08.決戦の舞踏会3
私は近くでオロオロしている若い衛兵達に向かって声を張り上げた。
「諸君! 私は元セントラル騎士団魔法騎士リーディア・ヴェネスカ、こっちは現役の魔法騎士エミール・サーマス卿である。敵は王妃並びに宰相及び元セントラル騎士団の魔法騎士三十名。元魔法騎士達は魔法薬クララドを投与されている。大変に危険な状態だ。彼らの目的は国王陛下と王太子フィリップ殿下の暗殺。またクララドの習性により、光属性の人間を襲う、注意せよ! 私とサーマス卿、アストラテート辺境伯が元魔法騎士達を引き受ける。君らは招待客達を避難させよ。女性と老人が優先だ。急げ!」
若い兵士はこういう上から目線の指示に従うように訓練されている。
「はっ!」
姿勢を正し、腹から声を出した返事が帰ってくる。命令を受け、ようやく彼らは動き出した。
勝手に逃げた客もたくさんいるが、恐怖のあまり取り残されている客も多い。
衛兵達はそんな人間を一人一人立ち上がらせ、避難させていく。
私とサーマスは先程の作業を繰り返す。
すなわち、元魔法騎士達をふん捕まえて赤い実を飲み込ませる仕事だ。
しかしクララドを投与されている彼らを拘束するのはかなり大変な作業だった。
「五人目!」
汗だくになりながら、五人目を仕留めた私とサーマスは状況を確認するため周囲を見回し、アルヴィンの姿に思わず「うわぁ」とうめいた。
面倒になって殺してないか若干心配だったんだが、アルヴィンも元魔法騎士達に赤い実を飲ませている。
私とサーマスの二人がかりの作業をアルヴィンは一人でこなしているが、飲ませた数は我々の三倍の十五人だ。
アルヴィンが元魔法騎士達をむんずと掴むと、彼らは急に力が抜けたように大人しくなる。
その隙に薬を飲ますというやり方だが……。
「すげぇな、闇属性」
思わず漏らしたサーマスの声に同意しかない。
「ああ、生気吸収使っているな……」
アルヴィンは闇属性の回復魔法、エナジードレインの使い手だ。
これは他者の生気を吸い上げることで回復するという闇属性ならではの回復方法で、普段の彼なら対人間に使うことがない……はずだが、元魔法騎士達からは容赦なく生気を吸い上げている。
戦えば戦うほどアルヴィンの生気が漲り、素早さも力も増していく。
アルヴィンは生まれながらに魔力を持ち、そして飽くなき鍛錬を続けた者だ。完全に魔力を使いこなしている。
「闇属性が本気出すと他属性では敵わないって良く聞くが……」
「だな……」
どう頑張っても勝てる気がしない。
アルヴィンが血路を開いている隙に、北の辺境伯とレナード卿はフィリップ様の元に辿り着いた。
「殿下、クララドの解毒薬です。これをヨリル公爵に!」
「私が飲ませます! お渡しくだされ」
ガイエンが手を伸ばし、レナード卿から赤い実を受け取り、そのまま三人がかりで取り押さえているヨリル公爵に赤い実を食わせた。
「うわっ……ぐぇぇ」
正気に戻ったらしいヨリル公爵は勢いよく嘔吐しだした。
よし、これでフィリップ様が脱出出来る目処が立った。自分達の作業に戻ろう。
呼吸を整え、私達は次の元魔法騎士に近づく。
だが戦いながら、私の心のどこかがざわめき始める。悪い予感が拭えない。
状況は我々が押している。
逃げた者達はここで起こったことを外の人間に伝えるだろう。
そうすれば王妃達は終わりのはずだが、王妃は逃げた者達を気に留める様子はなかった。
何故だ?
