アリくんとキリギリスくんの冒険
僕は働きアリ。夏の間もずっとエサを運ぶ仕事をしていた。
「キリギリスくんはずっと遊んで暮らしていてズルいよな」
「だなー。あれ、なまけものだよ」
「あいつ、いじめちゃおうぜ!」
遊んで暮らしているキリギリスくんは、僕ら働きアリ達からいじめられていた。せっかく美しい演奏をしている時も、石を投げられていて可哀想。
実は働きアリは仕事そのものが好きでもないんだ。むしろ嫌っている。「働かないアリ職」っていうのもあるけど、それは倍率がすごいんだ。死ぬ直前に仕事以外のことをしていれば良かったと泣く働きアリもいっぱいいるからね。うちのじいちゃんもそうだった。
だから好きなことをしているキリギリスくんにやきもちし、いじめちゃうんだろうな……。本当に仕事が大好きだったら、そんなこと気にならないよね。
「ちょっと、みんな! いじめはやめなよ。それに仕事もまだ終わってないよ!」
いじめられているキリギリスくんが可哀想になり、ついつい助けてしまった。
「大丈夫かい?」
「ああ。きみ、働きアリの割にいいやつだな」
「そうかい?」
「そうだよ。きみはいいやつだ。そうだ、きみのためにとっておきの演奏を聞かせてあげよう」
このことがきっかけでキリギリスくんと仲良しになった。それにキリギリスくんの演奏は情熱的で素晴らしい。命のチカラを感じる曲だ。
「実は、色んな国へ演奏ツアーに行く予定なんだ。アリくんも一緒に行かないか?」
「え!? 仕事を休んで!?」
「いいじゃないか。そのために毎日コツコツ働いてたんじゃないの?」
休んでツアーに行くなんて……。
「最後の冬のツアーだよ」
「最後?」
「いや、何でもない」
キリギリスくんの言う事はわからなかったけど、一緒にツアーに行くことにした。仲間の働きアリからも悪く言われたけど、有給もたまってたからね。
まずは南の国へ向かった。
南の国のお客さんは優しく、キリギリスくんにも友好的だった。
天気もよく、冬なのが信じられないぐらい暖かい。こっちの働きアリは全く仕事をせず、時間にもルーズだったけど、怒っているものは少なく自由な国だ。
キリギリスくんもノリノリに演奏していた。
「キリギリスくーん!」
「サイコー!」
「頑張って!」
声援を受け取るキリギリスくんは、輝いていた。
次に西の国へ。
西の国は芸術がさかん。キリギリスくんは、ここでも歓迎されていた。
それにここの働きアリは、労働時間が短く、効率もよい事を知った。コンサートの準備やチラシ配りなどもサクサクとすぐに終わってしまう。
「あれ? 僕ら、北の国の働きアリはダラダラ長く仕事しているだけで、いい気になってた?」
「そうですよ、北の国の働きアリくん。こっちの国の働きアリは、効率が全てです」
西の国の働きアリの話を聞くと、とても勉強になった。労働時間が長ければ長いほど良いってことではないんだ。
「アリくん、いい勉強になった?」
「そうだね、キリギリスくん。違う国へ来て、視野が広がったよ。きみと冒険に行けて本当に良かった」
次は東の国へ。
ものづくりと職人の国だ。キリギリスくんの演奏も、評論家たちが多く聴きに来た。あまり会場は盛り上がらなかったけど、評論家のアゲハ蝶さんにこんな事を言われた。
「働きアリくん、キリギリスくんの演奏は全部録音している?」
「うん。マネージャーも僕の仕事だ」
「彼の演奏は伸びるわ。青田買いしておいたほうがいい」
「え?」
「何も考えずに働くのはおろかよ。時流を読み、先手、先手を打たないと、働きアリも死ぬわ。今後はAIが台頭してくるからね。AIにできない事に人気が集まるわ。いい? ちゃんとキリギリスくんの演奏は録音しておくのよ?」
なぜかアゲハ蝶さんからのアドバイスには逆らえず、僕はうなずいた。
そして僕らは地元・北の国へ帰ってきた。もうすっかり真冬だ。キリギリスくんは、大きなくしゃみをし、ガタガタと震え始めた。
「え!? キリギリスくん、寒い? どうしたの?」
「ダメだ。もう、僕の身体は持たないかも……」
キリギリスくんはその場に倒れた。冷たい雪の上は、さらにキリギリスくんの身体を冷やすだろう。
「キリギリスくん! お医者さんを呼んでくる!」
「いいや、いいんだ。もう、僕は終わりだから……」
「どういう事だよ、キリギリスくん!」
実はキリギリスくんは、元々身体が弱く、医者から余命宣告を受けていたらしい。
医者からは「最後まで好きな事をしなさい」と言われ、ずっと演奏していたのだという。働きアリ達にいじめられても、演奏ツアーまで行けて幸せだったとか……。
「そんな、キリギリスくん……」
まさかキリギリスくんにそんな事情があったとは。
「きみは最後まで僕に優しくしてくれた。嬉しかった。ありがとう……」
キリギリスくんは目を閉じ、二度と動かなくなった。
「そんな、キリギリスくん……」
あっけなく死んでしまったキリギリスくんだが、彼が残した演奏を聴くと、そんなに悲しくもない。
最後までがんばって生きたキリギリスくんにもリスペクトしていた。働きアリの僕にはできないことだったから。
ツアーに出て色々な価値観も知った。働きアリみたいに長時間労働するのが、正解じゃない。生き方は学校のテストみたいに正解なんてないんだ。
これからの時代は、さまざまな生き方をリスペクトするのが大切かもしれないね。
「大切なのは時流を読む事……」
なぜか東の国のアゲハ蝶さんの言葉がよみがえる。今はAIの機械的な音楽が大人気だけど……。キリギリスくんが残した音源を色んなレコード会社に売り込みに行こう。
特にレコード会社のカブトムシさんに気に入ってもらい、キリギリスくんの音源が全世界に発売された。
命をかけて歌ったキリギリスくん。その情熱は世界に届き、僕の元に権利収入が入るようになった。
働かないでも得られる収入だ。一生遊んで暮らせるかもしれないが、僕はそれを捨てた。
お金は全部病気のキリギリス族に寄付し、治療に使って欲しいと頼んだ。
今、僕はレコード会社のカブトムシさんと一緒に、才能のあるキリギリス族のサポートを仕事にしている。
この仕事が楽しいんだ。働きアリをしていた時と全く違う。この仕事だったら、死ぬ前も後悔しないだろう。
キリギリスくんと二度と会えないのは悲しい。でも、キリギリスくんの演奏は永遠に残るのだから、いつも喜んでいよう。
「さあ、明日からはツアーだ!」
またツアーに行くことになった。今度はどんな冒険になるのだろう。どんな仲間に会えるだろう。僕は今からとっても楽しみなんだ。
ご覧いただきありがとうございます。
前に大人向けな童話の短編(ソルティメルヘン短編集収録・「余命三ヶ月のキリギリス」)を書き、今作はそれをメルヘンチックにリライトしました。元々の話はアリ君が権利収入でFIREする結末でしたが、今作は可愛い感じを目指しました。