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退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中  作者: ユーコ
楡の木荘の春と夏

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02.ライ麦パンと蒸し野菜ときのことベーコン2

 そのブラウニーは五十センチに満たない背丈で、茶色の髪に茶色の目。そして帽子と服は灰色だった。


 私と目が合うと二人目のブラウニーは何故かビクッと体を震わせ、最初に見たブラウニーの後ろに隠れてしまった。

「君もここに住んでいるブラウニーかい? 初めまして、私はリーディア・ヴェネスカだ」

 ブラウニーはおどおどしながら半分だけ顔を出し、「は、初めまして」と挨拶してくる。


「ところできのこはない」

 とブラウニー達に答えると、灰色のブラウニーが言った。

「とってくればいいよ」



「とってくる? どこで?」

「森に決まってるだろう?」

 最初のブラウニーがぶっきらぼうに答えた。

「いや、まあ、森にあるかもしれないが……」

 今から森に?取りに行くのか?


「森にアミガサ(モリーユ)茸が群生している場所があるんだ」

 そう言うのは灰色のブラウニーだ。

「モリーユ茸か……」

 モリーユ茸は春のきのこの王様とも呼ばれるきのこだ。

 食べたい。


 森は歩いて五分もすればたどり着く。

「よし、案内してくれるか?」

 そう言うと灰色のブラウニーが頷いた。

「こっちだよ」

 そう言うとブラウニー達は勝手口から出て行く。

 私はあわててその後を追った。

 彼らは森をめがけてとことこと歩いて行く。

 途中で灰色のブラウニーは私をちらりと振り返り、隣を歩くブラウニーにこっそり耳打ちした。


「本当だ。あの人、僕のこと見ても『キャー! ねずみよー』ってほうきで追い回さないね」

 確かに、言われて見ると灰色のブラウニーは色がねずみだ。






 ***


 私の敷地だという森だが、足を踏み入れたのはこの時が初めてだった。

 生命の力にあふれているのに静謐な空間だった。良い森がそうであるように大きな木が高く生い茂っているが、暗すぎることはない。

 少しひんやりとした空気の中、ブラウニー達を先頭に歩いて行く。


 モリーユ茸は森の中でも、少し開けた林のような場所の木の根元に群生していた。

 蜂の巣状の窪みの空洞がいっぱいある変わった見た目が特徴で、香りの良いことで知られるきのこだ。高級食材として美食家に人気がある。

 クリーム系のソースとよく合い、パスタやグラタンにすると美味しいらしい。


「これがモリーユ茸か」


 一人なら見過ごしてしまいそうな場所だ。

 ブラウニーに教えてもらわなければ絶対に分からなかった。


 さっそく私はモリーユ茸を収穫する。


「おい、多めにとっておけ」

 と大きい方のブラウニーが言った。

「多めに?」

「これは乾燥して保存出来る」

「乾燥した方が味が美味しくなるんだよ」

 灰色のブラウニーも横から言い添える。


「そうか」

 それを聞いて、私はモリーユ茸を多めに採取した。



 森から家に戻る時に畑を通った。

 突然、ブラウニー達が立ち止まった。

「おい、ブロッコリーをとれ」

 振り返って、ブラウニーが言うので私は驚いて聞き返した。

「これは食べられるのか?」


 ブロッコリーの旬は早春。

 旬の時期はとっくに過ぎていて、放置されたブロッコリーは灰色のブラウニーの背丈くらいにもっさりと緑の葉を伸ばしている。オマケに花まで咲いていた。

「食えるさ」

「ちょっと堅くて苦いけど、皮をむいて茹でて炒めたら美味しいよ」

「スープにしても食える」


 せっかくなので食べてみよう。私はブロッコリーを収穫し持ち帰る。


 家に戻り、じゃがいもと人参と玉葱、摘んできたブロッコリーを食べやすい大きさに切って、蒸し器にセットする。

 パンは長い間蒸す必要はないらしい。だから先に野菜を蒸した。

 モリーユ茸は別茹でにする。モリーユ茸には毒があり、そのまま食べてはいけない。

 十分ほど煮沸するか乾燥させると毒が抜けるそうだ。今回は煮沸をする。


「蒸している間にベーコンを取ってこい」

