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退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中  作者: ユーコ
退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中
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07.バンシーの死の予言2

「まあ……」

「もちろん、あなた方がよろしければですが」


「ですが、あの、お代が払えません」

「無料で構いません。だが、仕事を手伝って貰えるとありがたい」

 キャシーはどんな無理難題をふっかけられるのかと戦々恐々としている様子だ。不安げに尋ねてきた。


「どんな仕事でしょうか?」

「ノアにはいつもの仕事を。妹さんにも出来る手伝いがあればお願いしたい」

「リーディアさん、僕、頑張るよ」

 とノアは力強く言った。

「頼りにしているぞ、ノア。キャシーさん、刺繍は出来ますか?」

「刺繍?」

「この辺りでは大抵の女性が刺繍を刺せるそうですね」

「え、ええ、はい」


 この辺りは亜麻布の生産で有名で、そのリネンに刺す刺繍も名産らしい。花モチーフの鮮やかな刺繍で、可愛らしくて気に入っている。

 刺繍というと高価そうだが、リネンやコットンに刺しているので、私でも普段使い出来る値段だ。

 テーブルクロスやテーブルライナー、花瓶敷き(ドイリー)、ソファーカバー、クッションなんかを使っているのだが、特に隊商を組んで外国からやってくる商人達に受けが良い。

 買い取りたいと言われることが増えたので、多めに買い込んでいるのだが、これが結構売れる。

 町にある雑貨屋の方が種類が多いですよとは言うのだが、実際にセッティングして使っているのを見ると欲しくなるらしい。



「テーブルライナーや一人用のテーブルクロス、ポプリを入れる巾着なんかが売れ筋です。ものすごく売れます」

「そうなんですか……」

「我が家の刺繍は全部買われてしまったので、この際、自分で刺繍を入れようと布をたっぷり買い込んだんですが……私はあまり刺繍が上手くないようで」


 長い冬の手慰みと思い、チャレンジしてみたのだが、リネンが血まみれになっただけでまだ一枚も作れていない。

「まあ」

「というわけで、キャシーさん、刺繍を刺して貰えませんか?」

「刺繍は得意ですわ。そんな仕事ならいくらでも出来ます」

「それは心強い。常々、宿の寝具に小さな刺繍を入れたいと思っていたんです。出来ればそれもお願いしたいんです」


 キャシーは目を輝かせた。

「まあ、素敵。是非やらせて下さい」

「良かった。ですが、あまり無理はなさらないで下さい。お子さんのためにも健康第一ですよ」



 キャシーは私に深々と頭を下げた。

「リーディアさん、本当にありがとうございます。砦では下働きのメイドとして働く予定でした。きつい仕事に体が持つのか、心配でしたが、家族三人食べていける仕事はそれしかなくて……。ここに置いて貰えるなら何でも致します。あの、力仕事は得意ではないですが……」

「力仕事は私が得意ですよ。キャシーさんには私の苦手な針仕事をお願いします」

「はい、頑張ります」

 と彼女は笑った。

 ノアとミレイはずっと不安そうに私とキャシーのやりとりを見守っていたが、キャシーの言葉を聞いて笑顔になる。

「お母さん、私達、ここで暮らすの?」

 ミレイが楽しそうにキャシーに尋ねた。

「ええ、そうよ。冬の間はここでお世話になるの」

「やったぁ、私、こんな大きなお家、初めて。お城みたいね」

 ミレイはそう言ってはしゃいだ。




 外はまだ強い風が吹いている。

 砦の仕事を断りに行くのは、明日にしようと決めた。

 明日、上手く砦に向かう旅人を捕まえられれば良いが、そうでなければ私がオリビアを駆って行く。


 話が決まったので、昼食を作ることにした。

 スープはカリフラワーのクリームスープ。

 先程彼らに持たせたハムとザワークラウトを挟んだサンドイッチとゆで卵がまだ残っている。これをベースにサンドイッチを作り直す。

 卵、白ワインのビネガー、オリーブオイルと砂糖と塩少々を混ぜ合わせ、マヨネーズを作る。マヨネーズを潰したゆで卵と和えて、サンドイッチの中に挟む。

 さらにチーズとオイルで戻したドライトマトも挟むと、具だくさんで食べ応えのあるサンドイッチが出来上がった。


 子供達は我が家のキッチンに興味津々で、料理するところを見たがった。

「火の側は危ないから離れていなさい」と言うと、遠くから息を殺して見ている。賢い良い子供達だ。

「リーディアさんの料理はすごく美味しいんだ」

 とノアがミレイに言うのを聞いて、ひそかに私は鼻を高くした。


 さて食べよう、という時に、

「主人はいるか」

 と客が来た。






 ***


 客は(くだん)の黒髪男と茶髪男だった。

 前回の訪問から二週間ほど経っている。

「主人、来たぞ。話がある」

 黒髪男は私の顔を見ると、近づいてきた。食卓に目をやり、言った。


「失礼、食事中か?」

「はい、申し訳ありませんが、少々お待ちを。今、お茶を入れます」

「いや、急がなくていい。旨そうだ。私達にも食べさせてくれ」

「すぐご用意出来るのは同じものですが、よろしいですか?」

「構わない」と言うので、私は追加で二人分の昼食を用意することになった。


 まずはおかわり分に取っておいたカリフラワーのクリームスープを出す。

 それを食べている間にサンドイッチを作った。

 とはいえ、彼らはそれだけでは足りまい。

 鶏肉と野菜の蒸し煮(エチュベ)を作るとしよう。

 一口大にした鶏肉をフライパンでソテーし、皮目に焼き色を付ける。同時進行で別の鍋で食べやすく切った玉葱や人参、ジャガイモなどの野菜ときのこ、ニンニクを入れ、塩を振り、蓋をして弱火で加熱する。野菜から水気が出た頃、ちょうど鶏肉が焼き上がるので、鶏肉を鍋に入れ、白ワインを入れて鶏肉と野菜に火が通るまで蒸し煮にする。

