルの激しい痙攣がピタリと止まり、土気色だった顔に赤みが戻った。


「……う……ううん……」


彼は大きく息を吸い込み、ゆっくりと目を開けた。


「ガイル! 大丈夫か!?」


リナが泣きながら大男に抱きつく。


晶は額の汗を拭いながら立ち上がり、白衣の裾を払った。


(ふぅ……。ただの中和反応だが、生体内でやるのは骨が折れるな)


「す、すげえええ! 『死の呪い』を、光の粒子に変えて消し去ったのか!?」


リナが涙目で晶を見上げる。


「今のが伝説の浄化魔法……『聖なる抱擁(ホーリー・ハグ)』なんだね、アニキ!」


「違う。あと抱擁とか言うな。鳥肌が立つ」


「すごいですわアキラ様……! 死の淵から魂を、数式という鎖で縛り上げて引き戻すなんて……やはり貴方様は、命の理さえも書き換える『冥府の賢者』でもあらせられるのですね!」


「設定を盛るなフローラ」


二人が勝手に感動している足元で、ポチが晶のズボンの裾をグイグイと引っ張った。


「アキラ、アキラ! 毒消したのだ! ボク、匂い当てたのだ!」


「ああ、助かったよ。お前がいなきゃ特定に時間がかかった」


「ならご褒美なのだ! あのトロトロをつけたお肉、食わせろなのだーっ!」


ポチがふさふさの尻尾をプロペラのように回転させている。


「……現金なやつだな。よし、今日は奮発して厚切りにしてやる」


晶が苦笑した、その時だった。


興奮冷めやらぬリナが、晶の細い腕をガシッと掴んだ。


「こ、こんなすげえ魔法使いが、無登録なんてありえねえ! アニキ、ギルド行こうぜ! この偉業を登録しねえと人類の損失だ!」


「は? いや、私は目立ちたくないんだが……」


「いいから! ランクアップ間違いなしだ! 行くぞオラァ!」


「ちょ、待て! 引っ張るな! さらしがズレる……ッ!?」


晶は抵抗する間もなく、テンションの上がったリナに引きずり出されていった。


ポチも「お肉お肉ーっ♪」と嬉しそうについていく。


(……待て。)


ギルド登録ということは、ステータスカードによる「あれ」があるのではないか?


(まずい。非常にまずいぞ……!)


晶の顔色が、先ほどのガイル以上に青ざめていった。


それは毒よりも恐ろしい、性別バレ&貧乳バレという「社会的死」へのカウントダウンだった。



冒険者ギルドの喧騒の中、晶は処刑台に向かう囚人のような気分でカウンターの前に立たされていた。

周囲には、酒と汗と鉄の匂いが充満している。


「さあアニキ! ここに手を乗せれば、一発でステータスが出るからよ!」


目の前には、身分証を発行・更新するための魔道具――水晶板のような装置が置かれている。


この世界では、この装置に手をかざすだけで、個人の能力や属性が瞬時に解析され、カードとして発行されるのだ。便利すぎるがゆえに、残酷なシステムである。


逃げ場はない。


リナは目を輝かせ、ギルド職員も「さあどうぞ」と事務的な笑顔を向けている。


(……くそっ。やるしかないのか)


晶は覚悟を決めて、震える手を水晶にかざした。


ブゥン……


低い駆動音と共に、装置の隙間から銀色のカードがゆっくりと吐き出される。


晶は祈るような気持ちで――いや、もはや絶望に近い心持ちで、そこに刻まれた文字を確認した。


【名前】 ユウキ・アキラ

【種族】 人間(ヒューマン)

【職業】 ###### (文字化け)

【性別】 (フィメール)

【称号】 永遠の平原(エターナル・フラット)


(ッ……!? 両方出てるじゃないかバカ野郎!!)


晶は心の中で絶叫した。


職業欄の文字化けなど、どうでもいい。


問題は下の二行だ。


性別バレ。これは晶がこの街で必死に積み上げてきた「クールなアニキ」としての地位の崩壊を意味する。


だが、それ以上に許せないのが称号だ。


永遠の平原。


このふざけた魔道具は、晶のささやかな胸(Aカップ)を、未来永劫成長しない不毛の大地だと認定しやがったのだ。


なんという高性能。なんという無慈悲。


「おっ、できたかアニキ! 見せてくれよ!」


リナが横からカードを覗き込もうとする。

見られたら終わる。


女だとバレる以前に、人としての尊厳が死ぬ!


晶は神速の動きでカードを鷲掴みにし、親指と人差し指で「性別欄」と「称号欄」を同時にプレスした。


「……だめだ」



挿絵(By みてみん)



晶の口から、地獄の底から響くような低い声が漏れた。


「えっ? なんでだいアニキ? なんでそんな変な持ち方して……」


「見るな」


晶は冷や汗を流しながら、必死にポーカーフェイスを作る。


今、晶の脳内CPUはフル稼働で言い訳を生成していた。


毒の解毒式を組んだ時よりも高速で。


「ここには……人の身では耐えられない『禁忌の情報』が記されている。お前のような一般人が見れば、精神が崩壊するかもしれない」


リナが息を呑む音が聞こえた。


足元では、ポチが不思議そうに首を傾げている。


「くんくん……? アキラ、なんか焦ってる匂いがするのだ。冷や汗の匂いなのだ」


「(しっ! 静かにしろポチ! 後でたっぷり肉をやるから!)」


晶の必死の形相を、リナは勝手に解釈した。


隠された性別……男でも女でもない、高次元の存在?


隠された称号……『魔神殺し』? それとも『世界を滅ぼす者』……?


「そ、そうだったのか……。アニキは、そんなカルマを背負って、人知れずあたいらを助けてくれてたんだな……」


リナの目から、ツーと涙が流れた。


晶は内心で突っ込む。


(なんでだよ)


「わかったぜアニキ……。あたい、一生聞かねえ! その指の下にある真実ごと、全部受け止めるぜ!」


「わふっ! ボクも受け止めるのだ! だから早くお肉よこすのだ!」


晶は深く安堵のため息をつきながら、カードをポケットの最奥部へとねじ込んだ。


二度と出さない。封印指定だ。


「……ああ、助かる。帰るぞ」


こうして、結城晶の伝説は幕を開けた。


目的は世界平和でも魔王討伐でもない。


ただ、科学の力でこの世界の不便さを解消し、静かで快適な「執筆環境」を手に入れたいだけなのに。


「アキラ〜、お腹すいたのだ〜。早く帰ってご飯にするのだ〜」


「アニキ! 今夜は宴会だな! 祝杯あげようぜ!」


「ふふっ。アキラ様の伝説の始まり……私がしっかりと記録書せいてんに残しておきますわ!」


……どうやら、静かな生活への道のりは、まだ少し遠そうである。


彼女が隠した『永遠の平原(エターナル・フラット)』という称号。


それは後に、『大地の神』を意味する二つ名として、世界中に響き渡ることになる。


――だが今の彼女にとって、それは隠し通したい「単なる不名誉」でしかなかった。

第1章・全38話完結保証しています。キリの良いところまでキッチリ読み切れます!


続きが気になる、面白かったと思っていただけたら、

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第2章(ラーメン編)は執筆済みなので、第3章執筆のモチベーションに使わせていただきます。

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