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連日、魔法の練習をしていたが、昨日マルグリットさんに「明日は体を休めろ」と言われた。
早く次の魔法練習に移りたかったけれど、確かに魔力はまだ回復しきっていない。
渋々、休息日を受け入れる。
久しぶりに学園の後の時間がぽっかり空いた私は、家に戻らず、気づけば城の近くまで足を運んでいた。
……あの日以来、城へ出入りすることは許されていない。
レオンハルトとの婚約は、一方的に破棄され、書類も送りつけられた。
彼が新たに選んだ女性との婚約はまだ発表されていない。
彼女の素性は噂も流れてこず、かえって不気味に感じる。
あの女性は、あの日――おかしかった。
けれど、私がレオンハルトを救う魔法を覚える前に、彼があの女性と婚約し、結婚してしまったらどうしよう……。
夜、眠れなくなるほど不安になることもある。
だからこそ、早く魔法を覚えなければ。
気持ちばかりが先走り、焦る。
(大好きなレオンハルトを、諦められない)
もし彼が本当に魔王に操られているのなら、必ず助け出したい。
そしてもう一度……殿下の隣に立ちたい。
そんな思いを胸に石畳を歩いていると、背後から声がかかった。
「……セレナ?」
振り返ると、鎧姿の青年が立っていた。
幼なじみの騎士、カイルだった。城下の警備をしていたのだろう。
「カイル!」
思わぬ再会に、声が弾む。
彼は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに眉を寄せて心配そうに言った。
「セレナ……大丈夫か? 少し痩せたんじゃないか?」
「そんなことないわ、私は平気よ」
笑顔を作ると、カイルはまだ真剣な表情を崩さない。
「殿下のことは……俺も気にしてる。怪しい素振りは見せてないけど、あの女性の正体はまだ掴めない。ずっと部屋にこもったままみたいだ」
「そう……」
私は唇を噛んだ。情報は欲しいのに、まだ何も得られない。
気づけばうつむき、肩が落ちていた。
そんな私を見て、カイルがふっと口元をゆるめる。
「殿下のことは引き続き見張るよ。……でもさ、セレナ」
「なに?」
「もしこのまま殿下が何もなくて、その女性も怪しい人じゃなくて、結婚まで進んだら……」
一拍置いて、彼は優しい声で続けた。
「その時は、俺がセレナの隣に立つのは……ダメかな?」
「え……」
胸が、跳ねた。
カイルは穏やかに笑っているのに、その瞳は真剣で、私は一瞬言葉を失った。
答えられないでいると、彼は少し肩をすくめて微笑んだ。
「……冗談だよ。そんな顔するな」
「な、なんだ……もう、笑えないわよ!」
「ごめん。でも、さっきより少し元気になったみたいだ。……ほら、いつものセレナだ」
「もう……!」
思わず小さく息を吐く。
確かにカイルの言う通り、さっきまで胸の奥を締めつけていた重さが少し和らいでいた。
「ありがとう、カイル。なんだか、私、最近ずっと気が張り詰めていたみたい。少し楽になった気がする」
「なら、よかった」
彼の声はいつもより柔らかくて、心の奥にあたたかく染み込んでくる。
(……やっぱり、カイルは優しい)
私を落ち着かせてくれるこの幼なじみの存在が、たまらなく有り難く思えた。
「私はレオンハルトのことを諦めないわ。私には私の出来ることをやってみる」
「あぁ。でも、無理はするなよ。俺もいるから。一緒に真実を突き止めて、殿下を救おう」
その言葉に、私は胸を張ってうなずいた。
弱気になっている暇はない。
だから、早く魔法も上達しなければ――。
決意を新たにし、胸の鼓動がまだ少し速いまま、カイルと別れて家路についた。
カイルは本当に冗談だったんでしょうか……?
恋愛要素が薄くなっていたかなと思って書きました!
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