19.メロンのサラダとメロンアイス
今年収穫した小麦を粉挽き小屋で挽いてもらい、パンを焼いて食べた。小麦の出来はひいき目に見てもごくごく普通なのだが、自分で作った小麦で焼いたパンは何故か格別に美味しく感じた。
去年の秋にまいた種は少なかったので収穫量も少なく、一年分はまかなえない。
今年はたくさん耕耘してたくさん種をまくつもりだ。
畑に同じ作物を植え続けると生育不良を起こしたり、病害虫が出やすくなる。
そのためこの辺で家畜を飼っている農家は小麦を作った畑を翌年は牛や馬の牧草地に、そして牧草地を小麦畑にするそうだ。
作業の手順としてはまず刈り取りが済んだ小麦畑を牧草地にし、次に旧牧草地を小麦用の畑に変える。
小麦の種まきは秋になってからだが、最初の作業である土作りは夏から始まる。
土作りは大体十五から二十センチくらい地面を掘り返す。
放置している間に生えた草も一緒に掘り返し、土にすき込む。緑肥といって畑の肥料となるそうだ。
深く掘り返すことで土は柔らかくなり、土の下に入り込んでしまった養分が上に持ち上げられ、ふかふかで栄養のある良い土になる。
だが十五から二十センチは結構深い。そして牧草地はかなり広い。相当な重労働なので、馬や牛にも耕耘を手伝ってもらう。
馬のオリビアに馬鍬という牛馬用の耕耘農具を取り付け、耕す。
オリビアが疲れたら、今度は牛のケーラに代わって耕す。
ケーラが疲れたら、オリビアに……と思ったら、魔法のかかしジャック・オー・ランタンがやってきて、彼はカボチャ頭をカラカラと鳴らした。
訴えたいことがあるようだが、「何を」までは理解出来ず、私は首をかしげた。
「?」
「おい」
いつの間にか近くにいた一番大きなブラウニーが声を掛けてきた。
「馬鍬を取り付けろって言ってる」
「え、本当に手伝う気なのか?」
かかしの体でどうやってと思いつつ、ジャック・オー・ランタンの胴体と馬鍬をつなぐ。ジャック・オー・ランタンは振り返ってまた頭を鳴らした。
「乗って馬鍬を重くしてくれて」とまたブラウニーが通訳した。
「はいはい」
私が馬鍬に乗ると、ジャック・オー・ランタンはピョンピョンと小さく跳躍しなから馬鍬を引いた。
スピードが速すぎると耕作の深さが足りなくなり、遅いと作業効率が悪くなる。ジャック・オー・ランタンのスピードは、ちょうどいいあんばいだった。
『緑の魔女達』にジャック・オー・ランタンは一体いると大変便利と書かれていたが、畑仕事は何でも器用にこなすのだなと感心した。
ただ、かかしが動いているのを見たら皆驚くだろうから、誰もいない時にこっそり手伝ってもらおう。
***
八月の後半に入るとだんだん涼しくなってきたが、それでもたまにとても暑い日もある。
「暑くなりそうだなぁ」
朝の一仕事が終わった後に空を見上げると太陽がギラギラと輝いていた。
こういう日は冷たいスープがいい。じゃがいもの冷製スープを作ろう。
鍋に薄切りにしたじゃがいもと玉葱を入れてバターで焦がさないように炒める。玉葱がしんなりしてきたら、水と同量の鶏のフォンを入れて、十分ほど煮込む。ミルクと生クリームを入れて弱火で沸騰寸前まで熱を加え、粗熱を取ったら、裏ごし。塩コショウで味を調え、冷やした後、食べる直前にパセリを散らせばじゃがいもの冷製スープの出来上がりである。
今から冷暗所に置くと、昼食にはちょうど飲み頃になる。たくさん作って夜のスープもこれにしよう。
「あとはメロンのサラダかな?」
メロンは無事に収穫出来たが、我が家のメロンは注意が必要だ。
