断罪イベントは姉がぶった切りました。
ある日突然、天啓が下った。
『このままでは妹が泣く』
私はそばにあった剣を取り、ティーセットを整え王城へ向かった。
ぎょっとした顔で振り返る貴族たちを無視して、大ホールへと躍り出る。
すると、わが愛しの妹を指さしながらふんぞり返っている我が国の王子と、どこの馬の骨とも知らぬ令嬢の姿が見えた。
「ユフィーリア!」
思わず大声で妹の名を叫んでしまった。貴族令嬢らしからぬ振る舞いだが、妹の一大事だ。いまはどうでもいい。
「お、お姉さま…。」
あぁ、なんて可哀そうに。目に涙を浮かべて今にも倒れそうなユフィーリアに慌てて駆け寄る。
「なっ!また現れたな、シスコン姉!」
王子が何やら騒いでるが私の耳には入ってこない。
「大丈夫だった?まぁ泣かないで、ユフィーリア。お姉さまが何とかしてあげますからね。」
「いや、泣いてないだろ。」
ホールの端から何やら声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
「またこのクソ王子がやらかしたのね?今すぐお姉さまが成敗して差し上げるわ!」
屋敷から持ってきた剣を構えて、王子に向かって振り上げる。
「いやいや、ダメです!反逆罪で一族郎党死刑です!!!」
後ろから強い力で羽交い絞めにされる。また邪魔してきたわね、この男。私の護衛騎士のくせにちっともいうことを聞かないんだから。
「愛しの妹が悲しんでいるのに、放っておけないわ!」
「だからって、剣なんか持ち出して何を考えているんです……!?」
あまりに必死な顔で止めてくるので、仕方がなく剣を下ろして振り返る。
「というか、貴方なんで動けてるの?」
「へ?」
騎士はぽかんとした間抜け面であたりを見回す。
「ほ、他の人は、固まってる?」
私の視線の先では、断罪イベント真っ最中だった王子と令嬢が、まるで時を止められたように動かなくなっていた。空中には、揺らぐ文字列が浮かんでいる。
《シナリオ分岐:王子の高慢な宣言(ユフィーリアの社会的死)》
「あら、やっぱりスクリプト可視化されてるわね。このまま叩き斬れば、ノー断罪エンドにできるわ。」
私は何の躊躇もなく剣を振り上げた。
「ちょ、ちょっと待ってください!何の説明もなしに何してるんですか!?」
「さっきから邪魔してばかりね、貴方。いいから黙ってみてなさいよ。」
「いやいや!どう考えてもおかしいでしょう、この状況!」
耳元でやかましいわね。まぁ時間は十分にあるし説明してあげてもいいか。
「いい?この剣はね、ユフィ―リアに降りかかる、すべての不幸を修正できる魔法の剣なのよ。」
「………はい?」
「だから、この剣は…。」
「いや、聞こえていましたけれども!!」
聞こえなかったのかもと思って親切に言い直してあげたのに、さっきから失礼過ぎないかしらこの護衛騎士。
「え?お嬢様はいつからそんな魔法が使えるように??」
「ついさっきよ。」
「ついさっき!?」
そう、まさに天啓。一瞬意識を失ったかと思ったら、私の頭の中に膨大な量の情報が流れ込んできたのだ。
『この剣を使えば、お前の妹は救われる』
考えるより先に、身体が動いてこの王城までやってきたのだ。すると手の中の剣がうっすら光って私に語りかけた。剣を振るって運命を書き換えなさいって。
「そこで気づいたのよ、あ、この世界って乙女ゲームなのねって。」
「乙女ゲームって何ですか!?」
「とりあえず、この剣に触ってみなさいよ。見ればわかるわ。」
「は、はあ……。」
疑わしい目で私を見ながら、彼はそっと剣を握った。そして、王子と令嬢の頭上当たりに目を留めて、あほみたいに口を開いた。
「……な、何だこれ……文字、ですか……?」
彼の瞳に映ったのは、空中に漂う不可視の光線が凝縮されたかのような、まばゆい“テキスト”だった。
《分岐発動条件:王子、特定台詞を発することで断罪イベント進行》
《進行度:93% ※反逆行為により進行停止中》
「ほんとに見えたのね。ふふっ、じゃあ貴方も“この世界の外側”をちょっとだけ覗ける側になったってこと。」
「ど、どういう……っ!」
彼の喉がうまく動かず、思い切り咳き込んだ。
私はそのすきに剣を奪い返すと、またもや剣を高く掲げた。
「ま、後は実演あるのみよ。」
そして、スクリプトに向かって――優雅に、かつ全力で一閃。
瞬間、光が弾けて紙片のような文字列が散り、王子のドヤ顔が“ぽふっ”という音とともに宙へ飛んだ。
「なっ、なにをする気だお前っ!?」
「え?ごめんなさい、王子。スクリプトがなかったので、あなたの次のセリフが用意されていませんの。」
私が悪いのではない。運命が削除されたのだ。
「というわけで、断罪イベントは中止。あなたたち、そのまま舞踏会の片付けでもしておきなさいな。」
呆然と立ち尽くす王子と令嬢を尻目に、私はユフィーリアの手を取って微笑む。
「さ、帰ってお茶にしましょう。おいしい焼き菓子の用意もあるのよ。」
「お姉さま……また何か壊しませんでした……?」
「平和のためよ。」
ユフィーリア、安心して。私があなたのために、最高のハッピーエンドへ導いてあげますからね。
End……?
「……って、え、あれ!?お、俺の腕、透けてません!?ねぇ!?」
「あ、もしかしてスクリプト外の存在になっちゃったかもね。」
「ちょ、やばいやばい!!消えるの!?え、消えるの俺!?」
「安心して。私が新しいルートを用意してあげるわ。**“ヒロイン(の姉)と結ばれるバッドエンド”**ってやつ」
「待って!やっぱ剣返して!!」
シスコン姉:クラリッサ
妹:ユフィーリア
護衛騎士:ノア
唐突に思いついたネタなので、大したオチはありません。
護衛騎士の次のルートは未定です。……たぶん姉次第。