04.王家の影
「王太子殿下、よくぞご無事で」
談話室を出るとフィリップ様の近衛騎士ガイエンが我々を待っていた。
「すぐに王太子宮に参りましょう」
挨拶もそこそこに我々はフィリップ様の居住区である王太子宮に向かう。
王太子宮は、王宮の中では安全地帯だ。衛兵の守りは堅い。
フィリップ様付きの近衛隊長はガイエンといい、信頼出来る男だ。
私が関わった王太子暗殺未遂事件は、ものすごい無理難題を捏ねくり出して王妃と宰相が彼らをフィリップ様の警護から外した時に起きた。
今回の遠征も副団長が強硬に近衛の同行を拒んだそうだ。
すぐにガイエンも交えて、今後の話し合いをすることになった。
当初の勝利条件はフィリップ様と王の謁見だったが、王の一言でそれは変わってしまった。
新たなる勝利条件は十日後に開かれる舞踏会を乗り切り、宰相の処刑を見届けること。
王宮のことは遠征から戻った我々より、ガイエンの方が余程詳しいだろう。
「現状を報告しよう」
とガイエンは我々に現在の状況を教えてくれた。
スロラン戦の勝利と講和条約締結。
そしてその直後にセントラル騎士団の副団長以下三十名もの団員がフィリップ様の暗殺を計った件は、公式に発表された。
実行犯達は現在王都に向けて移送中で、近日中に死刑となる。
だがその背後に王妃と宰相がいたことは、公にされていない。
敏い人間はもちろん分かっているが、敏いが故に口をつぐんでいる。
宰相の処刑、王妃の幽閉は王宮のごく一部の人間達には秘密裏に伝えられているが、極秘扱いになった。
理由は、というと聞いて呆れた。
ガイエンは普通にしても厳めしい男だが、怒りのオーラをまき散らしながら言った。
「王宮にいる間は王妃に気兼ねなく暮らして欲しいという陛下の温情である」
大量殺人企んだ者の「気兼ね」なんかどうでもいい気がするし、そもそもあの恐ろしい女性は気に病むような繊細な神経をしていないと思うが、全ては宰相の処刑後に明らかとなるため、今は伏せられている。
王妃は軟禁ではなく、体調が優れない故に式典を欠席し、宰相も体調不良により出仕を見合わせている。
そしてどちらも舞踏会には出席する。
宰相の処刑は舞踏会の翌日、そして同日に王妃も離宮に向かう。
さすがに野放しではなく、王妃と宰相はフィリップ様との接触を禁じられている。一定の監視も受けているという。王太子宮の中までは彼らの手も届かない。
とすれば、チャンスは一度だけ。
「間違いなく、舞踏会で仕掛けてくるな」
アルヴィンの声に全員が頷く。
王妃はまだフィリップ様の暗殺を諦めていない。
「ヴェネスカ卿は、地方の男爵家の出身だったな」
ガイエンは唐突に私に問いかけた。
「……? はい、そうです」
私はいぶかしく思いながら、ガイエンの質問に答えた。
「であれば、ギール家の秘密は知らぬか?」
重ねて投げられた質問に何故かサーマスが返事をする。
「多分、リーディアは知りません」
サーマスは知っているのか?
「ギール家の秘密?」
「左様。ギール家には隠された裏の顔があるのだ」
ガイエンの言葉に、アルヴィンやフィリップ様も重々しく頷く。
どうやら私だけが知らない秘密があるようだ。
「ギール家は暗殺や諜報に関わる一族なのだ。俗な言い方だと、王家の影というところだな」
「……そうだったんですか」
「これは我ら王直属の近衛騎士やサーマス家などの軍部に関わる者以外は辺境伯家以上の家格の者だけが知っている。ギール家は代々に渡り、汚れ仕事をこなしてきた。それ故王家や貴族の醜聞もよく知っている。手出ししにくい存在だった」
「ああ、だから……」
ギール家に対し、誰もが腫れ物に触るような扱いだったのは、これが理由だったのか。
ガイエンは私達より八歳ほど年上だ。代々近衛騎士を排出する家系の出で、宮廷のことはよく知っている。
彼は深いため息をついてこぼした。
「先王陛下は陛下がギール家の兄妹と親しくされることを以前から憂慮なさっておいでだった。先王陛下がご存命なら、陛下とギール家の娘との結婚は許されなかっただろう。実際に隣国ロママイの王女との婚約が陛下が王となる条件だった。だが先王が亡くなり、王に即位され、すぐにエヴァンジェリスティ妃殿下が亡くなると、王はキャサリン嬢を王妃に、兄のギール侯爵を宰相になさった。これによって一気にギール家に権力が集中してしまった」
どさくさに紛れて王の秘密まで聞いてしまった。一介の地方下級貴族の娘なのに。
「お祖父様に反対されても、愛を貫き通すとは。父上は余程、キャサリン妃がお好きなのだね」
フィリップ様が苦笑いしながら、言う。
だがガイエンの返事は意外なものだった。
「……そうでしょうか? いえ、先王は陛下とキャサリン妃の結婚に反対なさいましたが、『そなたが王太子の座を辞すのであれば、それも良い』ともおっしゃいました。結局陛下はエヴァンジェリスティ姫とのご結婚をご自身で選ばれたのです。それに私の目には、陛下はエヴァンジェリスティ妃のことを大切になさっておられたように見えました」
「……?」
王はエヴァンジェリスティ妃の生前からキャサリン妃を寵愛していたというのが定説だが、実際に間近で見ていたガイエンの印象は違うようだ。
「さて昔話はこのぐらいにしておこう」
話は我々が直面している現在の問題に移った。
「舞踏会では、我々近衛騎士と王家の方以外は武器を帯同することを禁じられている。だがギール家は暗部そのものだ。どんな手を使ってくるか分からない。毒、ナイフなどといったいわゆる暗殺の手法以外に、ギール家は魔法を使った暗殺も得意としていた」
私は思わず声を上げる。
「魔法?」
ガイエンは首を横に振る。
「詳しくは分からない。ただ召喚魔法の一種ではないかと言われている。反王妃派の貴族、王宮の騎士や文官や女官が分かっているだけで数名、王宮で不審な死を遂げている。死体には大型の獣が爪で引っ掻いたような跡があった。遺体すら見つからなかった行方不明も合わせると数はもっと多い」
「やれやれ」
とアルヴィンがため息をつく。
「ここは魔窟か何かかね。ダンジョンだってもう少しは安全だ」