大広間には反王妃派を中心に、自らの意思でここに残ったと思われる男性達がいる。
怪我をした者に応急処置を施したり、避難者に近づこうとする元魔法騎士を数人がかりで撃退したりと、彼らは王と王太子の味方だ。
貴族は王に忠誠を尽くし王を守る義務がある。
これ故に貴族はその身分が与えられている。
逃げ出すというのは、この義務を放棄すること。
古い考えだが、この約束を守るからこそ貴族は尊ばれるのだ。
残ったのはこの貴族の誇りにかけて王妃にも宰相にも死に物狂いで抵抗するだろう者達だ。
逆にそれ以外の者達は王を見捨て逃げ出したとそしられても仕方がない。
王と王太子が死んだなら、王妃らはこの弱みに漬け込んで、生き残った者達に第二王子即位を頷かせるだろう。
だから、王妃は逃げ出した者達を気にしない。
だが、彼らの奥の手だったはずの元魔法騎士達は次々正気に戻り、這いつくばっている。
それにもかかわらず王妃は余裕の表情で立っていた。
宰相は既に拘束されているが、王妃が拘束されないのは、他ならぬ王が留め立てしているからだ。
王妃に縄をかけようとする騎士を、王はあわてて制止する。
「やめよ、王妃に手を出してはならぬ」
「ですが、陛下……」
「ならんならん。王妃は私が説得する」
そう言うと、王は王妃に対し猫なで声で話しかける。
「王妃や、何があったというのだ?答えておくれ」
王妃は王を冷ややかに見つめ、いつもの甘ったるい声ではなく、ゾッとするような暗い声で答えた。
「陛下、あなたが悪いんですよ、ロバートではなく、フィリップを次代の王にするなんて言うから」
「あ、当たり前ではないか。フィリップは余の跡を継ぐ。王になることが出来ないロバートと母親のそなたを余がどれほど不憫に思ったか。余の出来る限りことはして来たつもりだ」
なんと、王が王妃に甘かったのは、息子を王位に即かせてやれない罪悪感だったらしい。
だが悪人というのは一つ親切にしたらそれを感謝するのではなく、もう一つ寄越せというやからのことだ。
王妃は間違いなく、そうした人間だった。
心底馬鹿にした様子で王を睨めつける。
「はあ? 何を言っているの? 私は王妃よ。私の子が王に即けないなんてそんなのありえないわ!」
更に数名に赤い実を飲ませた後だった。
シュッ。
鋭い風音がして、私はその風を間一髪で交わした。
いや、交わしきれず、頬と髪が一房、切れる。
『ウイングカッター』。
風属性の攻撃魔法だった。
頬から血が流れ、サーマスがあわてた声を出す。
「リーディア!」
「大丈夫だ」
「ちっ、外しちまったか」
舌打ちしながら、男が近づいてくる。
「よう、ヴェネスカ、サーマス」
「副団長……」
その男は、セントラル騎士団の元副団長だった。
「ようやく頭がはっきりしてきたぞ。最高じゃないか、この体」
容姿が良くそれを自覚して美容にも気をつかっていた副団長は、かつてはセントラル騎士団一の洒落者と呼ばれた男だが、『圧縮』の影響か、その顔は陥没しひどく歪んでいる。
副団長は言葉も話せず朦朧としていた他の連中とは違う。
瞳をギラギラと輝かせながら、彼は言った。
「俺はクララドと相性が良かったようだ」
「副団長! 自首してください!」
叫ぶサーマスに、副団長はせせら笑った。
「するわけがないだろう。王妃殿下がおっしゃったんだ。王太子を殺せば俺を騎士団長に取り立ててくれるって」
「そんなことで王や国を裏切るのか! 騎士の風上にもおけないな!」
「へっ、なんとでも、言え!」
副団長が襲い掛かってきた。
素手だが、クララドのせいで身体能力が上がっている。
もはやその全身が武器みたいなものだ。
「うわっ」
腹を打たれ、サーマスが吹っ飛び、
「サーマス!」
「おいおい、よそ見とは余裕だな」
次の攻撃が私に向けられる。
岩でも砕けそうな威力の拳を何とか躱し、私は魔法を唱えた。
「『光槍』!」
魔力を練って作り上げた光の槍を副団長目がけて投げ付けた。
我ながら見事に光の槍は副団長の腹に突き刺さったが、
「……!」
副団長は平然としている。
クララドのせいでまったく痛みを感じていないようだ。
その後も何度か仕掛けるが、攻撃が効かない。
いっそのこと殺してしまえば楽なんだが、元同僚だと思うと、手が鈍る。
私の力の源である魔石のアクセサリーは魔力行使のせいで、どんどんと色あせ、砂と化していった。
「くっ……」
肉体強化で攻撃の衝撃を緩衝したが、それで魔石はすべて使い切ってしまった。
副団長はにやりと笑った。
「やっぱりヴェネスカ、お前、魔術回路はぶっ壊れたままか」
「……っ」
何がおかしいのか、副団長は腹を抱えて笑った。
「はははっ、かつては国一番の魔法騎士と呼ばれたお前が惨めなもんだな。魔力がなければ、お前なんかただの生意気な女だもんな」
「……」
私は唇をかみしめる。
「引退雑魚騎士が次期騎士団長に殺してもらえるんだ。ありがたく思えよ」
そう言って副団長は私に近づこうとする。
その時――。
「させるか!」
サーマスが後ろから副団長を羽交い締めする。
完全に私に意識を集中していた副団長はその攻撃に虚を突かれた。
その隙にサーマスは副団長の口に赤い実を突っ込む。
クララドの習性で光属性の人間が美味そうに感じるというのがある。副団長はその誘惑にたえきれなかったのだろう。
光属性を持つサーマスの指を噛みちぎり赤い実を飲み込んだ。
「おえええっ、ぐっぐっっ……グエッー!」
途端に副団長は、這いつくばって吐き出した。
「へっ、雑魚はお前だ!」
サーマスは副団長に向かって吐き捨てた。
「サーマス、指が……」
サーマスの指は数本第二関節から上がなくなっていた。
「ああ、後で兄上に治してもらうから大丈夫だ。……すっげえ痛いけど」
とサーマスは顔をしかめた。
中ボス副団長撃破!なんとサーマスが頑張りました!
次はいよいよ大ボス王妃戦です。