十個のメロンが収穫し、そのうち三個のメロンを食べたが、三分の一の確率で甘くないメロンが混じっている。
甘くないやつはそのまま食べてもあんまり美味しくないのでサラダにする。
メロンのサラダの作り方は簡単。
スライスしたメロンと生ハム、ルッコラとトマトを蜂蜜とワインビネガーで和えるだけだ。甘みの足りないメロンもこうやって食べるとフルーティーで意外と美味しい。
次にメロンのコンフィチュールを作る。
まずメロンを適当な大きさに切り、水、砂糖と蜂蜜を半量ずつ加えて煮る。これでコンフィチュールは完成だが、コンフィチュールを使った夏ならでは美味しいアレンジがある。
コンフィチュールをすりつぶして裏ごしし、生クリームと砂糖を加えた後、なけなしの魔力を使って凍らす。かき混ぜてはまた凍らせるという作業を何度か繰り返すとメロンアイスになるのだ。
出来上がったメロンアイスはブラウニー達と一緒に味見した。
疲れたがその甲斐あって美味しいデザートが出来た。
かつての私なら一瞬でメロン液を凍らせただろうが、今の私では「ちょっと」凍らせるくらいが精一杯だ。
だが、アイスにするには途中でメロン液を幾度もかき混ぜないといけない。だから「ちょっと凍る」くらいがちょうどいい。
「いいことも少しはあるんだな」
魔力を失ったおかげで、美味しいアイスが食べられた。
味見のつもりだったが、人間一人と妖精三人でついついたくさん食べてしまい、あわてて残りを地下の保冷庫に入れる。
保冷庫には氷の魔石が入っている。
氷の魔石は魔力を流せばさらに凍るが、ただ置いておくだけでも周囲が冷たくなるので、一般人でも使いやすく高値で取引されている魔石の一つだ。
残りは夕食のデザートにしよう。
一日働いた後の冷たいデザートはきっと美味しいに違いない。
……と思ったが、夕方になると急に冷え始め、辺り一面が霧に覆われた。
この辺りの夏の終わりから秋にかけて発生する霧は一メートル先も見えないほど濃い。
夕食は爽やかに骨付きラムのグリル、ミントソース味にしようと考えていたが、暖かいものが食べたい。
メニューを変更し、さあ夕食を作ろうという時、玄関のドアが「ドンドンドン」と乱暴に叩かれた。
続いて「おい、開けてくれ!」とドスの聞いた怒鳴り声。
玄関に向かったが、私は扉を開ける気はない。
ドアの叩き方といい、声といい、たちの良くないごろつきな気がする。
どう言って断ろうか。
そう思いながら、私は玄関の扉を開けずに声を掛けた。
「はい、どちら様でしょう?」
「旅のもんだが、霧が深くて迷っちまった。中に入れてくれ」
ガラの良くない声がいらだたしげに答える。
やっぱりごろつきみたいだな、断ろう。
「街道をもう少し下ると町に着きますよ。歩いて一時間ほどです」
確かに濃霧だが、日暮れ前にはフースの町にたどり着ける。
男達は複数人らしい。彼らはひそひそと話し出した。
「町?」
「町は駄目だ。足が付くだろう」
犯罪者か……。霧が晴れたら騎士団に通報しよう。
男が今度は猫なで声で言ってきた。
「そんなこと言わずに入れてくれ。こっちは子供がいるんだ」
「子供ね……」
玄関の近くの窓には一番小さなブラウニーが見つからないようにこっそりと外の様子を見ている。
彼はコクンと頷いた。
どうやら本当のようだ。
ごろつきの集団が子供を連れてるっていうと『アレ』だろうか?
ともかく子供は放っておけない。
「ではどうぞ、お入りください」
私は念のため魔力を練りながら、玄関の鍵を開けて彼らを中に招き入れた。
攻撃魔法ではない。
もう私は複数人を同時に倒せるほどの力は持っていない。使うのは、別の魔法である。