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「全然だめだな」


何度も何度もを練習を重ねた結果、私の火の魔法はようやく安定して同じ大きさで出るようになった。

そして、水の魔法練習に移ってのマルグリットさんの一言。


小屋の前に置かれた大きな水瓶。

のぞき込むと空っぽのそれに、マルグリットさんが魔法で水を生み出した。

水瓶の底から湧き水のように出てきて、やがて、水瓶の半分くらいまで水がたまった。


「今日はこの水をまずは増やしてもらう」と火の魔法の時と同じように手本を見せてくれる。

そして私の番になって、水瓶に手をかざしたのだけど、何度やっても何も変化が起きなかった。


「ふんっ! はっ!……はぁ、はぁ……どうして、何も起きないの?」


「ちゃんとイメージしているか?」


「してます!水瓶から溢れるくらいの水を!」


「ふむ……そうか。おぬし、水に苦手意識があったりするか? 例えば、今まで水で怖い思いをしたなどだ」


「怖いこと……、そういえば、小さい頃にお風呂でおぼれそうになったことならあるわ。足を滑らせて、一瞬で視界がぐにゃぐにゃになって、苦しかったのを覚えてる。すぐにメイドが助けてくれたけど。でも確かに、今でも水は少し怖いかもしれない」


「おそらくだが、それだろう。水を溢れさせたいと願っても、水に対する恐怖があれば、心の底でそうならないで欲しいと願っている。その相反する気持ちが、水の魔法を発動しにくくしているのだろう」


「そんな……。でも、水への恐怖を無くすなんて、どうしたら……」


「そうだな。まぁ、今日はもう暗い。また明日にしよう」


「……はい」


「あぁ、あと明日は制服やスカートで来るな。水に濡れても良い服が良い。動きやすい恰好で、出来たら日の高い時間に来い」帰りがけにマルグリットさんにそう言われた。


明日、もしかして水でも被るのかしら……。

少しの不安を抱えて屋敷に戻った。


翌日私はシャツにベスト、ズボンにブーツという姿で森へやってきた。

学園も休みだったので、私は昼食後に森へ向かった。

そして、いつも通り茂みを抜けると、小屋の前に巨大な穴が開いていた。

穴の傍にマルグリットさんが立っている。


「マルグリットさん!この穴は一体どうしたんですか!? まるで、空から大きな岩が落ちてきたみたいだわ」

私は駆け寄って、穴の縁から中を覗き込んだ。


「おぉ、来たか。これはわしが作ったんだ。今日のためにな」

マルグリットさんは、いつものようにさらりと言う。


「今日のため……? この穴が水の魔法と関係があるするんですか?」


「ある。おぬしは、まず水に慣れた方が良い。水への恐怖を無くしていくためにな」


「確かに、そうですね……。でも、水に慣れるなら森には小川がありますけど、そちらには行かないんですか?」


「そこには行かない」

あまりに即答で、思わず目をぱちぱちさせる。


「え、どうして……?」


「そこまで行くのがめんどくさい」


――え、そっち!?

