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「……普通だな」


ガラス玉を見たマルグリットさんが淡々と言った。


普通。

私はがっくりと肩を落とした。

魔力量が多ければ、もっと早くレオンハルトを助けられるかもしれないと期待していたのに。


「まぁ、落ち込むな。普通は悪くない。伸びしろはある」


「伸びしろ……?」


「今はまだ器が小さいだけだ。訓練次第で増える」


その言葉に少しだけ胸が熱くなる。


外に出て、実際に魔法を使う練習をすることになった。

空はもう夕闇に染まり、森の影が長く伸びている。


マルグリットさんは小屋の前の開けた場所に、小枝と枯草と薪を手際よく積み上げた。

次の瞬間、右手を軽くかざすと――


ぼっ、と小さな炎が生まれ、ぱちぱちと薪が音を立て始めた。

炎の赤が周囲を照らし、夜の森が柔らかく浮かび上がる。


「わぁ……!」

思わず声が漏れる。


「よく見ていろ」


マルグリットさんが指を軽く動かすと、炎が一気に燃え上がった。

まるで火が踊り出したかのように、炎は揺れ、熱風が頬を撫でた。


「今度はお前の番だ」


マルグリットさんが手を離すと、火は落ち着きを取り戻した。


「え、でも私、火の出し方なんて……」


「火を出現させるんじゃない。

何もない所から生み出すのは、まだ難しいだろう。

まずは、今ある火が大きく燃えるのをイメージしろ」


「……わかったわ、やってみる」


私は焚き火の前に立ち、そっと手をかざした。

目を閉じ、強く念じる。


火が大きく……マルグリットさんの時みたいに……


「全然変わってないぞ。もっと強く、具体的に思え」


「は、はいっ!」


もう一度、深く息を吸い込んで、頭の中で火を思い描く。

今よりももっと大きく、空に届くくらい――

赤々と、太い炎が天へ伸びる……!


ばちばちっ、と薪の燃える音が変わった。

次の瞬間、どん、と空気が揺れるような衝撃と共に炎が跳ね上がった。


目を開けると、そこには私の背よりも高い炎が立ち上っていた。

熱風が肌を刺し、髪がばさばさと揺れる。


「……できた……!」


その瞬間、どっと疲労感が押し寄せ、私はその場に崩れ落ちた。

炎もそれに呼応するように、すっと小さくなっていく。


「まったく……どれだけ大きい炎をイメージしたんだ、お前は」


呆れたように言いながら、マルグリットさんが近づいてきた。

小さな体なのに、驚くほどしっかりした力で私を起こしてくれる。


「続きはまた明日だ。これ以上やって倒れたら、面倒だからな」


そう言って、マルグリットさんが手をかざすと、焚き火はジュッと音を立てて消えた。


「……はい」


私は今日読んだ本を数冊借り、森を出る前に包みを差し出した。


「今日はありがとうございました。これ、母のベリーパイです」


マルグリットさんは一瞬だけ目を輝かせ、「ふん」と鼻を鳴らして受け取った。

その表情を見て、私は少し笑ってしまう。


その夜、屋敷に戻った私は、疲れ切った体でベッドに倒れ込んだ。

魔力は休めば回復するし、回復薬を飲む方法もあるらしい。

でも、飲みすぎると体に良くない――マルグリットさんが何度も釘を刺していた。


今日は火を大きくしただけでこんなに疲れるなんて……

でも、経験を積めば魔力量は増えるはず。


(絶対、もっと上手くなるんだから)


そう心に誓いながら、私はすぐに眠りに落ちた。

夢の中では、幼い頃のレオンハルトとカイルと、森でかくれんぼをして遊んでいた。

懐かしい笑い声が耳に残ったまま、朝を迎える。


翌日から、マルグリットによる本格的な特訓が始まった。

学園の授業が終わると、私は一目散に森へ向かう。


「来たか……パイは忘れてないだろうな? よし、始めるとするか」


マルグリットさんはわざと面倒くさそうに言いながら、重そうに腰を上げると小屋の外へ。

けれど口元は、ほんの少しだけ楽しそうに見えた。


「今日は魔法を“生み出す”ところからだ。魔法使いは皆、魔法を生み出すときに呪文を詠唱する」


「えっ、詠唱? 昨日は言ってなかったような……」


「経験を積めば詠唱なしでも使えるようになる。だが今のお前は、言葉で意識を集中させなければならん。よく聞け」


そう言うと、昨日の焚き木の前に立ち、右手をかざす。


「炎よ、我が意志に応えよ。――闇を裂き、光をもたらせ。フレア!」


パチッ、と音がして、次の瞬間、焚き木が燃え上がった。

マルグリットさんが手を握ると、炎はしゅうっと音を立てて消える。

白い煙が細い糸のように青空へと昇っていった。


詠唱する言葉は、昨日借りた本には載っていなかった。

どうやら師から弟子へと直接伝えられるものらしい。

学園の男子生徒たちが唱えていた呪文とも違う――もっと古くて、力強い響きだ。


私は頭の中で何度も反芻する。絶対に忘れないように。


「ほれ、やってみろ」


「は、はいっ!」


私は焚き木の前に立ち、緊張で手のひらに汗が滲むのを感じながら、右手をかざした。


「炎よ、我が意志に応えよ。……闇を裂き、光をもたらせ――フレア!」


焚き木の中心で、ぽっと小さな火が灯った。

けれど、それはマルグリットさんの炎とは比べものにならないほど、頼りない。


「あ、あれ……?」


「まあ、火が出ただけマシだな」


マルグリットさんが軽く手を握ると、炎はかすかな音を立てて消えた。


「今日はこれを繰り返せ。……呪文を覚えるだけでなく、火の姿を頭にしっかり描くんだ」


そう言い残し、マルグリットさんは小屋の中へ戻る。

しばらくすると、パイと本を持って出てきて、近くの木箱に腰掛け、こちらをじっと見守り始めた。


私は何度も詠唱を繰り返した。

途中で噛んでしまうと、火はまったく出ない。

正しく言えても、火は小さすぎたり、次には一瞬で消えてしまったり。

最後の方は、指先くらいの火しか生み出せず、息が荒くなってくる。


やがて日が沈み、森の中がが濃い藍色に染まったころ、マルグリットさんが欠伸をしながら言った。


「今日はここまでだ。……帰って休め」


「はい、ありがとうございました!」


足取りもふらつきながら屋敷へ戻り、夕食を簡単に済ませると、布団に倒れ込む。

体の奥からじんわりと疲れが広がり、まぶたが落ちるのも早かった。


(もっと、安定して火を出せるようになりたい……)


そう思ったところで、意識は闇に沈んでいった。

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