 とブラウニーは言った。

「ベーコン?」

「そうだ。蒸した後、パンは少し焼く。その時一緒にベーコンも焼け。美味い」

「ああ、それはいいな」

 昼のメニューはライ麦パンと蒸し野菜と茹できのこ。確かにそれだけでは物足りないと思っていたところだ。


 私は食料庫に行って天井から吊るしたベーコンを少し切り取った。

 この家は芋や穀物を貯蔵する貯蔵庫と肉やナッツや乾物などの食料を保管しておく食料庫が別々にあるのだ。

 地下室には氷を入れれば氷室として使える大きな箱もあり、最適な温度で食べ物を保存出来る。

 最盛期は何人くらいの人間がこの広い家で暮らしていたのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えていたら、

「チーズも持って行け」

 いつの間にか現れたブラウニーが言った。


「チーズ?」

「ライ麦パンにはチーズが合う」

「焼く時にチーズを乗せるとチーズが溶けて美味しいんだ」

 それは絶対に美味しいやつだ。


「パンは厚く切るな、薄切りにしろ」

 私はブラウニーの助言どおり、パン切りナイフでパンを数枚薄く切った。

 朝は欲張って分厚く切ってしまったが、ライ麦パンは厚切りより薄くスライスした方が美味しいパンなのだ。


 野菜のうちブロッコリーだけ、軽く蒸した状態で取り出す。空いた場所にライ麦パンを置く。


 数分後。

「野菜もパンももういいぞ」

 ブラウニーの指示の元、残りの野菜とパンを引き上げる。


 次にチーズを乗せたパンを網焼きに乗せて、少し焼く。

 隣の炉でフライパンを使い、ベーコンとモリーユ茸とブロッコリーを炒める。

 ベーコンの塩気があるから味付けは軽く胡椒を振るだけ。



「出来た」

 トロッととろけたチーズが乗ったパンに蒸した野菜、そしてモリーユ茸とブロッコリーとベーコンの炒め物。

 なかなか美味しそうだ。

 私が足取りも軽く、食器棚から皿を取り出すと、

「おい」

 とブラウニー達が声をかけてくる。


「手伝ってやったんだから、俺達にも食わせろ」

 と大きい方のブラウニーが代表して言ってきた。


「そうだな」

 私は小さな皿を二枚用意して、同じように彼らにも食事をセットする。


「いいのか?」

 とブラウニー達は目を丸くする。

「お前達が言い出したんだろう? それに労働をしたら分け前をもらうのは当然のことだ」

 ついでに紅茶を三人分淹れた。


 人間用のテーブルでは小さなブラウニー達は食べづらいだろう。

 キッチンには大きなテーブルと椅子の他に、スツールというのか、背もたれのない椅子が端にいくつか重ねてあった。

 それを三つ取り出して、真ん中のスツールに彼らの分の皿を乗せる。

 残り二つにブラウニー達は座り、私も食卓につく。


「頂きます」



 蒸してチーズを乗せて焼いたライ麦パンはそれでも酸っぱくてボソボソしており、やはり美味しくはなかったが、まあまあ食べられるレベルに進化した。

 元が「見るのも嫌」レベルだったので、大躍進である。

 ベーコンと炒めたブロッコリーも苦みはそこまで気にならない。モリーユ茸は美食家が熱愛するのも納得というなんかこう、味わい深いきのこだった。



「それにしても大失敗だったな」

 一人呟いた私だったが。


「もう何回か失敗したら上手くなるんじゃないか?」

「うん」

 とブラウニー達が返事する。


 返事が返ってくるとは思わず、少し驚いた。


 だが、とても気持ちが良いものだ。

 私は自分を一人が平気な人間だと思い込んでいたが、少し寂しかったのだろう。


 私は我知らず、微笑んでいた。

「ああ、そうだな。失敗してもいいんだよな」



 ライ麦パンは上手く焼くとかぐわしい麦の香りが楽しめる。

 それが分かるのはまた何度かブラウニー達と失敗作を食べた後のこと。


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― 新着の感想 ―
実はこれまでりーディアおの料理をおいしそうと思いつつも、レシピがあってもいきなり料理してうまくいくもんじゃないぞと思っていました。 ブラウニーと修行してたんですね。 これから料理だけでなく家事修行もす…
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