真面目な理由を期待していた私は、ずっこけそうになった。


そうだった。毎日魔法を教えてくれるから忘れてたけど、この魔女は一度「めんどくさい」と思ったら絶対に動かない人なんだった。


「そ、そうですか……」


「それに、ここの方が都合がいい。さ、始めるぞ。靴を脱げ」


「ちょ、ちょっと待ってください!」

私は荷物を小屋のそばに置き、慌ててブーツを脱いで裸足になる。


「よし。それじゃ、行くぞ」


え、行くって――


次の瞬間、ふわりと体が浮いた。


「うそ、浮いてる!?」

足元を見ると、地面が遠ざかっていく。隣ではマルグリットさんも楽しそうに浮いている。

次の瞬間、体が勝手に前に動き、マルグリットさんと共に、穴の中へ落ちていく。


「ちょっと待って心の準備――きゃああぁぁぁーーっ!」


トンッ、と足が地面を踏みしめた瞬間、膝が笑ってその場にしゃがみ込んだ。

背筋を冷たい空気がすっと撫で、思わず肩をすくめる。


見上げると、穴の入り口ははるか頭上に小さく見え、

まるで別世界に来たみたいだ。ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。


「まったく、耳が壊れるかと思ったわ。ゆっくり下ろしただろうが」


声をかけられて顔を向けると、マルグリットさんの姿がはっきり見えた。

頭上から差し込む太陽の光が、穴の中をやわらかく照らしているおかげで、

暗さは思ったほどでもない。


広さは予想以上で、私とマルグリットさんが両手を広げても

まだ余裕があるくらい。だからか、圧迫感は感じない。


「ご、ごめんなさい……でも、びっくりしたんです。体は浮くし、落ちるし……」

心臓の鼓動がまだ早い。落ち着こうと深呼吸しながら辺りを見回す。


「ここで何をするんですか? まさか……水を貯めたりしないですよね?」


マルグリットさんはニヤリと笑った。


「そのまさかだ」


「ええっ!?」


マルグリットさんが手のひらを地面に向けると、

ぼこぼこと音を立てて、足元から水が湧き出した。


ひやりと冷たい感触が足首を包み、思わず飛び上がる。

「ひゃっ! マルグリットさん、ちょ、ちょっと待ってください!

このまま水が増えたら、私……溺れちゃうじゃないですか! 泳げないんですよ、私!

水への恐怖を無くすんじゃなかったんですか!?」


慌てて湧き水から離れ、マルグリットさんの隣にぴたりと張りつく。


「安心しろ」

マルグリットさんは落ち着き払った声で言った。

「これは幻だ。どれだけ増えても溺れたりはせん」


「ま、幻……?」


「幻覚の魔法だ。ただし――」

マルグリットさんが指をひらりと動かすと、水面が波紋を描いた。

「感触も、冷たさも、本物そっくりに感じる。わしの加減ひとつでな」


足首に絡みつく水は、確かにひんやりしていた。

水がゆらりと揺れ、光を反射してきらきらと輝く。

――これが幻? 信じられない。本当に、本物みたい……。


「水かさはどんどん増すぞ。だが焦るな。この水はおぬしを傷つけない」

マルグリットさんの声が落ち着いていて、不思議と安心感がある。

「頭まで浸かっても呼吸はできる」


「……呼吸、できるんですか?」


「あぁ。ただし、おぬしが落ち着いていれば、だ。

一番大事なのは――心を静めること」


「……心を静める」

私はマルグリットさんの言葉を繰り返す。

水は足首の高さまで溜まってきている。心臓が早鐘を打つ。


「深呼吸しろ。息を長く吐け」

マルグリットさんに言われ、私は大きく息を吸い、吐き出した。

肺の奥にこもっていた緊張が、少し抜けていく。

何度か深呼吸を繰り返すと、心臓の音も落ち着いてきた。


「おぬしは早く魔法を習得して、レオンハルトを助けたいのだろう?」


「……ええ。助けたい」


「なら、水への恐怖を減らす必要がある。安心しろ。わしがその手伝いをしよう」


真剣な声に胸が熱くなる。

面倒くさがりのはずの彼女が、ここまでしてくれるなんて。


「ありがとう、マルグリットさん。私、水への恐怖をなくしたい」


マルグリットさんは満足そうに頷いた。

「よし。水は段階的に増やしていく。足首、膝、腰……最終的には頭まで浸かる。

だが焦らなくていい。本当にダメなときは、わしの手を強く握れ。すぐ止める。

ただし、強く握りすぎるなよ。見てのとおり、わしはか弱い少女だからな」


私は吹き出した。

私の腰くらいしかない小柄な女の子――でも、その小さな体からは底知れない力がにじむ。

学園の先生や兵士たちより、きっとずっと強いくせに。


「か弱いって……マルグリットさんらしいです」


笑ったら、胸の奥の緊張が少しほぐれた。

「では、始めるぞ」


「はい、お願いします」


マルグリットさんがにやりと笑い、手を差し出した。

私はそっとその手を取る。


次の瞬間、水がゆっくりと膝下まで満ちていく――。

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