 風邪予防にニワトコ(エルダーフラワー)のお茶も一緒に出した。



「旨そうだ」

 昼食を平らげた後、黒髪の男が私に言った。

「主人、話があるんだが……」

 内密の話なのか、チラリとキャシー達に視線を走らせる。

 キャシーはすぐに察し、

「では、私達は向こうにおります」

 と二人を連れて奥に引っ込んだ。


 三人が居なくなると、黒髪男は私に頭を下げた。

「あなたのお陰で助かった。礼を言う」

「何のことでしょう?」


 黒髪の男を助けた記憶はない。泊まらせたのは、きちんと対価も貰ったし、「助けた」うちに入らないだろう。

 人違いではないのか?と私は疑った。

 しかし茶髪男の方も同意するように頷いている。


 黒髪男は重ねて言った。

「あなたにそのつもりはなかっただろうが、我々はあなたに大いに助けられた。私にスコーンを振る舞ったことは覚えているか?」

「あー、はい」

 そう言われて、私はますます混乱した。

 あの時のスコーンは上出来だった。

 だが、スコーンが美味くて礼を?わざわざ言いに来たのか?



「あの時、重曹の話をしたのを覚えているか?」

「ああ、はい。致しましたね」


 黒髪男は声を少し低くする。

「実は少し前から王都の貴族が土地を買い占めようとしていた。だが欲しがるのは農地にも出来ないような痩せた土地だ。どうもおかしい」

「水源地などを独占されては大ごとですから、我々も注視していました。ただ彼らの目的がいまいち分からなくて……」と茶髪男が横から言い添えた。

「彼らの目的は重曹だった」

「そうでしたか」

「我が国でトロナ石が取れるのは、このゴーランの地だけだ。いや、他にもあるのかも知れないが、最大の産地はおそらくここだろう。重曹の精製は我が国でも研究が進んでいるらしい。買い占めの場所には、トロナ石が埋まっている。君のおかげでようやく突き止められた。危うく王都のブタ共に何もかも持って行かれるところだった」

 黒髪男は忌々しげに言った。


「あー」

 大きな声では言えないが、中央と辺境地はあまり仲が良くない。

 中央に集まる情報をわざと遮断して辺境地に伝えないようにし、利益誘導を試みる貴族は多い。辺境領は幾度も煮え湯を飲まされている。

 重曹はトロナ石に熱を加えて出来るものらしい。

「加熱の方法等、まだいくつか技術的な問題は残っているが、いずれこの地で重曹が作れるようになるはずだ」

 と黒髪男は私に説明した。

「それは良かった」


 国産品となれば、多少は安価に流通するはず。私の口にも入りやすいというものだ。実に喜ばしい。

「君が教えてくれねば、手遅れになるところだった。礼を言う」

「いえいえ、お役に立てたら幸いです」

 そう言いながら、私は内心で舌を巻いた。


 たった二週間であんなうろんな話から良くここまでの情報を揃えられたものだ。辺境伯はいい騎士を抱えている。

 黒髪の男は中央の貴族を「ブタ」と呼んだが、中央貴族のゴーラン辺境伯の呼び名は貪狼(たんろう)。貪欲な狼という意味だ。


「それで、君に頼みたいことがあって来た」

 と貪婪な狼の騎士は言った。

「はあ、何でしょう?」


「まだ重曹があったら少し分けて欲しい。王都に使いをやっているが、実物があるなら早く見たいそうだ。それと、スコーンのレシピが知りたい」

「ああ、構いませんよ」



 私は立ち上がり、キッチンの戸棚から重曹の入った瓶を取り出した。

 それから部屋に行き、レシピ帳を持って戻る。

「スコーン……スコーン、ああ、これです」

 私はスコーンのページを開き、紙にレシピを書き写した。


 黒髪男はヒョイと私のレシピ帳を覗き込んだ。

「これは手書きか?」

「私が書きました。療養中……あー、以前暇だった時に食べたいものの作り方を片っ端から書き写したんです」


 怪我で療養していた騎士団の病院は食事が美味しくなかった。

 それまでの私はどちらかというと食に関心がない方だったが、食べられないと思うと、無性に旨いものが食べたくなった。

「怪我が治ったら、思う存分食べるぞ」と病院の図書室で料理の本を読みふけったのだ。


 すでに再起が難しいことは宣告されていて、将来を打ち砕かれ、気を紛らわせるのはそんな馬鹿げたことだけだったのだ。

 最初は食べることにしか興味はなかったが、そのうち、料理を作ってみたくなった。

 王都の図書館にある料理本から書き写したものもあるし、料理人に直接教えを乞うて書き残したものもある。

 私の宝物と言っていいだろう。


「素晴らしいものだな」

 と黒髪男は賞賛した。

「所詮は素人の趣味ですよ。本職の料理人ならもっと良いレシピをたくさん持っているはずです」

「いや、大したものだ。大事なレシピを教えてくれてありがとう。礼をしたいのだが、何か欲しい物はあるか?」


 黒髪男はそう申し出てきたが、私は大層なことは何もしていない。

「いえいえ、お礼を頂くようなことは……」

 と言い掛け、「あっ」と気付いた。



 彼らは騎士である。

「であれば、一つ、お願いがあります。砦の騎士にお知り合いはいらっしゃいますか?」


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